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「あなたたちは死んでなかった」博多華丸・大吉が『THE SECOND』で口にしたお笑い史に残る名言

田辺ユウキ芸能ライター
『THE SECOND』スペシャルサポーターの博多華丸(左)、大吉(右)(写真:つのだよしお/アフロ)

「16年ぶりの『砂漠でラクダに逃げられて』であれだけ沸くんだから、あなたたちは死んでなかったのよ」。

5月19日に開催された結成16年以上の漫才師たちによるお笑いの賞レース『THE SECOND〜漫才トーナメント〜2024』(フジテレビ系)のグランプリファイナル。その決勝戦後、博多大吉(博多華丸・大吉)が準優勝のザ・パンチにかけたこの言葉は、お笑いの賞レースの歴史、いや、お笑い史に残る名言だったのではないだろか。

ザ・パンチは2008年、結成10年目以下(当時)の漫才師を対象とする『M-1グランプリ』の決勝へ進出した。ただ本人たちも語っていたが、同大会以降、劇場ではがんばっていたものの、「売れた」という状況にはならなかった

そんなザ・パンチが『THE SECOND 2024』で再び脚光を浴びた。決勝戦まで勝ち上がり、2008年『M-1』のネタ中に披露したワード「砂漠でラクダに逃げられて」を“16年ぶり”に盛り込んだ。審査・採点するお笑い好きの一般審査員らは、懐かしいそのワードでドッと沸いた。決勝戦でガクテンソクに敗れたものの、1回戦突破時にはボケのパンチ浜崎が司会の東野幸治から「早くバラエティで共演したいです」と熱望されるなど、確かな手応えを残した。

“セカンド芸人”は厳しい現実を前に夢が見られなくなったロストジェネレーション世代

博多華丸・大吉はスペシャルサポーターとして大会の見届け人的な役割を担った。同コンビの博多華丸は見事に返り咲いたザ・パンチに「(芸人を)辞めんで良かったよねえ」と声をかけ、博多大吉は「16年ぶりの『砂漠でラクダに逃げられて』であれだけ沸くんだから、あなたたちは死んでなかったのよ」と賛辞をおくった。

この博多華丸・大吉の名言は、チャンスを掴みきれなかった漫才師たちが人生の逆転をかけて挑む『THE SECOND』そのものを言いあらわしている。また、2度目の開催にもかかわらず多くのお笑いファンに支持される『THE SECOND』の魅力を内包したものになっていた。そればかりか、現代を生きる私たちにも響く言葉にもなっていた。

『THE SECOND』のファイナリストは大会の性質上、30代後半から40代が多い。2024年大会は、30代コンビは金属バット、ハンジロウ、ななまがりの3組、40代コンビはガクテンソク、ザ・パンチ、タモンズ、タイムマシーン3号、ラフ次元の5組。現実的に見て「確証のない夢を追い続けるにはさすがに無理が出てくる年齢」である。

令和に年号が変わってZ世代が新しい価値観や文化を築く一方、「平成リバイバル」や「昭和はこんなにやばい時代だった」という形で1980年代や1990年代が取り上げられるようになった。2024年放送のドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)はその決定打的な作品だったと言える。

『THE SECOND』のファイナリストは、今まさに回想されている“旧時代”に子ども時代や青春期をおくっていた芸人ばかり。「ロストジェネレーション」と呼ばれ、社会に出るタイミングで就職氷河期が到来して就職難に直面するなど、いろいろ苦しんだ世代でもある(もちろん同世代に限らず、どの世代にも苦悩は当然ある)。同世代は、大きな夢を見るよりも安定を幸せとする考えのきっかけを作り、なにごとも無理しない方が良いことを覚えた。そんな思考が定着する一方で、お笑いシーンでは2001年に『M-1』というビッグチャンスが生まれた。しかし“セカンド芸人”の多くはそこで大きなチャンスが掴めず、諦めることもできずにここまでやってきた。

ことお笑いシーンは昨今、『M-1』などの各賞レースで設けられている芸歴制限をオーバーして出場不可になるタイミングから、ベテランと捉えられるようになってきた。すなわちお笑い界において「賞レース卒業」は、「若さを失うこと」を意味する。お笑い芸人に限らず誰しもが若さや青さを失った途端、目の前に現実が迫ってくるものだ。それなりに売れなければ生活することが難しくなる。そうなると別の道を歩まなければならない。2023年大会を制したギャロップも、優勝時のコメントで「劇場の出番も減ってきていた」と苦境に立っていたことを口にしていた。

その点で『THE SECOND』に出場するお笑い芸人たちの多くは、いろんな人やものに後ろ指を指されている気分で、それでもなんとかギリギリで芸人人生を歩んでいるのではないだろうか。

タモンズ・大波康平、障がいのある娘から教えられた「人に助けてもらうこと」

5月19日のニュース番組『Mr.サンデー』(フジテレビ系)では、『THE SECOND』の優勝者のガクテンソク、準優勝のザ・パンチ、ベスト4のタモンズ、ベスト8のタイムマシーン3号への密着特集が放送された。

ガクテンソクのよじょうと奥田修二は二人で渋谷を歩くが「カメラもあるのに誰も自分たちのことを見ていない」「興味がないんでしょうね」と嘆く。『THE SECOND』のコンビ紹介のVTRでも「自分たちは何者でもない」と語っていた。名声と富を手にする若手芸人が次々登場する昨今、彼らが生きている世界はその場所とはかけ離れているように映っていた。

タモンズの大波康平には障がいのある娘がいるそうで、「僕がどういう仕事をしているのかっていうのは理解できているか分からないですけど」と話していた。そんな彼は「人に助けられることを恥じるみたいな文化だったんですよ。“芸人は自分の力で売れてなんぼやろ”って」と誰かに頼らずにお笑いをやっていたそうだが、「娘は絶対、誰かに助けてもらわないと生きていけない。いろんな人の支えがあって生きていくのに、俺がその考えでいいんかな」と娘に教えられるものがあったと明かす。そういった心境の変化を経て、ようやく『THE SECOND』のグランプリファイナルの舞台に立つことができた。

これらのVTRを観たあと、コメンテーターで出演していたノンフィクションライターの石戸諭は「(自分と)ほとんど同世代の芸人たち。僕もそうですけど、好きなことを仕事にしてますよ、食べていくこともできるようになりましたよ、じゃあ『あなたの代表作はなんですか』と言われたときになにもない。中途半端な気持ちになっているのは分かっているけど、世の中はこういう人がほとんど。なにかやったと思っても、明日からなにか変わるかもと思っても、変わらないことがほとんどなんだけど、彼らみたいに(夢を)追おうよ、と。好きなことを貫いていこうぜってね。この大会を観るたびに感じる」と心を揺り動かされたと語っていた。

石戸諭が話していた感想はまさにその通りではないか。『THE SECOND』は、漫才師たちの姿を通して、私たち自身が「これまでどのように生きてきたか」「これからどんな風に生きていきたいのか」と自問自答し、自分の物語にも重ねられるコンテンツなのだ。

私たちが抱える不安や苦しさと重なる『THE SECOND』、だからこそ刺さった博多華丸・大吉の名言

2024年大会の第1試合に登場したハンジロウのたーにーは、決戦前も普段通りカレー屋で働いていたそうで、金属バットに敗れたことで「明日もカレー屋だ」と苦笑いして頭を抱えた。

タイムマシーン3号は、『爆笑オンエアバトル』(NHK)出演時など若手時代からやっていた、関太の「後ろに回した手が組めない」というツカミを『THE SECOND』でも披露した。しかしコンビの状況は若手時代から大きく変化している。『Mr.サンデー』でも、売れっ子コンビとして紹介されたほど。ただ1回戦敗退を受け、5月19日放送のラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(JFN)で出演者の西堀亮(マシンガンズ)が「山本(浩司)、ロレックスしてませんでした? (アルコ&ピースの)平子が『ロレックスしてる人間は笑えないよ』って」と語っていた。成功者が『THE SECOND』でウケを取るのは難しいという指摘だ。

16年前のネタのワードを全国ネットでよみがえらせたザ・パンチ、渋谷を歩いていても誰にも興味を持ってもらえないガクテンソク、家族の存在に後押しされるタモンズ、ちゃんと仕事をしてから大会に臨んだハンジロウ、ロレックスを巻いて登場したタイムマシーン3号。『THE SECOND』の舞台には間違いなく、それぞれの人生が乗っかっていた。

もちろん、すべてのお笑いの賞レースには出場芸人の人生が乗っている。ただ『THE SECOND』はとりわけ重みがある。生活、家族のことなどいろんなものを背負い、夢ではなく現実を見る必要性に迫られ、年齢的にも間違いなくいろんな可能性が狭まってきている。それでも「なんとか、なにかをつかめないか」とわずかな望みにかける。そんな“セカンド芸人”たちの姿は、物価高などで生活がどんどん苦しくなったり、ふとしたときに老後のことを考えてつらくなったりするなど、私たちが日頃抱える不安とそれほど変わりがない。だからこそ『THE SECOND』を観ていると、「自分ももうちょっとがんばってみよう」と背中を押される気持ちにもなる。

そういう意味でも博多華丸・大吉が口にした「辞めんで良かったよねえ」「あなたたちは死んでなかったのよ」は、私たちの心にも刺さる名言となったのだ。

芸能ライター

大阪を拠点に芸能ライターとして活動。お笑い、テレビ、映像、音楽、アイドル、書籍などについて独自視点で取材&考察の記事を書いています。主な執筆メディアは、Yahoo!ニュース、Lmaga.jp、Real Sound、Surfvote、SPICE、ぴあ関西版、サイゾー、gooランキング、文春オンライン、週刊新潮、週刊女性PRIME、ほか。ご依頼は yuuking_3@yahoo.co.jp

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