これまで国内で作られた映画はたった数本!映画業界がほぼない母国ニカラグアで彼女が映画を作るまで
カナダのトロント国際映画祭を皮切りに、サン・セバスティアン国際映画祭、釜山国際映画祭など、世界各国の映画祭を巡り、大きな反響を呼んだ映画「マリア 怒りの娘」は、中米のニカラグアから届いた一作。
「ニカラグアの映画?」と聞いてピンとくる人はほとんどいないことだろう。
それもそのはず、ニカラグアでこれまで製作された長編映画はわずか数本しかない。
しかも本作は、同国において、ニカラグア出身の女性監督による初めての長編映画になる。
映画産業がほぼないといえる逆境をはねのけ、同国でいつ以来になるか定かではない長編映画を作り上げたのは、ローラ・バウマイスター監督。
ニカラグアに実際にある巨大なゴミ集積場を舞台に、ゴミ収集を糧にして生きる母と娘の姿をリアルに描出した物語は、自国の社会の闇に斬り込むことにとどまらない。
児童労働、環境破壊、労働者搾取、貧困といったいま世界にある危機的な問題に言及する鮮烈なデビュー作となった。
社会の底辺で生きる母と娘から何を映し出そうとしたのか?
ローラ・バウマイスター監督に訊く。全六回。
映画産業がほぼない母国でなぜ映画監督を志したのか?
はじめにやはり気になるのは、彼女のたどってきた経緯についてだ。
先に触れたように、彼女の母国であるニカラグアにはほぼ映画産業がないといっていい。
そういった中で、なぜ映画監督を目指したのか、もっといえばそもそもなぜ映画を撮ろうと思ったのか?
そのあたりも含め、まずは子ども時代のことを振り返ってもらった。
「わたしは子どものころからアートが大好きで。実際に自分でなにか創作することも大好きな子どもでした。
実際か定かではないのですが、自分の中で最初にしたアート活動は、詩を書いたことと記憶しています。
何歳だったのかは忘れてしまったのですが、とにかくまだちっちゃいときに詩を書き始めたことを覚えています」
大学では社会学を専攻することに
それから成長して大学に進学。そこでは社会学を専攻した。
「社会学を選択したのは両親の影響です。
日本のみなさんにはあまり知られていないと思うのですが、ニカラグアでは1979年に革命が起きて長きに渡って国を支配してきた独裁政権が倒れました。
そのころとその前後というのは若者たちがひんぱんに抗議活動やデモを行って変革を訴えていた。
で、わたしの両親というのは革命運動に参加していたんです。
これはなにもわたしに限った珍しいことではありません。わたしたち世代の親には革命運動に参加していた人がいっぱいいる。
わたしの同級生にも革命運動をしていた両親を持つ子がよくいました。
ただ、その上、わたしの場合は、両親が社会学者だったんです。
そういうこともあって、社会学の道へ進むことになりました。
あと、もうひとつ言うと、ニカラグアにはアートや芸術を学ぶことができる学校がないんです。
それでとりあえず社会学を学ぶことにしたところもありました」
映画を学ぶため、母国を離れメキシコへ
ただ、大学で社会学を学び始めてから、映画作りにつながる物語を物語るということに興味をもち始めたという。
「そうですね。社会学で、日々、社会と向き合い、社会について考える中で、物語を物語ることに可能性を感じ始めたというか。
社会と向きあい知ることで、これをなにかひとつ物語にして表現できないかと考えるようになりました。
それが映画を作りたいという気持ちになっていきました。
ただ、実際問題としてニカラグアには映画を学ぶことができる学校がない。
ということで、メキシコに行くことにしました。
メキシコの国立映画学校である映画センター(Centrode de Capacitacion Cinematografica)で映画制作を学ぶことにしました。
そして、大学を出て、映画監督としてのキャリアをスタートさせることになりました」
育児放棄や幼少期の母子関係が作品のテーマ
まず、長編を撮る前に短編を制作。2014年に制作した短編映画『Isabel Im Winter』は、2014年のカンヌ国際映画祭批評家週間で上映されている。
「今回の長編『マリア 怒りの娘』を手掛ける前に、短編映画を合計7本作りました。
そのころからテーマとして関心があったのは、児童虐待や育児放棄、幼少期における母と娘の関心、母性といったことです。
発表した短編にはそういったテーマが盛り込まれていました。
そして、今回の長編を作るときも、その考えはかわらずに引き継がれていて。
いまお話ししたような育児放棄や幼少期の母子関係といったことを、それまでは短編だったけれども、今度はもっと長い物語でしっかりと語れないかと考えました。
これが今回の作品の出発点になっています」
自分の過去の体験から、自然と子どもの存在に目がいくのかも
児童虐待や育児放棄といった問題に目を向けるきっかけはあったのだろうか?
「そうですね。いくつかのことが重なってのことにはなるのですが、一番大きいのはわたしと両親の関係です。
さきほどお話ししたように、わたしの両親は革命活動に参加していた。
両親ともに熱心に活動していたので、わたしはほぼほっとかれていた。
両親が家にいないこともしょっちゅうで、独りでいることも多かった。
そのときの寂しさや孤独というのはいまも忘れていないところがある。
そういった過去の経験があるので、子どもの存在に目がいくのかもしれません」
(※第二回に続く)
「マリア 怒りの娘」
監督︓ローラ・バウマイスター
出演︓アラ・アレハンドラ・メダル、バージニア・セビリア、
カルロス・グティエレス、ノエ・エルナンデス、ダイアナ・セダノ
ユーロスペースほか全国順次公開中
筆者撮影以外の写真はすべて(C)Felipa S.A. - Mart Films S.A. de C.V. - Halal Scripted B.V. -Heimatfilm GmbH + CO KG - Promenades Films SARL - Dag Hoel Filmprooduksjonas - Cardon Pictures LLC - Nephilim Producciones S.L. - 2022