もしも本田選手の言ったとおりになっていたなら……
ある結果が自分を傷つけると予見できる場合、あらかじめハンディを背負っているかのように主張することを「セルフ・ハンディキャップ」と呼びます。認知心理学で言うところの「自己奉仕バイアス」の一つです。
「お前、勉強した? 俺、週末に法事があってさ。そのせいで全然勉強できなかったんだよね」
「今期の目標は1億円です。しかし、増税などによって外部環境は大きく変化していますので、どうなるかはわかりませんが」
このような「セルフ・ハンディキャップ」が習慣になっている人は、うまくいかなかった場合に備えて、その要因になりそうなことを前もって周囲の人に伝えておきます。失敗したときには「だから言ったでしょ」と言えますし、成功したら成功したで「意外とうまくいきましたね」と、期待以上の結果を主張できます。
しかし、「セルフ・ハンディキャップ」の習慣はお勧めできません。「失敗したときの言い訳」を事前に用意することで、結果を出すためのトレーニングや練習、準備……などにおいて、無意識のうちに手を抜いてしまうことになるからです。これは過去、多くの実験結果から証明されています。
さらに、「ピグマリオン効果」という有名な心理効果があります。ピグマリオン効果とは、人間は周囲から期待されれば期待されるほど成果を出す傾向が強くなることを言います。「失敗したときの言い訳」を事前に用意するということは、「プレッシャーになるから、自分にそれほど期待しないでくれ」と表明しているようなもの。ということは、当然、周囲からの期待は薄くなります。親や教育者、上司に期待されないことによって、結果が落ちていく心理効果を「ゴーレム効果」と呼びます。つまり「セルフ・ハンディキャップ」は「ゴーレム効果」を引き起こしてしまうため、自分のポテンシャルを正しく発揮できず、結果も期待以下となってしまうのです。
「2014 FIFAワールドカップ(ブラジル大会)」において、日本代表はグループリーグ敗退という結果に終わりました。日本代表のエース、本田圭佑選手は、2010年の南アフリカ大会から「優勝を目指す」と公言しており、この4年間も「ワールドカップ優勝」を目標に、チームを引っ張ってきました。当然のことながら、日本代表を応援する人たちの期待はいつも以上に膨れ上がります。「本当に優勝できるかもしれない」「優勝できなくても過去最高の結果を残せる」と考えた人も多いことでしょう。私もそうですし、私の息子もそうでした。
しかし、結果は1勝もできずにグループリーグ敗退。とても残酷な結末が待っていました。期待の大きさは、落胆の大きさに直結します。あまりに失望した人が、過激なバッシングに走ることもあります。ワールドカップが始まる前は静観しておいて、このような結果になると、
「前からこうなると思っていた」
「そもそも期待していなかった」
「もともと実力がないことは知っていた」
……等と、あたかも以前からこの結果になることは予見できたと、突如として解説しはじめる人が現れます。現に起きてしまった結果を、自分に納得のいく形でうまく理由づけて説明してしまうことを「意味の偽造」と呼びます。後付け理論です。「アナと雪の女王」が大ヒットすると、その理由を解説する評論家が現れます。これと同じく、ワールドカップにおいても、結果が出てから評論家がこぞって持論を展開しはじめます。
しかしこういった評論家は、リーグ敗退が決まった後だからこそ「こうなると思っていた」と言えるのです。反対に、もしも本田選手の言ったとおりに日本が優勝したら、それはそれで、同じように「こうなると思っていた」と解説したことでしょう。
「過去最強の日本代表だから、やるとは思っていた」
「紆余曲折はあったものの、優勝するためにこの4年間しっかりと準備をしてきた。当然の結果だ」
……等と。本田選手はよく「ビッグマウス」と言われました。周囲が驚くほどの大口をたたくことがあったからです。私から言わせてみれば、結果がわかった後になってから、あたかも「前からわかっていた」と評論する人もある意味「ビッグマウス」です。未来に対しての「ビッグマウス」なのか、過去に対しての「ビッグマウス」なのかが違うだけ。しかし意味合いは正反対です。
私は現場に入って目標を絶対達成させるコンサルタントです。クライアント企業の経営者や社員と一緒に考えることは、常に「未来」のこと。終わった「過去」に対する意味づけではありません。だからこそ書かせてもらいます。何かの結果が出てから、後付けで評論している人に未来を創造することはできません。スポーツの世界でも、ビジネスの世界でも同じ。結果が出た後にアレヤコレヤと言っている「ビッグマウス」に、誰も期待はしないということです。
私がとても心配するのは、本田選手らが「ワールドカップ優勝」を公約と定めたこと自体をバッシングすることです。あまりに激しくバッシングすると、あんまり期待させるとうまくいかなかったときに応援する人たちを傷つけると思い込み、「セルフ・ハンディキャップ」を使う選手が出てくるかもしれません。
「優勝は目指したいけど、以前から古傷が痛むんで」
「いい結果を期待してください。グラウンドのコンディション次第ですけれどね」
……等と、こんな風に言われると、応援するほうのテンションは下がります。期待も薄まります。
この4年間、多くの人に夢を与え続けたアスリートを子どもたちはどう見ていたのでしょうか。そして、期待どおりの結果にならないからといってそういう選手を後付け理論でバッシングする大人たちを、子どもたちはどう見つめるのでしょうか。
結果は結果。
それは真正面から受け入れなければなりません。しかし、だからといって、周囲に期待を持たせるような発言は、今後も変わらずしてもらいたいと切に願っています。日本では、言ったとおりに結果を残す「有言実行」よりも、アレコレ言わず、黙って結果を残す「不言実行」のほうが美徳とされる傾向があります。しかし本気で結果を残したいと願うなら、日本人の美意識などどうでもいいではありませんか。「ピグマリオン効果」を狙うためには、高い目標を公言したほうがいいのです。周囲から「期待」というエネルギーをもらえること、それこそが力になるからです。それはアスリートのみならず、これは私たちすべての人たちに共通することなのです。