アメリカのトレンドから見るアウトドアスポーツ産業の未来。Outside Inc.紹介。
コロナ禍はアウトドアアクティビティへの注目が高まった2-3年だったと言える。キャンプ/グランピング・釣りなど、三密にならないアクティビティの需要が日本のみならず世界的に高まった。
アウトドアスポーツの業界は、欧州・北米が世界の最先端であり、日本は感覚的には5-10年ほど遅れてトレンドが入ってくる。
スキーはヨーロッパから、サーフィンやスノーボードはアメリカから入ってきており、最新のギア、遊び方のトレンドなど後から日本に入ってきているものは多い。「北アルプス」など日本の山にヨーロッパアルプスの比喩が使われているのも欧米からの影響が色濃い一例だ。
これからの日本のアウトドアスポーツ業界を予想するために、欧米の業界の動向を見ておくことは非常に重要だと言える。
この2年ほど、その動きから目が離せないダイナミックな動きをしている企業が、アメリカのOutside Inc.だ。コロラド州デンバーで2017年に創業したこの企業は、これまでにベンチャーキャピタルなどから合計$174.3M(約228億円)資金調達を行っており、メディアの領域からアウトドアスポーツ業界の刷新を図っている。
Outside Inc.の投資家には、自転車ロードレースのレジェンド、ランス・アームストロングが代表を務めるベンチャーキャピタル「NEXT VENTURES」、世界トップティアVCであるセコイア・キャピタルの長期資産運用ファンドである「セコイアヘリテッジ」、自転車ブランドのSPECIALIZEDのコーポレートベンチャーキャピタル「Zone5ventures」などが名を連ねている。
調達した資金は主に、アウトドアスポーツメディア(Outisdeではアクティブライフスタイルメディアと呼んでいる)の買収に使われている。ヨガ・自転車・ランニング・釣り・スキー...など様々なカテゴリのメディアを買収しながら拡大し、現在はアウトドスポーツのメディアを30以上抱えるメディアグループとなった。
グループ傘下に収めた企業には、メディアだけでなく、登山やマウンテンバイクのGPSトラッキングアプリ、サイクリングやランニングイベントの申込みプラットフォーム、イベントでの写真撮影サービス、アドベンチャーフィルムプロダクションなども含まれている。
CEOのロビン・サーストンのキャリア
OutsideのCEO、ロビンサーストンは非常にユニークな経歴を持っている。Outisideが本社を置くコロラド州ボルダー出身で、サイクリングロードレースのプロ選手を目指して活動していたが、練習中の事故でアスリートとしてのキャリアを諦め、通信社のロイターで金融部門のアナリストとして働き始めた。
プライベートでスイスに旅行中、友人と趣味で続けていたロードバイクに乗りながら「友達とロードバイクのルートをシェア出来たら楽しいに違いない」と思い、GPSデータログでサイクリングやランニングなどの運動を記録するアプリ、MapMyFitness、MapMyRun、MapMyRideシリーズを開発、2008年にローンチした。スマートフォン・スマートウォッチが普及した今でこそStravaやNIKE RUNNING CLUB、日本発のアプリでもYAMAPやRuntripなどGPSを活用したアプリが多くあるが、MapMyシリーズはその先駆けとなり、2007年に発売されたiPhoneのアプリで初めてのアクティビティトラッキングアプリとなった。iPhoneのキャリアであるAT&Tの全米プロモーションでもピックアップされたMapMyのアプリは爆発的に普及し、2000万人以上が使うアプリになった。
すると、その人気を聞きつけたスポーツアパレルブランドのUNDER ARMOUR創業者、ケビンプランクがロビンサーストンに電話をかけ、「UNDER ARMOURにジョインしてデジタルマーケティングを率いてくれないか」と打診。半年後には1億5000万ドル(約158億円)でMapMyFitnessの買収がアナウンスされ、ロビンサーストンはUNDER ARMOURのCTOに就任する。
この当時、UNDER ARMOURはMapMyFitnessの他にもMyFitnessPal、Endomondoといったスポーツアクティビティトラッキングアプリを合計700億円で買収。アディダスはランニングアプリのRuntasticを約300億円(2億2000万ユーロ)で買収、アシックスはRunkeeperを約8500万米ドル(約102億円)で買収するなど、「コネクテッドフィットネス」と呼ばれる領域が各ブランドのデジタル戦略に急速に組み込まれていた。(UNDER ARMOURはその後MayFitnessPalを売却し、Endomondoのサービスを停止している)
ロビンサーストンは、MapMyRunの走行距離に応じてUNDER ARMOURの商品の割引を提供するなど、アクティビティトラッキングとECを連動させた施策を成功させるなど、コネクテッドフィットネス領域のカテゴリリーダーとして業界を牽引した。
しかし、Amazonが映画や音楽のサービスを強化したり、ウォール・ストリート・ジャーナルなどトラディショナルなメディアが消費者向け商品レビューサイトを強化したりする動きを見ていたロビンサーストンは、「今後、E−Commerceはもっとメディアコンテンツと融合していく」と考え、ケビンプランクに「UNDER ARMOURもコンテンツ事業を始めるべきだ、と進言した。しかし、コネクテッドフィットネス領域への投資回収がうまくいっていなかったUNDER ARMOURは、コンテンツ領域に進出するよりもECをより強化する道を選択。ロビンサーストンはUNDER ARMOURを離れる決断をする。
退職後、2年間の競合分野の事業立ち上げ禁止の期間を、コンシューマ向けDNA検査の会社「Helix」のCEOとしてシリコンバレーで過ごしたロビンサーストンは、自分のルーツであるアウトドアスポーツ領域への再進出を決断。
まずは、コロラド州ボルダーに本社があり、トライアスロン、ランニング、自転車の北米トップメディアを傘下に持っていたPocket Outdoor Mediaに出資し、自身がCEOとして事業をリードした。
過去の実績が評価され上記のような巨額の資金調達を行い、次々とアウトドアスポーツメディアを買収。2021年、1977年創刊の世界で最も歴史のあるアウトドアメディアである「Outside」を買収したタイミングで社名を同メディアと同名に変更している。
Outsideの戦略
Outisideは、スキー・自転車・ランニング・ヨガなどそれぞれ独立して運営されてきた媒体をOutsideブランドに統合し、「Outside+」というサブスクリプションサービスで、広告・サブスクリプションの両軸でのマネタイズを目指している。
月に5ドルのこのサブスクリプションに加入すると以下のような特典が受けられる。
- Outsideグループが保有する30以上のメディアの有料コンテンツへのアクセス
- 傘下のGPSトラッキングアプリの有料プラン利用権
- 映像コンテンツ
- 各分野のエキスパートによる教育コンテンツ
ロビンサーストンがこれらの事業を展開する背景には、1. 複数カテゴリが融合していく未来、2. 業界内の縦割りの弊害、の2点がある。
1. 複数カテゴリが融合していく未来
彼は、MapMyFitness時代にランニング・サイクリングなど複数のアプリを運営していた際に、「サイクリングとスキーを両方楽しんでいる人が多い」など複数のカテゴリ間のユーザーのオーバーラップに気づいており、Ousideグループの複数メディア間のユーザーの動向から、以下のように述べている。
アメリカ人は生涯で約15のアウトドアスポーツアクティビティを実施するとも述べており、コロナ禍で自然の近くに移住する人が増えた過去2-3年は特に、新しいアウトドアスポーツを始める人、再開する人が急増したと述べている。
Outsideはあらゆるアウトドアスポーツのワンストップサービスプラットフォームになることで、Netflixのように
ことを目指している。
2. 業界内の縦割りの弊害
アウトドアスポーツに関連するギアや、イベントの申し込み、ハウツー情報などのサービスはバラバラに提供されており、古いテクノロジーで提供されているケースも多いため、「アウトドアスポーツ愛好家は使いにくいサービスを我慢して使っている。しかし、アウトドアスポーツへの愛が強いためそれを我慢して使っていることにも気づいていない。」と述べている。
日常のアクティビティの際のGPSのログ記録(アメリカではランニングをする人の80%がスマートフォンやスマートウォッチでログを取っていると言われている)、ECでのギアの購入、イベントの申込み、記事や映像の閲覧など個別の体験も質が低く、一連の体験であるべきなのにどれも繋がっていないということだ。
これらがもっと使いやすく、よりシームレスになるだけで、既にアウトドアスポーツを楽しんでいる人はより高頻度で楽しむようになるし、新しく始める人も増えるだろう、と言っている。
2021年7月に配信されたポッドキャストでの取材内でロビンサーストンは、
と述べており、将来的にはサブスクリプションとその他の売上比率を50:50にすることが目標だということだ。
Outsideグループの動向から考える日本のアウトドアスポーツ産業のこれから
飛ぶ鳥を落とす勢いのOutsideだが、ネガティブな声も多く聞こえてくる。今年の5月には全社員の15%をレイオフするニュースが発表され、11月にはさらに12%の社員のレイオフが発表された。
特に、買収したメディアの編集者・ライターをレイオフしていることが、Outsideの根幹である記事コンテンツのクオリティを落としているという声が上がっており、業界に長く関わっているライターや専門家からは「カテゴリ横断型のサブスクリプションはうまくいかない」という声も聞かれる。
筆者が話を聞いたアメリカ人のトレイルランニングメディアのライターからは、「これまで複数のメディアから仕事をもらっていたが全てOutiside傘下になって取引先が1つになり、不安定になった」と先行きの不安の声が上がっていた。
また、2022年にリリースしたNFT「Outside.io」やアウトドアスポーツのメタバース「Outerverse」も筆者が話を聞いたアメリカのウィンタースポーツの専門誌の社員からは意味不明と言われており、良くも悪くも巨額の資金調達で一気に拡大した同社の行く末は注目を集めている。
Outsideの一連の動向の中で、筆者が最も注目しているのは「複数カテゴリが融合していく未来は日本でも起こりうるのか」ということである。
そこで、スポーツ庁が毎年2万人を対象に行なっている「スポーツの実施状況等に関する世論調査」のローデータを用いて分析を試みてみた。
「この中にあなたがこの1年間に行った運動やスポーツがあ れば全部あげてください」という設問の回答を以下のようにカテゴリ分けし、
■ライトアウトドア
- ランニング、サイクリング、キャンプ、釣り
■ハードアウトドア
ウォータースポーツ
- ボート・漕艇・カヌー・カヤック・ラフティング
- ヨット・水上スキー・ウェイクボード・水上バイク・ジェットスキー
- スクーバダイビング・スキンダイビング・フリーダイビング・シュノーケリング
- サーフィン・ボディボード・ボードセーリング・ウインドサーフィン
マウンテンスポーツ
- 登山・トレッキング・トレイルランニング・ロッククライミング
- フリークライミング・ボルダリング
- ハイキング・ワンダーフォーゲル・オリエンテーリング
- グライダー・ハンググライダー・パラグライダー・スカイダイビング
スノースポーツ
- スキー
- スノーボード
- クロスカントリースキー・スノーシュー
この中から、
- ライトアウトドアカテゴリ内で複数のスポーツを実施している人の割合
- ハードアウトドアカテゴリ内で複数のスポーツを実施している人の割合
- ハードアウトドアとライトアウトドアの両方を1つ以上づつ実施している人の割合
をプロットしたグラフが以下になる。
この分析から言えることは、日本では1つ以上のアウトドアスポーツを実施している人の20%程度が複数アクティビティを実施しているが、その割合は過去変化していない(もしくは微減)ということである。ロビンサーストンが言うように、アメリカ人はこの数字が60%に達するということであれば、日本の3倍であり日米のマーケットは全く異なる性質を持っていると言わざるを得ない。
ただ、筆者もコロナ禍で一気に普及したテレワークはこのトレンドを押し上げるのではないかと考えている。日本の自然観光資源の豊富さは世界屈指であり、アウトドアスポーツ文化も欧米から入ってきたものを日本独自に育んできた長い歴史があるため、日本のアウトドア産業はアジアをリードしていけるポテンシャルがあると考えている。
日本でもアウトドアを始めとする趣味の雑誌を抱えていたエイ出版社が2021年に倒産したりと、アウトドアの専門メディアが苦境を呈する中、アウトドアアクティビティに関する情報やコミュニティはますます少なく・細分化されていっている。コロナ禍で一時的なトレンドとなったアウトドアを、一過性のブームではなく持続的な産業としていくためには、このあたりにヒントがあるのでは無いだろうか。