ロマチェンコvsロペスはどうなる?マイク・タイソンを指導した解説者らが明かす番狂わせの条件
今年最大級の注目マッチ、WBAスーパー・WBCフランチャイズ・WBO世界ライト級王者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)vsIBF同級王者テオフィモ・ロペス(米)の統一タイトルマッチが17日(日本時間18日)ラスベガスで行われる。プロモーターは両者を擁するボブ・アラム氏率いるトップランク社。会場は同社が6月から無観客試合でイベントを開催しているMGMグランド・カンファレンスセンター(通称ザ・バブル)。250人限定で、コロナパンデミックの最中、粉骨砕身した現地の医療関係者を優先に観客の入場が許可される。
勝者が比類なき王者に君臨
勝者がアンディスピューテッド(比類なき)チャンピオンに君臨するライト級統一戦。この階級はWBAレギュラー王者の“タンク”ことジャーボンタ・デイビス(米)、WBCレギュラー王者デビン・ヘイニー(米)、人気先行ながらインスタグラムのフォロアーが735万人超を誇るライアン・ガルシア(米。12月5日にルーク・キャンベル=英とのWBCライト級暫定王座決定戦に出場)と新鋭が続々台頭しており、今後の展開も見逃せない。
設定は4つのベルトの統一戦ながら、パウンド・フォー・パウンド・キングで難攻不落のロマチェンコにイケイケの23歳のハードパンチャー、ロペスが挑む背景。試合発表時3-1ほどでロマチェンコ有利だったオッズは今日現在およそ4-1と広がっている。オリンピック2大会連続金メダリストでアマチュア時代、驚異的なレコードを誇り、プロ3戦目に世界王座(WBOフェザー級)獲得、最速で3階級制覇の実績を持つ“ハイテク”ロマチェンコ。前述のガルシアは「ロマチェンコをアウトボクシングしようとしたら人間では無理。動物にならなければならない」とその運動能力に舌を巻く。
リナレスの右強打でダウン
その難関をロペスは乗り越えることができるだろうか。米国のボクシングエキスパートがこぞって引き合いに出すのがロマチェンコが帝拳ジム所属のベネズエラ人、3階級制覇王者ホルヘ・リナレスを破ったWBAライト級タイトルマッチだ。2018年5月ニューヨークのマジソンスクエアガーデンで行われた一戦は6回に右強打でロマチェンコをダウンさせた王者リナレスに挑戦者ロマチェンコが反撃。10回、左ボディーでリナレスを倒し返し決着をつけた。
17日の試合でリナレスが放った“あの”右が決まればアップセット(番狂わせ)が起こるのではないかという見方がされている。
ラスベガスでジムを運営しWBCヘビー級王者タイソン・フューリー(英)にトレーニングの場を提供。昨年フューリーの試合でカットマンを務めたホルヘ・カペティーヨ氏は「私はリナレスvsロマチェンコの現場にいて、あの右が決まった瞬間を見ている。たぶんリナレスはテオフィモより速いし手数も多い。ただテオフィモの拳の方に威力があるだろう」と米国メディアに発言。ロペスにチャンスがあると明かす。
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続けてカペティーヨ氏は「それにテオフィモはフットワークも素晴らしい。ベタ足になることがない。同時にさまざまなアングルから攻め立てることができ、相手のパンチをミスさせる。そうなればロマチェンコの動きを封じ、弱らせることが可能になる」と強調。プライベートでもロペスと親交がある同氏はIBF王者の肩を持つ。
ロマチェンコの生命線は脚
同氏は警鐘を鳴らすことも忘れない。「でもロマチェンコは試合経験が豊富で気力の戦いでも負けない。もし中盤以降テオフィモがボディー攻撃を怠り、ロマチェンコをスローダウンすることが出来なければ違ったストーリーが待っている。たくさんボディーパンチを繰り出すことができればアップセットにつながる。テオフィモはロマチェンコの脚を止めることに執着しなければならない」
多くの米国メディアはロマチェンコのスタイルを「アグレッシブなカウンターパンチャー」と分析している。カウンターパンチャーとは相手の隙を狙って、あるいはミスを誘発してパンチを浴びせるディフェンシブなタイプを想像してしまう。しかしロマチェンコは自身で攻め込んでカウンターを見舞う戦法を得意とする。相手にすればより攻略が難しい。一筋縄ではいかない。別の側面から見るとロマチェンコの生命線はフットワークだという見方ができる。
確かにロマチェンコがトレーナーの父アナトリーと実行する練習はフットワーク重視、強化を目的にしたものが多い。ロマチェンコ攻略の第一歩は軽快で俊敏なステップを鈍らせること。それにはボディー攻撃が最良の手段。ロペスが序盤からそれを実行できるかが勝負を左右するカギとなる。
ロペスはロマチェンコ同様、父のテオフィモ・シニアがメイントレーナーを務める。物静かなロマチェンコの父と異なり、父ロペスは事あることに挑発を繰り返すビッグマウスで通っている。ロペス親子は先に触れたヘイニーの父ビル・ヘイニーと交流がある。その縁でロペスとヘイニーはスパーリングを行っている。ビル氏によると「ロペスのパンチは一発も息子に当たらなかった」とのことだ。それを鵜呑みにできるかは判断しにくいが、同氏はクワランティン(コロナ感染症予防のための隔離期間)によってロペス親子の団結が強まり、試合に有利に働くのではないかとも見ている。ちなみにビル氏は息子のマネジャー兼トレーナーである。
中谷戦がなければ今のロペスはない
識者たちの予想の中で核心に迫っているのが元マイク・タイソンの同僚で名物コメンテーターとして活躍する殿堂入りトレーナーのテディ・アトラスだ。「あの日本人選手との激戦がなれければロペスはロマチェンコと対戦するチャンスはなかった」とアトラス氏は主張する。それは昨年7月、米国メリーランド州で行われたロペスvs中谷正義のIBFライト級挑戦者決定戦を指す。12回戦はロペスの大差の判定勝ちに終わったが、スコアカードよりも中谷がロペスを苦しめた攻防だった。
中谷(当時は井岡ジム所属→引退)は後半、右ストレートを決めて食い下がり、10回には右から左フックをカウンターで当てロペスにダメージを与えた。試合が終わるとロペスの顔面が腫れ上がっていたことが健闘を物語る。それまで派手なKO勝利を重ねてきたロペスが苦戦を強いられたのは明らかで、アトラス氏は「ナカタニとの試合はロペスを謙虚にさせた。彼にはああいう攻防が必要だった。世界に挑む前に苦労したことが次につながった」と語る。
“次”とはロペスの最新試合のリチャード・コミー(ガーナ)へ挑戦した昨年12月のIBF世界ライト級タイトルマッチのこと。2回、強打を誇るコミーに右を打ち込んで倒し追撃で試合を決めたロペス。「日本人との試合でロペスは精神的に強くなった。また長身のナカタニ相手に途中で戦法をアジャストできることも証明した。ロマチェンコと彼の父はロペスのどの試合よりもナカタニ戦に執着し綿密な作戦を立てていることだろう」とアトラス氏は解説。ロペス(15勝12KO無敗)のキャリアで中谷戦は重要なパートを占めていると指摘する。
迷いがあればノーチャンス
ロマチェンコはプロで16戦目(14勝10KO1敗)ながらアマチュアでは400戦近く戦っている。年齢も32歳になり、その影響か、昨年8月ロンドンで行ったルーク・キャンベルとのWBCライト級王座決定戦ではダウンを奪ったもののフルラウンドの戦いとなった。リナレスに米国で挑戦し判定負けしたキャンベルはロンドン・オリンピック金メダリストのサウスポーだが、「これ!」といった武器はなく、ロマチェンコの圧勝が予想された。しかしキャンベルのカウンターを食らうシーンが何度かあり、ノックダウンからストップに持ち込むことができなかった。
完全無欠に思えるロマチェンコにも陰りが見えているのだろうか。アトラス氏は「ロマチェンコと対戦する選手にまだ迷いや疑問があるなら、それはノーチャンスを意味する」と断言してはばからない。それでもロペスを知る上記のビル・ヘイニー氏は「テオフィモは虚勢や強がりを言っているわけではない。親子とも自信と度胸はあり過ぎるほど持っている」と明言。また将来ロペスやロマチェンコとの対決も予測される前WBOフェザー級王者シャクール・スティーブンソン(米)も「彼(ロペス)が公言したことが全部実現した時、『あれは大口だった』と断言することはできないよ」と意味深なコメントを発している。