120km/hの3Dレース、ドローンレーシングリーグCEO Nicholas氏インタビュー
Nicholas Horbaczewski
Drone Racing League(DRL)
ファウンダー/CEO
ハーバード大学卒業後Bain & Companyに勤務。同大学でMBAを取得し、米軍など政府系機関にハイテク機器を調達する企業ADSのCIO、多人数参加型の障害物レース「Tough Mudder」のCROなどを歴任し、2015年にスタジアムや廃墟、地下トンネルなどに設置された3次元のコースを時速120kmで飛行するドローンレースの国際サーキット、DRLを起業。
本記事に関するお問い合わせは電通ドローンプロジェクト「dentsu Drone Party」事務局(drone@dentsu.co.jp)まで
ESPNも投資する未来のスポーツ
後藤:昨日会った人に「明日、ドローンレースの世界選手権をアメリカで立ち上げた人と会う」と言ったところ、何のことか全く理解してもらえず、仕方ないので(上の)DRLのYouTubeのムービーを見せました。(笑)
Nicholas:DRLの社員もみんな同じような経験をしています。(笑)ドローンレースのコンセプトは、実際に映像を見せないとなかなか分かってもらえませんね。
後藤:でも、DRLのレースの映像は一度見ただけで人を惹きつける魅力がありますよね。
Nicholas:そう思います。ドローンレースはいま世界中で草レースが行われていますが、私たちはF1のような「プロサーキット」を作ろうとしています。今年はアメリカ、イギリス、ドイツでトップ選手が集まるイベントを行う予定です。
レースの映像が公開されると、世界中の人たちから「うちの放送局で流せないか」「ロンドンでイベントを開いてくれないか」といった問い合わせの電話がかかってきます。日本からも問い合わせがあって、昨年ロサンゼルスまでイベントを観戦しに来てくれました。それから日本でもドローンレースが行われ、「日本ドローンレーシング協会」もできました。
こういったことがいま世界中で起きているということは、ドローンレースの映像が持つパワーを証明しているんじゃないでしょうか。
後藤:DRLのレースはいま何カ国で放送されているんですか?
Nicholas:48カ国です。今年中には75カ国以上を目指しています。
通常、スポーツには多かれ少なかれ必ず「地域性」がありますよね。例えば、相撲は日本以外ではほとんど見られませんし、野球は北米と日本、クリケットはインド、サッカーでさえ、ヨーロッパとその他の地域では大きな違いがあります。
しかし、新しいスポーツの中でもE-Sportsやドローンレースのように、デジタルメディアと相性の良いものは世界同時多発的に、しかも瞬時に広まる時代になっています。
もし野球が生まれた数百年前にデジタルメディアがあったら、ヨーロッパでも野球はメジャースポーツになっていたかもしれませんね。
後藤:デジタル時代に新しく普及するスポーツの条件は、少人数で、どこでもできること。それから、簡単にデジタルコンテンツにできることだと思っています。
E-Sportsが爆発的に広がっているのは、プレーヤーのゲーム画面がほとんど編集無しでそのままYouTubeやTwitchに乗せられて、「アスリート≒コンテンツクリエイター」になっているからです。
ドローンレースもプレーヤーがゴーグルを通して見る画面がそのまま映像コンテンツの一部になる。RedBullが、一部の人の趣味的なアクティビティだったエクストリームスポーツをあれだけのエンターテイメントにできたのも、GoProの発明でアスリートが1人でも映像を残せるようになったことが大きいと思います。
Nicholas:確かにそうですね。ドローンレースはスタジアムから廃墟や洞窟まで、どこでもできますし、パイロットたちは裏庭で自分たちが飛ばしたドローンの映像を、ほぼ編集しないでYouTubeにアップロードして、何百万回も再生回数を稼いでいます。
野球だと、スタジアムという決められた場所に何十人もが一同に介さないといけないうえに、撮影や編集も高いコストがかかりますからね。しかも野球の映像だけでは誰も見てくれなくて、すごいアクションを切り取ったり、ストーリーやドラマまで見ている人に伝えないといけません。
正直言って自分がDRLを創業した18ヶ月前には気づいていませんでしたが、ドローンレースがいま盛り上がっているのは偶然ではありません。英語で、「The Perfect Storm」(千載一遇の機会)という言い方があるのですが、ドローンレースは、デジタルメディアの普及、スポーツのトレンド、電子部品の小型化、VRの登場などが全て揃った結果必然的に生まれて育ってきた未来のエンターテイメントだと言えます。
これまで英語圏、ヨーロッパ諸国中心に進出してきましたが、日本でもDRLのコンテンツを放送して、イベントを開き、日本からもリーグに参加する選手が出て欲しいですね。
日本は、私の出身地のボストンのように、熱狂的な野球ファンがたくさんいるスポーツ大国なうえに、テクノロジーの面でも世界で最も進んでいる国の一つです。ゲーム、モータースポーツ、ラジコンなど、機械を使って行うスポーツを楽しむカルチャーがありますし、技術革新が生んだ未来のエンターテイメントであるドローンレースも間違いなく多くの人に気に入ってもらえると思いますよ。
後藤:これまで、どの国に進出するのが特に苦労しましたか?
Nicholas:イギリスのメディアマーケットは少数の放送局が寡占していて、私たちのような新しいコンテンツホルダーが進出するのが難しい国です。しかし、ロンドン市長がリーダーシップをとってDRLを誘致してくれたおかげで、イギリスの大手放送局の1つ、Skyと昨年パートナーシップを結ぶことができました。
ドイツの放送局も、新しいコンテンツに対して保守的でリスクをとらない傾向にありますが、「DRLにはリスクを取るに値するポテンシャルがある」ということを粘り強く伝えて、昨年ProSiebenという放送局とコンテンツパートナーシップを結ぶことができました。
ドローンレースはオールドスポーツの焼き直しではなく、FPV(ファーストパーソンビュー/一人称視点)のビデオーゲームとエアレースのような3Dレースがミックスされた、全く新しいコンセプトのスポーツです。既存のスポーツのベースが無いので、どのくらいの視聴者が気に入ってくれるのか、予測が立てられません。それは放送局側に取っては大きなリスクなのです。
後藤:ESPNやSkyといった大手放送局が、最終的に「リスク」をとってくれた理由は何なのでしょうか?
Nicholas:ご存知の通り、メディアの世界ではNetflixやAmazon、モバイル通信社といった企業が次々とコンテンツプラットフォームを開設しています。放送局も新しい視聴者を獲得していかなくては、という危機感があったと思います。
ESPNやSky Sportsといった大きなスポーツチャンネルは基本的には新しいコンテンツでリスクを取る必要はありません。映画やドラマといったコンテンツがどんどんデジタルプラットフォームで消費されるようになっていくのと比べ、スポーツコンテンツはライブ放送の価値が非常に高いからです。
ただ、それでも、「どうすれば未来のエンターテイメントを作っていけるのか」と、5年後、10年後を考えている人が必ずいて、そういった人たちには、DRLというコンテンツが、取るべき「リスク」だと思ってもらえたのです。
スポーツリーグの殻を被ったテックスタートアップ
後藤:DRLを起業するまでの経緯について教えて頂けますか?
Nicholas:DRLを起業する前は、障害物レースのイベントを運営する会社、「Tough Mudder」に参画していました。フィットネスが好きだったし、Tough Mudderのコンセプトも大好きで、Tough Mudderチームと一緒に、コンテンツを成長させられたのは非常に良い経験でしたが、私も自分で何か新しいことを一から作り上げてみたかった。なので、特にアイデアがあったわけではなかったんですが会社をやめました。
何をやろうかといろいろ考えていた時に、たまたま(アメリカのホームセンターの)ホームデポの裏の広い材木売り場でドローンレースの草レースを見たんです。
今でもはっきり覚えてるんですが、2台のドローンがすごいスピードでコーナーを回って、1台がもう片方を抜き去ったんですよ。その時、私の頭にはスター・ウォーズのミレニアムファルコンが飛行してるシーンが浮かんで、「これだ!」と思ったんですよね。(笑)
ドローンレースは、私が大好だったSF映画とか、ゲームの世界が現実に出てきたようなスポーツに思えました。その時から、どうやったらこれがプロスポーツになるのかと考え始めました。
それでDRLを起業するわけなんですが、ここから約1年半はもう……本当に大変でしたね。もしこんなに難しいことだと分かっていれば、まずチャレンジしなかったと思います。(笑)
後藤:具体的にはどんなことが課題として出てきたのでしょうか?
Nicholas:私が材木売り場で見たドローンレースは、確かにある「瞬間」を切り取ればとても魅力的で、可能性を感じさせるエンターテイメントでしたが、イベントの要素を全て合わせると、とてもスポーツとして大勢の人に見てもらえるようなものではありませんでした。
まず、今のDRLのレースで見られるように、高速で広範囲を飛行できるマシンが存在しませんでした。草レースで使われている、街のジャンクパーツ屋で買える部品を組み立てて作ったドローンでは、狭い範囲をぐるぐる回るのが精一杯。電波も弱いのでパイロットから離れてるとすぐ落ちてしまいます。
私が考える「スポーツ」であり「エンターテイメント」としてのドローンレースには、まず高性能なドローンを作らなくては、と思い、エンジニアを探すことにしました。
あるとき、アマチュアドローンレースを取り上げたニュース番組で1人の参加者がインタビューされているシーンがありました。そのインタビューを受けていた彼の知識が素晴らしいと思ったので、名前を検索して、ニューヨークで会って飲みに行ったんです。
彼は自分の会社でレース用ドローンのキットを開発して売っていました。お互いビジョンが共有でき、私が彼の会社を買収することにして、彼ともう一人のエンジニアの2人が最初のDRLの社員になりました。彼らの技術が今のDRLのドローンの核になっています。
3人で会社をスタートして、最初のレースをするまで6ヶ月間、ずっとドローンの改良と特許の申請を繰り返していました。何度も何度も失敗して、半年たってやっと、これでレースができる、というレベルまでたどり着きました。
後藤:なるほど。DRLはスポーツの会社じゃなくてテクノロジー企業なんですね。
Nicholas:そうです。DRLのコアコンピタンスはテクノロジーです。いま20人ほど社員がいますが、半分はドローンエンジニアですから。
ただ、いざレースをやってみたら、今度は普通の映像プロダクションでは撮影できないことに気づきました。時速120kmで上下左右の広範囲に渡って複雑な動きをする複数のドローンを、視聴者に順位が分かるように見せるのは本当に難しく、 撮影技法が存在しなかったからです。それで今度は映像コンテンツの撮影・制作ができる人材を探しました。
Crossfitというフィットネスジムをご存知ですか?Crossfitが主催しているCrossfit Gamesというエクササイズの競技があって、これはアメリカのTVで放送されている人気コンテンツなんですが、ラッキーなことに、そのCrossfit Gamesのコンセプトを考えてTVのコンテンツを制作した人物にDRLに加わってもらうことができました。
ジムでのフィットネスなんて、普通はTVの番組になるなんて思いませんよね?彼はそれに競技の仕組みを加えて、TVで放送できるコンテンツにしたんです。
レースを撮影するノウハウを確立でき、最後に、ドローンレースを「スポーツ」に昇華させるために、ルールやランキングの制度など、スポーツリーグとしての仕組みづくりを進めたわけです。
つまり、DRLは一見するとスポーツリーグのようですが、実態は「スポーツリーグとメディア企業の殻を被ったテック企業」なんです。この3つの要素を全て非常に高いレベルで持ち合わせているところが、DRLが何よりもユニークで、競合リーグよりも優れていると思っているところです。
実際、これらの3つの要素を併せ持っていないがために、既に大きな失敗をしているドローンレースがたくさんあります。莫大なお金をかけて大きなレースを開催したものの、ドローンが次々と墜落して、回収・修復に時間がかかり、イベントのスケジュールが押し、パイロットや観客が怒り始める。挙句の果てに誰が一位になったのか分からない、ESPNで放送される予定だったのに使える映像が全く撮れないままイベントが終了した、など、事例には枚挙にいとまがありません。
ドバイで何億円もかけて行われたレースがあったのをご存知ですか?私はライブストリーミングで観ていましたが、コメンテーターが「すいません、今何が起こっているのか全くわかりません。」と観客と視聴者に謝っていましたからね。(笑)
最近、毎日のように、DRLと同じようにドローンレースをビジネスにしたいという人に会いますが、私が言うのはいつも「グッドラック!」。それだけです。(笑)
アマチュアレースを空地で行うのは簡単です。でも、それをプロフェッショナルなスポーツであり、本物のエンターテイメントにするのは、テクノロジー、メディア、スポーツに内包される多くの要素を鎖のように組み上げるチャレンジです。一つの輪が外れてしまっただけで、鎖の全てが崩れ落ちてしまいます。
後藤:それだけ大変なチャレンジをここまで乗り切れたのはどうしてなんでしょうか?
Nicholas:DRLのレースを観てくれた人がみんな、子どものような笑顔をみせてくれるからです。私たちのところには毎日メールやツイッターで「こんな面白いものは観たことない!」「ありがとう!」というメッセージが届きます。
ディズニーの子供向けチャンネル、Disney XDでレースをOAした事があるのですが、放送のあと、長い間会っていなかった友人から、「子どもたちが観て、本当に興奮して感動していたわ。ありがとう。」というメールが届きました。彼女は、ニュースで私がDRLのCEOだと知って、メールしてくれたんです。
Tough Mudderの仕事をしていた時にも同じことを感じましたが、コンテンツの作り手は、観ている人をインスパイアして、その人達の生き方までも自分たちが変えていると感じた時、大きな目標に向かって努力して行けると思うんです。DRLには、そんなファンが世界に3,000万人います。
あの時自分が感じた興奮を沢山の人に伝えたい、という気持ちが原点になって、観た人のポジティブな声が届くことで、私も日々の課題と戦い続けられます。
「テクノロジースポーツ革命」で変わる若者の嗜好
後藤:DRLと、サッカー、野球など、他のスポーツとが違う点は何だと思いますか?
Nicholas:それは私も何度も考えていますが、まだ自分の中で明確な答えには辿り着いていません。
ただ、いくつか明らかに他のスポーツと違うユニークな点があります。
1つは圧倒的なスピードです。DRLのCTOがいつも言っているのですが、「飛行する」というのはスピードを出すために最も有効な手段です。空中を高速で飛ぶ3次元のレースは他にはエアレースくらいしかありませんが、エアレースは誰もが参加できるスポーツではありません。
もう1つは、最新のテクノロジーが使われていることです。もちろん、主役はパイロットですが、実際にレースで競っているのは最先端の技術を積んだドローンです。10年前と違って、現代人は毎日何かしらのテクノロジーに触れています。最先端の技術が使われているということ自体が、DRLのレースの魅力でもあるんじゃないでしょうか。
「メガボッツ」という戦闘用ロボットをご存知ですか?日本にも「クラタス」という戦闘用ロボットを開発している会社があって強さを競っているのは有名ですが、人はそういう機械同士の戦いでも、人間が戦っているように興奮できるのではないかと思っています。
私は、ドローンレースやロボットバトルがこうして注目を浴びているいま、「テクノロジースポーツ革命」(Technology Enabled Sports Revolution)が起きていると考えています。もっと技術が進化したら、ロボットの野球チームが戦う日が来るかもしれません。ロボットが10mくらいジャンプして、打ったボールが2kmくらい飛んでいくとか、ね。(笑)
ロボットスポーツの良いところは、どれだけ動きがエクストリームになっても生命を危険にさらすことが無いことです。
アメリカンフットボールはアメリカで最も人気のあるエンターテイメントですが、いまの若い人たちは、毎日全力で人間同士が衝突する、行き過ぎたフィジカルゲームに疑問を感じ始めています。
F1も、マシンの安全性が向上しているとはいえ、非常に危険なスポーツです。そして、面白いことにF1の動画で最も再生回数が多いカテゴリの1つはクラッシュのシーンです。イベントオーガナイザーとしてはクラッシュが無い方が良いに決まっていますが、視聴者はクラッシュのシーンが大好物なのです。
ここに現代スポーツのモラルハザードがあると思っています。極端な比喩ですが、ローマのコロッセオで人が殺し合うのを観て楽しむのは、現代においては明らかに倫理的に問題がありますよね?でもロボット同士が戦えばどれだけの力とスピードでぶつかっても機体が壊れるだけで、問題ありません。
個人的には、AIで自動運転される自動車がスピードを競う「ロボレース」が始まるのがすごく楽しみです。AIが無人の自動車を動かすことでスピードも上がるはずですし、人間のドライバーが乗っていてはできない動きをしてくれるはずですから。
後藤:テクノロジーの進化で、若者の嗜好は昔とどう変わっているのでしょうか?
Nicholas:2つポイントがあると思っていて、1つは、どんなスポーツも飽きられるということです。例えば100年前のアメリカではカヌーレースが最も人気のあるスポーツの1つでしたが、いまはオリンピック以外で観ることはほぼ無いですよね……。野球もF1も、確実に視聴者が高齢化しています。
後藤:確かに、オリンピック競技にあるようなスポーツは、そのコンセプトが発明されてから100年近く経つものばかりですよね。「決められた距離を走る」とか「決められた枠の中でボールを打つ」とか。
Nicholas:そうですね。ドローンレースは5年前くらいに生まれましたが、テニスとかサッカーは100年以上前、インターネットやビデオゲームはおろか、TVも無い時代に発明されたスポーツですから。
もう1つは、スマートフォンの普及で、誰でも、いつでも、いくらでもハイクオリティなコンテンツを見れるようになっていることです。その中でも特に映画とゲームのクオリティの進化はすさまじいものがあります。アベンジャーズがニューヨークをエイリアンから守っているシーンなんて、まるで本当に起こっているかのようですよね。
ゲームのキャラクターも本当にリアルになっています。E-Sportsのイベントを見にロサンゼルスに行きましたが、満員のアリーナで、中央にある大きなビジョンスクリーンに映し出される格闘ゲームのバトルは惹き込まれるものがありました。
私はボストン出身で、レッドソックスの大ファンですが、グラウンドで人間がボールを投げるのを遠いスタンドから眺める野球が、最新の映画や3Dゲームの「バーチャルな世界を舞台にしたエンターテイメント」に比べると刺激が足りないという若者の気持ちもよくわかります。
後藤:若い視聴者の獲得はオリンピックでさえも課題ですからね。
2020年の東京五輪からサーフィン、スポーツクライミング、スケートボードが正式競技になったのも、オリンピックの視聴者が高齢化して、IOCが変化を求めている証拠だと思います。
Nicholas:サーフィン、スケートボードなど、いわゆる「エクストリームスポーツ」は、ESPNが1995年にX-Gamesを立ち上げてTVで放映し、大成功を収めています。
でも、それも既に20年前の話で「新しい」とはとても言えません。私は、X-Gamesですら、もう視聴者は「若者」ではないと思っていますし、これまでエクストリームスポーツと言われていたコンテンツが、まだ大きなポテンシャルが残っているとはあまり考えていません。オリンピック競技になってしまったらもうクールじゃない、と思っている人も多いですよ。(笑)
そういう意味では、E-Sportsは新しいスポーツだと言えると思いますが、果たしてゲームがスポーツなのかというのは議論が分かれるところです。E-Sportsが爆発的に人気を博し始め、いま「スポーツの定義」について盛んに議論されています。
ドローンレースがスポーツなのか、というのもその議論の中にあるのですが、だれにとっても明らかなE-Sportsとドローンレースの違いは、「リアルであるかどうか」です。手元のコントローラーで操作するドローンレースはゲームのようですがゲームではありません。カーレースと同じように、実物のマシンが競争するところがエンターテイメントとして重要なポイントだと思っています。
DRLの強みは、これまでバーチャルでしか見れなかった世界がリアルで体感できるということで、E-Sportsのエンターテイメントとしての弱みは、バーチャルな世界のみで完結してしまうところではないかと思っています。
20年前にエクストリームスポーツをTVで放送したESPNは、昨年DRLをコンテンツパートナーに選んでくれました。
ある人が、「DRLは3-4年後に流行るスポーツかもしれないね」と言ってくれたことがありますが、私たちはそうではなくて、「未来から来たスポーツ」だというふうに見せたいと思っています。SF映画というのは未来的な世界を映像で見せているエンターテイメントですが、DRLのレースは未来が現実に目の前で起こっているように感じられるところが魅力なのです。
レースが加速させるドローンのイノベーション
後藤:エンターテイメントやスポーツの側面ではなく、産業界から見て、DRLやドローンレースが広がることはどういう意味があるんでしょうか。
Nicholas:ひとつはドローン関連技術の進化です。F1レースは自動車の限界に挑戦することでクルマの技術的進歩に貢献しましたよね。カーボンセラミックブレーキ、空気抵抗の少ないボディ形状などは、レースで開発されて市販車にも用いられている技術の一部です。
繰り返しますが、DRLの社員20人の半分はドローンのエンジニアです。彼らが軽く、強く、安全な「世界最速のドローン」を追求することで、ハードウェアとソフトウェア双方でドローン技術を進歩させると考えています。
ハード面では、耐久性の向上です。DRLのドローンは時速120kmで壁に衝突することもあります。現在市販されているドローンは高速で衝突することを想定して設計されていませんが、DRLのドローンに使われている、衝突の際にバッテリーを守る構造や、一部破損しても飛行が継続できる仕組みは、市販のドローンにも活かせると考えています。
ソフト面では、ドローンをコントロールする電波の技術です。去年、マイアミでのレースが世界中で放送された後、DRLに「山の中に建設している危険物取扱施設で異常が検出されて、人の代わりに視察に行けるドローンを探している。通常のドローンでは電波が届かず飛ばせない。DRLのドローンであれば、地下のトンネルでも飛行でき、しかも高速で検査できそうだ。売ってくれないか。」と、問い合わせがあり、彼らにはドローンを売りました。
それから、現在多くのドローン関連の技術革新が、(パイロット無しで飛ぶ)自律飛行型ドローンの周辺で起こっていますが、私たちは人が操縦するドローンにフォーカスしていることも重要なポイントだと思います。
後藤:それは何故ですか?
Nicholas:全てを自動運転にすることがいかに難しく、時間がかかるかはクルマの自動運転開発が証明しています。
もし、ヘンリー・フォードが自動車を発明するときに、「自動車は未来の乗り物だ。これが自律的に動くようにしてから、人々に向けて売り出そう。」と言っていたら、おそらくまだ私たちはクルマに乗っていなかったでしょう。クルマの自動運転は世界中の企業が研究開発を進めている分野ですが、未だに完成されていません。
技術的な話だけでなく、法的・倫理的な問題もあります。Googleがまだクルマの自動運転を実用化できていない理由の1つに、「誰が事故の責任を負うのか」という社会的コンセンサスが取れていないことがあります。所有者なのか、製造メーカーなのか、プログラムを書いた人なのか……。
自律飛行型ドローンでも同様に、「配送中に落ちたドローンが人やモノを破損した場合、誰の責任なのか」という疑問をまず解決しなくては、Amazonは配送をドローンで自動化することはできません。
なので、個人的には自律飛行型ドローンで全てを解決しようという意見には疑問を感じます。地上での配送が、人が運転するトラックで行われているいま、いきなりパイロット無しのドローンで貨物を配送できる時代がくるとは思いません。
もちろん、いつかくるのかもしれませんが、今は人が操縦するドローンの開発とパイロットの育成をし、周辺の法的整備をすることが優先されるべきではないかと思います。自律飛行型ドローンの実用化にあまりにこだわりすぎるのは、イノベーションを減速させる気がします。
後藤:パイロットの育成は日本でも課題だと言われていますよね。
Nicholas:仮にAmazonが人が操縦するドローンで貨物の配送をするとすれば、何千人ものパイロットを雇用する必要がありますからね。
ドローンレースの普及は、パイロットの育成にも間違いなく貢献できます。レースに出ること、世界チャンピオンを目指すことが、ドローンを飛ばし、テクニックを磨く「理由」になるからです。
DRLは実物のドローンを飛ばすイベントだけでなく、シミュレーターも公開して開発を進めています。近い将来、予選大会をオンラインで世界中から選手を募って行い、決勝大会を一箇所に選手を集めて行う方式にします。そうなれば、DRLは世界中でパイロットを養成するプラットフォームになります。
後藤:シミュレーターで世界中からバーチャルに予選に参加できるのは面白いですね。
考えてみるとドローンレースは「ゲームとリアルで使う筋肉が同じ」ですね。(笑)
Nicholas:そうです。ドローンレースは、バーチャルな操作がリアルの操作に直結する数少ないスポーツです。
将来は、TVでDRLを観たらすぐスマートフォンでシミュレーターをダウンロードして、スポーツに触れてもらうことができるようにしたいと思っています。
一度シミュレーター(=ゲーム)で触れてもらったら、その中からもっとやってみたい、本物のドローンが欲しい、と思う人が必ず出てきます。今ドローンレースにトライするのはかなりハードルが高いですが、エントリーバリアを低くして、ステップアップできるようにしていきたいですね。
後藤:アスリートのスキルが世の中に直接的に役立つのは、プログラミングコンテストとよく似ていますね。
競技プログラミングも、オンラインで世界中のライバルと対戦できるうえに、培ったスキルがソフトウェア・エンジニアリングに繋がってきますから。
Nicholas:まさにそう思います。
10歳の子どもがDRLのレースをTVで見て、DRLのウェブサイトからシミュレーターをダウンロードして練習し始める。オンラインのイベントで世界中のライバルと対戦しながら腕を磨いて、ロンドンやマイアミで行われるワールドチャンピオンシップの大会出場を目指す。そうやって鍛えたスキルがビルや橋梁の検査や、貨物の配送で世の中の役に立つ仕事に繋がっていく。
DRLの創業から18ヶ月で、世界48カ国の3,000万人がレースを観たと考えると、私たちがやっていることが単なる「スポーツ」に留まらないことが分かってもらえると思います。
DRLはドローンに対するポジティブな認知の拡大にも貢献しています。プロフェッショナルなトレーニングを受けたパイロットが、クローズドな空間でレースをすれば、ドローンのネガティブな側面として挙げられる「危険性」や「プライバシー侵害」は問題になりません。観ている人は純粋にスピードとレースのスリルを楽しめる。
子どもや、技術革新から遠いところにいる一般の人を含めた、幅広いターゲットに対してポジティブな発信をすることは、時にテロに使用される可能性もあるという報道までされて、ネガティブな印象を持たれていることもあるドローン業界にとって、とても重要です。
よく、「ドローンレースはラジコンヘリを飛ばすのと何が違うのか?」と聞かれますが、DRLやドローンレースのムーブメントの背景には、何十億ドル市場と言われ、急成長しているドローン産業があります。私たちは、ただの新しいスポーツではありません。ロボットやAIが進めている技術革新の大きな流れの中心にいるのです。