藤井聡太棋聖が名手△9七銀の後に回避した「幻の妙手」
15日に行われた第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第2局では、藤井聡太棋聖(19)が放った名手△9七銀に話題が集まった。
挑戦者の永瀬拓矢王座(29)も△9七銀に最強手で返し、もし藤井棋聖が実戦と違う手を指していたら、「幻の妙手」が生まれていたかもしれない。
「幻の妙手」とはどんな手なのか。どうやって藤井棋聖が回避したのか。
ここから解説していく。
退路封鎖の名手△9七銀
なんといっても△9七銀のインパクトはすごい。
直前に守備の飛車を取らせて、さらに持ち駒の銀を捨てる。
それで勝利を引き寄せるのだから、なんとも鮮やかな手順であった。
この△9七銀は相手に取らせることで先手玉の逃げ道を封鎖する、「退路封鎖」と呼ばれる類の手である。
「退路封鎖」は問題としてよく登場する手筋で、珍しいものではない。
しかしこの場面では、
- 自玉がかなり危険
- 退路を封鎖した後が複雑
という2点が問題と実戦の違いである。
実戦は△9七銀に▲1一飛△1二桂▲9七桂と進んだ。
この図が今回のテーマだ。
まず条件を整理すると、
- 後手玉は詰まないが、あと1手で受けなしになる
- 先手に金を渡すと後手玉に詰みが発生する
よって後手は、
- 先手玉に詰めろ(or王手)を続ける必要がある
- 先手玉を詰ます時以外に金を渡せない
勝ちへ向けて厳しい条件を突きつけられている。
藤井棋聖が回避した幻の妙手
第2図で藤井棋聖は△4八歩と指した。
これが勝利をたぐり寄せる唯一の手であった。
将棋AIも△4八歩以外の手では全て先手勝勢と示す。
さて、第2図では△6七歩成と敵玉の近くにと金を作る手がもっとも自然である。
将棋AIの候補手にもあがっている手だ。
この手は詰めろになっているのだが、その手順がかなりややこしい。
まず自然な追い方は、△7八金▲同飛△同と▲同玉△6七銀、というものだが、▲8九玉と逃げられて詰まない。
正しい追い方は、△7八金▲同飛△同と▲同玉に△6七桂成と迫るもの。
21手もかかる長手数の詰みなので興味がある方のために手順だけ下に記す。
大切なのは、最後に「△5四飛成」で詰む、ということにある。
※詰み手順は、△7八金▲同飛△同と▲同玉△6七桂成▲同玉△5七飛▲7八玉△6七金▲8九玉△7八銀▲9八玉△8七銀成▲同玉△7七金▲8六玉△7六金▲同玉△7五銀▲6五玉△5四飛成
△6七歩成でも後手の勝ちではないか、と思うかもしれない。
しかしここで「幻の妙手」がある。
▲2一角が盤上この一手の妙手である。
この手は▲1二飛成までの詰めろだ。
そしてさらに、先ほどの詰み手順で最後に現れた「△5四飛成」を角で取れるようにして先手玉の詰めろを防いでいる。
▲2一角はいわゆる詰めろ逃れの詰めろなのだ。
参考図を見ると、この角が先手玉の詰みを消す働きをするとはプロでもすぐには分からない。そこにこの手の価値がある。
▲2一角を回避した△4八歩
実戦で藤井棋聖は△6七歩成ではなく△4八歩と指した。
△4八歩は詰めろになっている(△7八金▲同玉△6七歩成▲8八玉△7八金▲9八玉△8九銀まで)が、受けがききそうで不安な手だ。
例えば▲6八歩と歩成りを防がれたときに、先ほどあげた2条件
- 先手玉に詰めろ(or王手)を続ける必要がある
- 先手玉を詰ます時以外に金を渡せない
これをクリアできるか、パッと見には自信がもてない。
△4八歩に代えて△6七歩成であればいかにも受けがきかない格好(先手が受けると△7七と、と銀を取って詰めろが続く)になる。
よって△4八歩より△6七歩成のほうが自然にみえる。
筆者もここ最近、公式戦の対局で秒読み(1分以内に指す必要がある)に追い込まれるケースが多い。
1分という短い時間では読める手数に限度があり、無難な手を選びがちだ。
この時、藤井棋聖は残り2分だった。
盤面と残り時間の状況を鑑みると、実戦だとプロでも△4八歩より△6七歩成に手がいきそうだ。
しかし解説してきた通り、△6七歩成は▲2一角という妙手を呼ぶ転落の一手になる。
自然に見える手に対しては妙手があり、やや違和感のある手しか勝ちがないという、恐ろしく難解な終盤戦であったからこそ、終局後に解説の棋士や観戦している棋士がWeb上で感嘆の声をあげていたのである。
△4八歩を選んで▲2一角の妙手を回避したことにより、藤井棋聖は第1局を落とす悪い流れを食い止める貴重な1勝をあげた。
もし五番勝負を藤井棋聖が制することになれば、この△9七銀~△4八歩の妙手順がその要因となるであろう。