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少年の自殺の原因を突き止めろ。その答えの向こうにあるものは?『ホームステイ ボクと僕の100日間』

杉谷伸子映画ライター

原作のスピリットを、映画独自のアプローチで楽しませてくれる。直木賞作家・森絵都の『カラフル』を、タイを舞台に置き換えた青春ファンタジー『ホームステイ ボクと僕の100日間』(原題:HOMESTAY /監督:パークプム・ウォンプム)は、まさにそうした作品だ。

生前の記憶を消されたうえで、転生し、人生に再挑戦する。“当選”して、その権利を得たと告げられた“ボク”の魂は、自殺した高校生ミン(ティーラドン・スパパンピンヨー)の肉体にホームステイすることになる。ただし、仮の肉体にホームステイできる期限は100日。期限内にミンの自殺の原因を突き止めないと、“ボク”の魂は永遠に消えてしまうのだ。新生ミンとなった “ボク”は、見知らぬ家族と暮らし、学校に通い、恋にときめきながらも、少年の自殺の原因を探っていくが…。

原作と同じように、映画も魂が当選を告げられるところから幕を開ける。しかし、そのオープニングは、原作のタイトルから想像するのとは違うホラーテイスト。さらに、息を吹き返した病院から自宅へ戻ったミンを迎えた家族のギクシャクした態度や行動が、ますますサスペンスを盛り上げるという具合に、ツカミが実にお見事なのだ。

死亡宣告を受けたミンが息を吹き返す。設定は同じでも、オープニングのトーンは原作とは大きく異なる。
死亡宣告を受けたミンが息を吹き返す。設定は同じでも、オープニングのトーンは原作とは大きく異なる。

それもそのはず、ウォンプム監督は、タイで年間興収ナンバー1ヒットとなった『心霊写真』(’04年)で知られる存在。同作は、『シャッター』としてハリウッド・リメイクもされている。

来日したウォンプム監督に話を聞いた。

「自分のスタイルを大切にしてこの映画を撮りたいと思いました。得意なのはホラーとスリラーです。こうした分野は、人間の暗い面を表現しやすい。人間の見たことのない側面を映しだすのが、私にとって映画を撮る原動力にもなっています。原作では魂のガイド役は1人の天使でしたが、この映画では管理人としていろいろな人物として登場する。オープニングをはじめとして、ビジュアルエフェクトで観客の目を引く味付けしていますが、原作の素晴らしいメッセージはきちんと残したかった。たとえば、人生はカラフルであるということを表現するために、マスゲームを取り入れることでディティールに落とし込んでいきました。これまで爽やかな映画やラブラブな映画を撮ったことがなかったので、この作品は新しいチャレンジでしたが、楽しかったのでまた違う方法でも撮ってみたいですね」

ミンをときめかせる特待生パイを演じるのは、タイの大人気アイドルグループBNK48のキャプテン、チャープラン・アーリークン。
ミンをときめかせる特待生パイを演じるのは、タイの大人気アイドルグループBNK48のキャプテン、チャープラン・アーリークン。

そのマスゲームのシーンが、ミンにとって大きな意味を持つ構成もまた巧み。

ホームステイの期限を100日と区切ったことでサスペンスが高まる一方で、タイの文化習慣に合わせて練り直された物語は、特待生の美少女パイ(チャープラン・アーリークン)への恋心や、ミンを案ずる同級生の想いもあいまって、甘酸っぱい青春ストーリーとしても楽しませてくれると同時に、家族との絆や人生への向き合い方を見つめ直させてくれるものでもある。

「小説を読んで、人生は一時的なホームステイだという視点は素晴らしいと思いました。そう考えると、悩みも軽くなる。このメッセージを、若者だけではなく、自殺を考えてしまうほどに人生で悩んでいる人や、いろんな世代の人にも伝えたい。ただ、私はこの映画で“こう生きるべきだよ”と教えたいわけではありません。映画を楽しんでいただきたいし、この映画のメッセージが人生に悩んでいる人たちへの力になるといいなと思っています」

『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』の御曹司役とは対照的なミンを繊細に演じるティーラドン・スパパンピンヨー。
『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』の御曹司役とは対照的なミンを繊細に演じるティーラドン・スパパンピンヨー。

タイ映画といえば、『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(’17年)のヒットが記憶に新しいが、本作はその製作プロダクションGDH599の最新作。主人公を演じるのは、『バッド・ジーニアス』でカンニング・ビジネスを発案する富豪の御曹司を演じたティーラドン・スパパンピンヨーだ。

「ジェームズ(ティーラドン・スパパンピンヨーの愛称)は以前から知り合いで、中学高校の後輩なんですよ。ただ、彼には悪役のイメージがついていて、この主人公には向かないと思い、眼中になかったんです。でも、オーディションにきてもらったときに、すごく演技能力が高くて、役にも合うと思ったので、それまでのジェームズのイメージは捨てました」

その言葉どおり、ティーラドンはあの御曹司役とは、うって変わった演技を見せる。内向的な“ミン”と、恋心がエネルギーにもなる新生ミンの2役を繊細に演じ分けるだけではなく、その2つの顔とはまた違うもう1つの顔を見せて、演技力に目を瞠らせるのだから。

パークプム・ウォンプム監督。初の長編ホラー『心霊写真』('04年)は、日本でも2006年に公開された。
パークプム・ウォンプム監督。初の長編ホラー『心霊写真』('04年)は、日本でも2006年に公開された。

脚本には、監督自身や脚本チームの経験も数多く取り入れられている。ミンがドリアン嫌いになる子供時代のエピソードには、監督の母親と弟のエピソードが生かされているそう。

本作や『バッド・ジーニアス』を観ても、タイでは大学進学熱が高いのがよくわかるが、ウォンプム監督はどんな高校生だったのか。

「物静かで、教室でもほとんど喋らない存在でしたが、人を観察するのが好きでした。座ってじっとしているから、友達には“石の人間”と呼ばれていました(笑)。勉強が好きじゃなくて、土日の塾通いをサボって、塾の近くの映画館で時間を潰していたんです。映画を観ているとワクワクするので、映画について知りたくなり、映画を撮るようになりました。塾をサボって親に怒られなかったかって? 学校制度は厳しかったですが、私はあまり気にしていませんでした。両親も無理強いはせず、やりたい勉強をすればいいと言ってくれました」

映画製作の過程では編集が一番好きと話していたウォンプム監督。この作品で最も編集が楽しかったシーンとして、VFXを駆使したオープニングとともに、ラストのミンと母のシーンを挙げてくれた。こうした思い出話を聞いたせいか、原作とは違う主人公と母親の関係性に、よりいっそう監督の家族愛が滲んでいるように感じられる。

「家族はもちろん大切なんですが、映画を撮っていると家族といる時間があまりないんです。たとえば、『ホームステイ』では、家族と一緒にいられる時間は100日しかない。私たちは、出来るときに出来ることをしなければなりません。最近、両親だけではなく、祖父母や親戚も含めて、家族との時間はあとどれだけあるのかなと考えることがあります。早く会いに行かないと、ある日、電話がかかってきて、“亡くなったよ”と告げられて後悔するようなことになるんじゃないかと案じながら、ジレンマに悩んでいます」

ホームステイである人生。これは、世代を問わず、その限られた時間をどう過ごすかと同時に、大切な人たちの存在も見つめ直すきっかけをくれる作品だ。

『ホームステイ ボクと僕の100日間』

新宿武蔵野館ほかにて公開中。全国順次公開。

配給:ツイン

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映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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