スキー場が雪を残すためにできること
ここ数シーズン、日本各地でスキー場の雪不足が報じられていることにお気づきだろうか。このまま積雪が減ると、2050年頃までにスキー場の年間滑走可能日数が現在の3分の1まで減少、2080年を超えると6分の1まで減ってしまうと予想する調査もある。
スキー場は雪を前提に経済が回る。スキーリゾートで暮らす人達は都会の人達よりずっと敏感に、地球温暖化の影響を肌身で感じている。30年後には雪がないことを前提に、いま何をすべきか考えなくてはいけないと危機感を顕にするスキー関係者も多い。
このような危機感から、地球環境への影響を抑え、社会の機能を失わず暮らしを続けていけるよう「サステナビリティ」を意識したビジネス活動が台頭している。サステナビリティとは、「持続可能な」という意味をもち、グローバルな視点で環境や社会・経済の持続可能な開発を目指すという概念だ。国連での共通目標としてSDGs(エスディジーズ)が採択されるなど、近年は様々な業界で取り組みが進められている。
国内においてもサステナビリティの活動が始まっている。具体的なアクションを起こす国際的なスノーリゾートも出てきた。たとえば、北海道ニセコ町は2018年6月、「SDGs未来都市」に選定されている。また、長野県白馬村では2019年5月、「気候変動&地域経済シンポジウム」が行われている。
ニセコ町の「環境未来都市」構想によるアクションプランでは、観光分野での省エネ・再エネルギー利用により2050年度までにCO2を86%削減する目標を掲げている。
今年5月に白馬村で行われた「気候変動&地域経済シンポジウム」は、白馬村とNPO団体「POW JAPAN」の共同開催で行われた。POW JAPANは、スノーボーダーが中心となって気候変動に対するアクションを呼びかける「Protect Our Winters」(POW)の日本支部である。
このシンポジウムにスピーカーとして来日したのがルーク・カーティン氏だ。ルーク氏は、過去約20年、世界最大規模のスキーリゾートヴェイルとユタ州パークシティで、日本のスキー場ではまだ馴染みの無い「サステナビリティ部門」の統括を歴任してきた。
このシンポジウムのためにルーク氏を呼び寄せた、白馬在住のプロスノーボーダーでPOW JAPANの代表理事でもある小松吾郎氏との対談では、雪や山とともに生きる街がいま何に取り組むべきなのかを聞いた。
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ルーク・カーティン氏
アメリカ合衆国ユタ州パークシティ環境サステナビリティ部門マネージャー
コロラド州ベイルで15年間スキー場の持続可能性を高める取り組みに尽力した後、ユタ州パークシティに移住。環境部門を統括するマネージャーとして様々なサステナビリティ活動に取り組む。その活動は、ニューヨーク・タイムズやBBC、アウトサイドマガジン、ニューズウィークなど、数々の国際的なメディアで報道されている。
ユタ州パークシティは、環境問題解決に関して北米の中で最も先進的な自治体のひとつであり、世界的に見ても非常に野心的な取り組みを行っている。2022年までにカーボンニュートラル・再生可能エネルギー利用率100%を目指しており、これまでに公共交通機関の電気化、再生可能エネルギーや環境再生型農業の推進、州法の改正、化石燃料エネルギーの消費量がゼロとなる省エネビル建設促進など、様々な施策を展開している。
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サステナビリティはスキーリゾートの価値を大きく高めている
小松: アメリカのスキー場で「サステナビリティ」の仕事は一般的なのですか?
ルーク: アメリカのスキー場でサステナビリティの仕事をする人が現れ始めたのは、90年代からです。はじめは、油など環境負荷の大きなゴミを扱う仕事やリサイクルプログラムを運営する仕事でした。そこへ森林を守る仕事が加わり、徐々にスキー場を運営するエネルギー効率化によるコスト削減へと仕事が広がってきています。特にこの5年ほどの発展は目を見張るものがあります。西海岸のスキーリゾートはほぼすべて、東海岸の小規模なリゾートでも、サステナビリティマネージャーという職種を採用するようになっています。
今では、アウトドア業界で働く人にとってサステナビリティは大きな関心のひとつになっています。たとえば、ヴェイルリゾートはグループ全体で約2万人の従業員が働いていますが、彼らへのアンケート結果によると、ヴェイルで働く理由の1位が「サステナビリティへの取り組みで他のスキーリゾートをリードしているから」でした。
つまり、サステナビリティに取り組んでいるかが優秀な人材を引き止めるためのポイントになっているのです。従業員にとって、自分の働く会社が自分たちの遊び場でもあるフィールドの価値を守ってくれているかはとても大きな関心事です。実際、ヴェイルでは、サステナビリティへの取り組みを深めていくにつれて、従業員の離職率が下がっていきました。
スキー場を利用する顧客の立場からも、サステナビリティは重要です。スキー場は、自然そのものが商品です。スキー場の運営にスキーパトロールやスキースクールのインストラクターなどが必要なのと同様に、スキー場の自然そのものの価値を守り、高めていく人がいなくてはならないのは当然のことといえます。
普段都会に住んでいて自然に触れることの少ない人にとって、スキー場は自然と触れ合える貴重な場所です。スマートフォンから離れ、肌で自然を感じて子供に戻る体験をした人は、自然の価値に気づくことでしょう。スキー場を維持することが自分に素晴らしい体験を与えてくれた自然を守っていると気づいたとき、スキー場に対するさらに強いロイヤルティが生まれます。
サステナビリティへの取り組みは、顧客のロイヤルティを強くし、社員の満足度を高め、さらにはスキー場の運営コストを下げる効果にもつながります。今や、スキー客がサステナビリティに取り組んでいないスキー場に対して疑問を感じるレベルまで業界が成熟してきています。
小松: 素晴らしいですね。日本のスキー場にもそういった動きが生まれるといいのですが。
ルーク: すでに北米だけでなく、ヨーロッパでも同様の動きが起こっています。まずは高山植物の生えるエリアをクローズするなど簡単な取り組みから始めるスキー場も多く、正しい方向に向かっていると思います。
サステナビリティの効果は見えないところにも現れる
小松: サステナビリティに取り組んでいるスキー場というのは、訪れた人が目に見えて違いを感じるものなのでしょうか。
ルーク: 見えるものと見えないものがあります。
ヴェイルのように大規模にサステナビリティに取り組んでいるスキー場に行くと、あらゆるところに取り組みが浸透していることがわかります。たとえば、レストランで地元の食材が使われていたり、ベンチが廃材を利用して作られていたり、コンポストが置いてあったり。あらゆる場所にサステナビリティの意識がちりばめられているからです。
また、見えない変化もあります。山岳リゾートの運営は、自然の中で行うビジネスであり、サステナビリティに関しても会社全体のカルチャー・倫理観を根づかせていく必要があります。当然、一部の付属的な取り組みだけでは意味をもたないのです。意識の変化は最初はほんの少しかもしれません。でも地道に積み重ねていくことで、ある時点になると大きな変化が訪れ、リゾート内のそこかしこから自然を守ることに対する強いコミットメントと情熱があふれだし、訪れる人に伝わるようになるのです。
小松: リゾートでそういった変化が起きると、自治体にも変化が起きてくるのでしょうか?
ルーク: 私はサステナビリティのプロフェッショナルとして、スキー場から自治体に活動の組織を移してきました。
アメリカの自治体によるサステナビリティへの取り組みは、スキー場より進んでいます。ニューヨークなどの大都市では大きな組織がありますし、コロラド州アスペンのような小規模な自治体でも2~5名のサステナビリティの担当者をフルタイムで配置しています。私が勤めるパークシティも、2002年のソルトレークシティオリンピックの会場にもなったところですが、人口約8500人しかいない小さな町です。
おそらく全米では400ぐらいの自治体にサステナビリティの部署があると思います。
サステナビリティの取り組みはリゾートのブランディングそのもの
小松: スキーリゾートで行われているサステナビリティ活動には、具体的にどのようなものがあるのでしょうか。
ルーク: サステナビリティの仕事は、スキー場によってまったく異なります。
たとえば、レイク・タホーのように美しい湖がリゾートのシンボルとなっている場所では水源の保全がとても重要な仕事になります。
アスペンのようにサステナビリティに取り組んでいることをブランディングの柱のひとつにしている場所であれば、訪れる顧客に対していま気候変動がどのように起こっているのかを伝えることがサステナビリティ担当者の重要な仕事になります。アスペンはPOWとも密接な関わりがあります。
西海岸のスキーリゾートの多くは国立公園の中に位置しているため、国の森林局(United States Forest Service)と一緒に森林の健康や、枯れ木の問題に取り組んでいます。
ディアバレースキー場は、サステナビリティマネージャーを雇って8ヵ月になります。彼女は今、再生可能エネルギーでスキー場の電力をまかなう方法や、他の部署の社員をどのようにしたら巻き込めるかを考えているそうです。
サステナビリティマネージャーが自分たちのリゾートをどんなところにしていきたいか、どのように守っていきたいかによって、取り組み内容は千差万別です。リゾートごとに魅の根源が異なりますから、サステナビリティの取り組みはリゾートのブランディングそのものといっていいでしょう。
また、サステナビリティの仕事は、取り組み始めるとすぐに広がっていきます。リゾートは自然環境を商品にしているため、その中で働くすべての人にとって自然環境を維持するサステナビリティは関心事項であり、協力も得やすいからです。
たとえば、サステナビリティマネージャーがレストランのシェフに何ができるかを相談したとします。するとシェフは地元の農家を紹介してくれたり、使い終わった食用油をバイオ燃料にする提案をしたりしてくれるわけです。誰もが共通の目標をもつことでつながりが広がり、従業員・地域住人・顧客のすべてがリゾートのサステナビリティに関する取り組みについて知り、自分も何かして関わろうという気持ちになるのです。
スキー場の経営陣からサステナビリティに大きな予算は組めないという声もよく聞きます。でも心配いりません。サステナビリティに関する取り組みは、まずできることから小さく始めて大きく広がっていきます。経営層は必ずしも最初から会社の音頭を取って大掛かりに取り組む必要はありませんが、人をつないだりして、担当者が複数の部署を横断した取り組みを行いやすくするなどの環境を作ってあげることは必要でしょう。
サステナビリティと経済的合理性
小松: はじめのお話で、従業員の離職率が下がる、リゾートとしての価値が上がるといった効果があるとおっしゃっていましたが、スキー場はサステナビリティの取り組みにおいて、どのようなゴールを設定するべきなのでしょうか。
ルーク: ヴェイルでサステナビリティに取り組んでいたとき、スキー場のどこにどのくらい電気が使われているのかをすべて洗い出したことがあります。結果、リフトを動かしているモーターを温めるヒーターが年間5億円ほどかかる電気代の12%も占めていることがわかりました。このエネルギーを削減するために何が出来るのかを考えることは、スキー場の大きな経営課題の解決につながることは数字から見ても明らかです。
サステナビリティ担当者を雇ってこの課題の解決に取り組み、電力コストを削減することには、経済的合理性があるといえるのではないでしょうか。
また、従業員の離職率を下げることも、経営的な観点から非常に重要です。サステナビリティに取り組むリゾートだという認知を獲得することは、求人に有利だというのは間違いないと思います。リゾートで働きたい人達は自然の中での生活を充実させたいと考えていることが多く、職場がそれを守る取り組みをしているかどうかはとても重要だからです。リゾートで働くことを選ぶ人は、自分の働く場所がどこでもいいとは思っていません。
自分の働く場所がサステナビリティにどのように取り組んでいるか敏感になり、職場を選ぶ重要なポイントにする傾向は、今では全米に広がっています。2005年ごろはヴェイルのような大規模で先進的なスキーリゾートだけでしたが、ここ5年くらいは目覚ましい広がりを見せています。
アメリカでフルタイムのサステナビリティポジションがあるスキー場は、すぐに思いつくだけでもユタ州ならパークシティ、ディアバレー、スノーバード、コロラド州ならアスペン、ヴェイル、ブリッケンリッジ、キーストーン、ビーバー・クリーク、クレステッドビュートなどがあります。
私は最初、ヴェイルリゾートでリサイクルの担当をする社員に過ぎませんでしたが、徐々に仕事の幅を広げて、最終的にはヴェイルリゾートで行うすべてのサステナビリティプログラムを統括する立場になりました。
どんな職種で入ったとしても、スキーリゾートで仕事をする人はすべて自然と関わりたい人たちです。サステナビリティは、関わるスタッフの成長とともに仕事が広がり、その人の職位も上がっていく。そういう仕事だといえます。
小さなリゾートでは、規模が小さすぎてサステナビリティの専任者を置く余裕がないというのもよく聞く悩みです。しかし、職員が5000人もいる大規模なリゾートがサステナビリティを重視する方向に舵を切っていくのはかえって大変です。数十人で運営する小規模なリゾートだと今すぐ取り組むことができるという考え方もできるのではないでしょうか。
パークシティが目指す未来
私の働くユタ州パークシティでは、70%の人が雪をベースにした仕事に就いています。
気候変動で冬は6週間も短くなり、誰もがこの問題は非常に深刻だと捉えています。
私達は、今すぐアクションを起こさなくてはすでに遅いとさえ感じているのです。パークシティでは、2030年までに市内で使うエネルギーを100%再生可能エネルギーにすることを目標にしています。
ユタ州の60~80%のエネルギーが石炭に依存している現状を考えると、パークシティの掲げる目標はとても野心的です。実際、これは世界でも最も野心的な目標のひとつです。
ユタ州のミズーラは、2030年にボイシは2035年に、「100%カーボンニュートラルにする」と宣言しています。この2つの都市に共通なのは、ともに具体的なロードマップを描ききってから宣言しているわけではなく、まず宣言するところから始めているということです。
パークシティは人口8500人という小さな町です。しかし、小さなパークシティがこのように大きなゴールを設定することで、ユタ州内では、ソルトレイクシティ、国立公園とマウンテンバイクで有名なモアブ、そしてコットンウッドハイツという都市が、同じ目標を掲げて続いてくれました。
パークシティでは電動シャトルバスを導入しています。以前、カリフォルニア州ロサンゼルスとワシントン州の行政関係者が視察に来ました。彼らは、電動バスの公共交通への導入にあたって寒さや馬力がボトルネックになると考えていたようですが、年間累計10メートルの積雪があり、急勾配の坂も多いパークシティで運用できているのを見て、すぐにそれぞれの自治体での導入を検討しはじめました。
日本での取り組みも一気に広がる可能性がある
小松: パークシティの先進的な取り組みはとても興味深いです。私達も雪をフィールドにして活動しています。白馬もいま変わらないといけない。そう感じています。
ルーク: もし白馬で、日本全国の自治体に波及するアクションを先駆けて起こすことができれば、小松さんが思っているよりずっと大きな効果があると思います。
白馬のような自然とつながるコミュニティに住んでいる人の中には、環境やサステナビリティに対する意識が浸透していることでしょう。「自然がダメージを受けているのをただ見ているわけにはいかない」「今すぐに原因を突き止めて対策を打たなくてはいけない」という声を一番に上げることができる人達が多くいるはずです。
こういった声を発していくことで、コミュニティで暮らしている人には「地球規模の課題に取り組んでいる」というプライドが芽生えてきます。それが、地元で働くことの価値を高め、観光を目的にして外から来る人を惹きつける要因になっていくのです。
小松: 日本のスキーリゾートのマネージャーと話したときに、海外から来る従業員がスキー場へ、サステナビリティへの取り組みのアドバイスをしてくれると言っていました。
ルーク: スキーリゾートのサステナビリティが世界中に広がっている理由は、スキー場が取り組むことによる経済的な利益が誰の目にも明らかになってきているからだと思います。
日本でもどこかのスキー場で始めれば、それは人を介して日本中に広がっていく可能性があります。たとえば、白馬には9つのスキー場がありますが、そのうち1つでもサステナビリティの専任者を置いて取り組みを始めれば、そこで働く従業員や訪れる顧客の満足度が上がり、リゾートとしての競争力が生まれます。違いを実感した人が「他のリゾートではなぜやっていないのだろう」と思い、別の場所へ広がっていくのです。
白馬のように、自然と近いところにあって気候変動の影響を肌で感じている自治体が危機感をもってアクションを起こせば、大きな自治体にも波及していくと思います。
小松: 白馬は数ある日本のスキー場の中では比較的規模が大きいといえますが、自治体としては決して大きいわけではありません。白馬が先駆けてアクションを取ることで、日本の山岳リゾートのサステナビリティへの取り組みをリードしていく存在になればと思います。
ルーク: 白馬のようなリゾートの自治体がサステナビリティに関する具体的な取り組みを進め、声をあげれば、山とスキーのコミュニティはもちろん、それ以外の人達にもとても良い影響があるはずです。