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世界60カ国以上の社員がリモートで働く米企業。なぜ日本の海辺でチーム合宿を?

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
白浜町で10日間のチーム合宿をしたAutomattic社のメンバー(筆者撮影)

今年の6月23日から7月3日の11日間、アメリカのAutomattic社の社員10名が和歌山県白浜町に滞在しました。

アメリカの会社といっても、同社はオフィスを持たず、700名以上の社員たちが世界各地の自宅や自ら選んだ場所で仕事をしています

今回白浜町を訪れたのは、主にアジア太平洋地域の国で働く人たちで、定期的に行っているチームの合宿をするのが目的でした。

普段は離れた場所にいるメンバーがどうやってチームとして働いているのか、各地から集まる合宿にはどんな意味があるのか、メンバーへのインタビューも交えてご紹介します。

世界60カ国以上に社員がいる「オフィスのない会社」

Automatticは、ウェブサイトやブログを無料で簡単に作れるWordPressというソフトウェアの開発を主導したマット・マレンウェッグ氏が創設した会社です。現在では「ニューヨーク・タイムズ」のような大手ニュースサイトから個人のブログまで、インターネット上に存在するウェブサイトの実に3割がWordPressで作られています(2017年12月時点)。

Automatticは、ユーザーがサーバーを用意したりしなくてもすぐにブログを開設できるWordPress.comというサービスや、WordPressをより便利に使える拡張機能(プラグイン)を開発し、提供する会社です。

以前はサンフランシスコに広々としたオフィスがあったのですが、「あまり使われていない」という理由で2017年に閉鎖されました。というのも、700人以上いる同社の社員は、世界60カ国以上に散らばっており、自宅やコワーキングスペース、カフェなど、それぞれが好きな場所で働いているのです。

現在、日本にも8名ほどの社員がいますが、その8人は「日本支社」のような部署に属して日本向けの営業活動などをしているわけではありません。社員の居住地と所属部署は基本的に無関係で、異なる場所に住む国籍も様々な人たちが、同じチームで働いているのです。

例えば、以前にインタビューさせてもらった高野直子さんは同社のサービスを各国語に翻訳するプロジェクトの管理や海外マーケティングを担当しており、チームのメンバーには日本の高野さんの他にオーストラリア、オーストリア、スイス、イスラエル、アメリカに住むメンバーがいるということでした。

時差があるリモートワーク。「即レス」はない前提で仕事を進める

昨今は日本の企業でもテレワーク(在宅勤務やモバイルワーク。リモートワークとも言う)を取り入れ、チャットシステムなどのオンラインツールを使って遠隔で連絡を取り合うことが増えてきました。しかし、Automattic社のように、チームメンバー間で常に時差があるという状況に慣れている人は少ないでしょう。

同じオンラインツールを使ったコミュニケーションでも、時差があることが当たり前の環境では、その“お作法”もずいぶん異なるようです。

前述の高野さんに伺ったところ、社内でのやり取りは基本的にSlackを使ったチャットで行いますが「即レス」は期待しておらず、「24時間以内には何らかのレスポンスがあるだろう」という感覚だそう。そのため、チャットで質問や相談をするときには文章の意図の確認などで無駄なやり取りが発生しないよう、相手が一度でその内容を理解できるような書き方を心がけているといいます。

必要な場合は、時間を調整してZoomなどのツールを使ってビデオ会議を行うこともあります。チャットにしろビデオ会議にしろ、そこで決まったことなどは社内の情報共有専用のブログに書き残し、他の人に見えるようにすることも大事な習慣だそうです。

年に数回、会社負担の合宿でチームビルディング

普段は完全にリモートで仕事をしているAutomattic社の社員たちですが、年に数回の合宿を行っています。

まず、全社員が集まる全社合宿が年に1度開催されます。1週間の間、経営陣や色々なチームによる情報共有と質疑応答のセッションや、スキルアップのための様々なクラス、社内用のツールを開発するプロジェクトなどが実施されます。ランチやディナーも一緒に過ごし、様々な同僚と知り合う機会になっているようです。

2017年カナダで行われた全社合宿での集合写真(Automattic社提供)
2017年カナダで行われた全社合宿での集合写真(Automattic社提供)

また、年に1〜2回は1週間ほどのチーム合宿も行うことになっており、今回10名のメンバーが白浜町にやってきたのは、このためです。

チーム合宿の開催場所は予算内であればどこでもOKで、メンバーそれぞれの居住地からのアクセスや「この国に行ってみたい!」という希望などを鑑みて決定されるようです。

全社合宿もチーム合宿も社員の参加が強く推奨されており、費用は会社持ちです。同社にとって重要な機会であると考えられていることがわかります。

白浜町でのチーム合宿の経緯と中身

さて、今回やってきたチームは、なぜ合宿場所として和歌山県白浜町を選んだのでしょう。

経緯を聞くと、和歌山県庁の方とAutomatticの社員として東京で働く高野さんが知り合ったことから、今回の話につながったとのこと。

和歌山県は、ワーク(Work)とバケーション(Vacation)を組み合わせた「ワーケーション(Workation)」の普及促進に力を入れています。中でも、美しい海と砂浜を擁する白浜町はバケーションの地として最適。そこに仕事のできる環境も整えることで、心身をリフレッシュしながら新鮮な気持ちで仕事に取り組むことができるというわけです。

参考:

「ワーケーション」を組織の生産性や社員のワークライフバランス、やりがいの向上などに役立てている事例として、白浜町にサテライトオフィスを開設しているセールスフォース・ドットコムがあります。過去に筆者が行なったインタビューをご覧ください。

サテライトオフィス成功の秘訣はOhanaカルチャー。セールスフォース・ドットコム白浜オフィスに学ぶ

和歌山県の取り組みを知った高野さんの勧めがあり、もともと「日本に来てみたい」と思っていたメンバーもいたことから、白浜町でのチーム合宿が決まりました。それを受けて、和歌山県の方ではビザの準備など、彼らを受け入れるための全面的なサポートを行ったほか、後述の通り、日本の子どもたちとの交流イベントも企画しました。

一ヶ所に集まって一緒に仕事をすることで学べることもある

白浜町で合宿中のメンバーに、普段の働き方や合宿中の過ごし方について聞いてみました。

Paulo E. Aquinoさん(筆者撮影)
Paulo E. Aquinoさん(筆者撮影)

最初に答えてくれたのは、アメリカ出身のPaulo E. Aquinoさん。英語教師として7年近く札幌に暮らしており、今年春から札幌在住のままAutomatticに転職したそうです。

-- 皆さんのチームはどんな仕事を担当していますか?

Paulo:私たちはWordPress.comのユーザーサポートをする“Happiness Engineer“という仕事をしています。今ここに来ているのは、同じタイムゾーンの地域に住んでいるメンバーのチームです(※)。

(※筆者注:前述の通り、Automattic社の多くのチームはメンバーのタイムゾーンに関係なくチームが組まれていますが、Happiness Engineerについてはタイムゾーン別のチームになっているようです)

-- 皆さんは、自分たちと同じ地域に住むユーザーのサポートを担当しているのですか?

Paulo:そういうわけではなく、世界中のユーザーが対象です。ユーザーは、なにか困ったことがあればいつでもサイトのヘルプボタンをクリックし、チャットで質問することができるんです。質問は24時間365日受け付けていますから、それぞれのHappiness Engineerが自分の仕事の時間に合わせて対応します。

-- Pauloさんは、学校で教える仕事からリモートワークでパソコンに向かう仕事に変わって、寂しくなったりしませんか?

Paulo:僕は文章を書くことがとても好きで、Automatticに入る前は私立の高校で英語のライティングを教えていました。だから、英語を書くスキルが重要な今の仕事はとても楽しいですよ。

-- チームの皆さんは、普段はどこに住んでいるのですか?

Paulo:ニュージーランド、オーストラリア、インドネシア、フィリピンに住んでいるメンバーがいます。日本にいるのは僕だけです。

-- チームメンバーと会うのは今回が初めてですか?

Paulo:はい。ビデオ会議では毎週コミュニケーションを取っていますが、こうしてずっと一緒にいるのは初めてです。

-- チーム合宿の間、どこで仕事をしているのですか?

Paulo:みんなでホテルの部屋のひとつに集まることもありますが、だいたいは「Big・U(ビッグ・ユー)」(※)という施設を利用しています。

(※筆者注:「和歌山県立情報交流センターBig・U」は、白浜町に隣接する和歌山県田辺市にある複合情報・文化施設です。図書館、会議室、ホール、カフェなどがあり、電源とWi-Fiが使えるフリースペースも豊富。ワーケーションの際に非常に重宝する場所です)

Chaitanya Matukumilliさん(筆者撮影)
Chaitanya Matukumilliさん(筆者撮影)

次に、ニュージーランドからやってきたChaitanya Matukumilliさんに伺いました。

-- チーム合宿中のスケジュールはどうなっていますか?

Chaitanya:普段はみな自分の国で仕事をしていて直接会わないので、合宿中はずっと一緒にいて、だいたいいつも午前中は9〜12時、ランチ休憩を挟んで午後は2〜5時の間仕事をします。

今回はゲストとしてHappiness Engineerのトップがアメリカから来てくれているので、彼にいろいろ質問したり、1対1で話す時間をとったりもします。

合宿中は、普段の仕事の他に「トレーニングセッション」もします。例えば明日は日曜ですが、みんなでひとつのPCを覗き込んで一緒に仕事をする予定です。そうすると、お互いの仕事の仕方を学ぶことができますからね。

仕事の後や休日は交流の時間で、自分たちの文化や興味関心について一緒に話したりします。観光も予定していて、今回は熊野古道に行きますよ。それから、合宿が終わった後にそのまま日本での休暇を楽しむ人もいます。そうだよね、Sarah?

Sarah Cadaさん(筆者撮影)
Sarah Cadaさん(筆者撮影)

こちらはフィリピンのマニラから来たSarah Cadaさん。

「チーム合宿の後は大阪に移動して観光を楽しむ予定」と話してくれました。

世界中の人とうまく仕事を進めていくには、リモートと対面、両方のコミュニケーションが必要

Andrew Spittleさん(筆者撮影)
Andrew Spittleさん(筆者撮影)

最後に、全世界のHappiness Engineerをリードする立場であるAndrew Spittleさんにお話を聞きました。

-- いつも各チームの合宿に参加しているのですか?

Andrew:年間に3〜4チームの合宿に参加するようにしています。目的は、メンバーのことを知るため、そして一緒に時間を過ごすためです。

-- その際は、どんな話をするんですか?

Andrew:私たちがやっているカスタマーサポートのことでも会社全体のことでも、チームメンバーが私に聞きたいことはなんでも。仕事をしながら雑談もしますし、ひとりひとりと個別に話す時間もとります。

-- 普段はオンライン上でコミュニケーションされているわけですが、それよりも顔を合わせてのコミュニケーションの方が良いですか?

Andrew:それぞれが異なる別のものだと考えています。

私たちは、オンラインコミュニケーションが得意な人を雇うようにしていますから(普段からリモートで問題なくやり取りができていて)、彼らに直接会った時には、すでによく知っている人のように思えるんですよ。でも、しばらく一緒に過ごせば、後でオンラインでコミュニケーションするときもより相手を理解できていると感じられます。

私たちは、両方が必要だと信じているんです。世界中の人を雇うためにはリモートワークが必要だし、うまくやっていくためには、直接会う機会を作ることも必要だということです。

-- 白浜町はどうですか?

Andrew:とても良いところですね! きれいな町で、食べ物も美味しいです。私は初めて日本に来ましたが、楽しんでいます。

-- チーム合宿をする場所に欠かせないものはなんですか?

Andrew:快適な宿、良いインターネット環境、美味しい食事、この3つがあればチーム合宿はうまくいきますよ。

日本の子どもにウェブサイト制作を教えるワークショップも

貸し出されたiPadを使い、展望台からの眺めを撮影する子どもたち(筆者撮影)
貸し出されたiPadを使い、展望台からの眺めを撮影する子どもたち(筆者撮影)

上記のインタビューは、6月30日(土)に行いました。この日は和歌山県の主催により、Automatticのメンバーが自社のサービスを使って子どもたちにウェブサイトの作り方を教えるワークショップが行われたのです。

午前中は、展望台からの海の眺めや珍しい植物、田辺市出身のチェーンソーアート作家 城所ケイジさんの作品などが楽しめる番所山公園を散策してウェブサイトに掲載する写真を撮り、午後はPauloさんの話にも出てきたBig・Uという施設でパソコンを使い、ウェブサイトの制作をする、というプログラムでした。

完成したウェブサイトや掲載した写真について、子どもたちが発表しました(筆者撮影)
完成したウェブサイトや掲載した写真について、子どもたちが発表しました(筆者撮影)
こちらの男の子は、海辺で捕まえたカニの写真とその説明を掲載したページについて発表しています(筆者撮影)
こちらの男の子は、海辺で捕まえたカニの写真とその説明を掲載したページについて発表しています(筆者撮影)

参加したのは主に和歌山や大阪に住む小学校高学年から中学生の子どもたち。英語が分からない子も多かったと思いますが、WordPressの開発者コミュニティ(※)に属する日本人もボランティアにかけつけ、みんなそれぞれにオリジナリティのあるウェブサイトを作ることができていました。

(※筆者注:WordPressは、ソースコード(プログラム)が公開され、誰でも自由に利用したり、そのソースコードを修正したりすることができる「オープンソース」と呼ばれるソフトウェアで、その開発に関わる人たちが世界中にいるのです)

大人向けのトークセッションの様子(和歌山県提供)
大人向けのトークセッションの様子(和歌山県提供)

子どもたちがウェブサイトを作っている間、別の部屋では保護者の皆さん向けに、トークセッションが行われました。

ここでは筆者がモデレーター役を務め、以下の皆さんから、リモートワーク、ワーケーション、地方移住と移住先での仕事などに関する豊富な経験談をシェアしていただきました。

  • 倉貫 義人氏(株式会社ソニックガーデン代表取締役社長)
  • 佐藤 治夫氏(株式会社ビープラウド代表取締役社長)
  • 額賀(福井) 順子氏(NPO法人男木島図書館理事長)
  • 万谷 絵美氏(株式会社Crop 代表取締役&ライター)
  • 宮内 隆行氏(一般社団法人地域活性化 ICT 利活用研究会代表理事)
  • 森脇 碌氏(任意団体 mamimu ファウンダー・グラフィックデザイナー)

チーム合宿が色々な土地で行われることで、メンバー間の交流や知識を深めたり、リフレッシュにつながったりするということに加え、滞在先の地域への貢献や新しいネットワーク形成のきっかけにもなるとしたら、素晴らしいことです。

今回のAutomattic社のワーケーションの事例は、マンネリ化した組織やチームに新しい風を吹き込みたい会社や、単なる観光だけではないインバウンド施策を進めたい地方自治体などにとっても参考になるものではないでしょうか。

フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』を運営。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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