海の騒音公害、水上バイク 大騒音で水上を走り回りますが、騒音規制の実情は? 被害経験も交えて報告
水上バイクの騒音はなぜあんなに煩いのでしょうか。近くで走り回られたら誰でも迷惑に感じる存在ですから、厳しい規制が掛けられているはずですが、実情はどうなのでしょうか。
水上バイクの騒音規制の取り組みは?
過大な騒音を発生させる音源に対しては、それを規制するための様々な法律や条例が制定されています。代表的なものが騒音規制法ですが、この法律では特定の工場騒音や建設騒音を規制していると同時に、自動車騒音の限度についても規定しています。しかし当然ですが、水上バイクは自動車ではないため騒音規制法の対象ではありません。また、環境基本法の環境基準では騒音の基準値が示されていますが、これは行政が達成すべき目標値として示されているものです。したがって、示されている数値は評価の参考にはなるものの、騒音を規制するための基準ではありません。
法律として水上バイクの発する騒音自体を規制するものは見当たりませんが、条例に関しては騒音防止のための取り組みがなされています。代表的なものは、滋賀県の「琵琶湖のレジャー利用適正化条例」で、2002年に施行されました。この条例には、ブラックバスの再放流の禁止なども含まれていますが、一つの目玉として水上バイクの騒音防止の項目があります。具体的には、水上バイク(条例ではプレジャーボートと記載)の航行を規制する水域を指定することができるというものであり、琵琶湖沿岸の15カ所、延べ33.7kmが航行制限区域とされており、陸からの距離としては沖合350mまでの範囲が制限区域に指定されています。また、参考値として住宅地での水上バイクによる騒音レベルを65デシベル以下にするという数値基準も示しています。この内容には議論もあり、市民団体などはより厳しい基準を設けるべきだとして、航行規制区域を沖合400mまでに拡げ、騒音レベルも環境基準を参考に55デシベルとすべきとしています。
大きく違うのは65デシベルと55デシベルですが、騒音レベルに関しては、騒音規制法での第1種区域(住宅地)での昼間の規制値は45~50デシベル(実際の値は、自治体がこの範囲内で決定する)、環境基準でも住宅地(AおよびB地域)での昼間の基準値は55デシベル以下となっていますから、これらを見れば、65デシベルというのは甘すぎの数値であり、55デシベルの方が妥当といえます。
次に、規制の範囲についての妥当性を具体的に検証してみましょう。水上バイクの業界団体は、騒音低減のための自主規制値を発表しています。その値はISO(国際標準化機構)の基準値を参考として、距離20m先を加速通過した場合に75デシベル以下という数値を示しています。この値を参考に、距離別でどれくらいの騒音レベルになるかを算出してみます。水上バイクを点音源として距離減衰を-6デシベル/倍距離と設定して計算します。距離が倍になる毎に6デシベルずつ小さくなるという計算になり、琵琶湖の条例にある沿岸350m地点では、騒音レベルは50デシベルとなります。これは数値基準の65デシベルよりかなり小さい値であり、市民団体の主張する55デシベルもクリヤーしています。
ただ、水上バイクが何台も連なって航行した場合には、線状音源となり距離減衰は-3デシベル/倍距離となります。この場合には、琵琶湖の条例にある沿岸350m地点では、騒音レベルは63デシベルとなります。この場合でも数値的には65デシベル以下となり、条例の数値の整合性はとれているといえます。しかし仮に、これを55デシベルまで下げることを考えると、単純に計算すれば、その距離は沖合2000mとなってしまいます。実際の音源は、点音源と線音源の中間的なものであり、距離が離れれば一定長さの線音源も点音源に近くなることを考えれば、沖合350mというのは妥当な値であり、この範囲を航行禁止区域とすれば、ほぼ十分な騒音対策になると考えられます。
水上バイク自体を制限できないか
もっと厳しく、水上バイクの航行自体を禁止できる法律はあるのかといえば、法律はあります。環境省が所管の法律に自然公園法というのがあり、これによれば、湖などを動力船の乗り入れ規制地区に指定できます。実際に、富士五湖の一つである本栖湖や北海道の支笏湖はこの規制地区に指定されており、水上バイクの乗り入れが禁止されています。支笏湖では、毎年8月には200隻の水上バイクが湖面を埋め尽くす状態でしたが、この地区指定により一掃されたということです。静かな環境が保全されるとともに、排ガスなどによる水質汚染の防止も図られたのです。
しかし、これにも問題があります。湖などで漁業などが行われている場合です。自然公園法では、船舶の規制区分が動力船と非動力船の区別しかないため、船種を指定しての区分はできないのです。水上バイクを規制するために動力船の規制を行えば、エンジン付きの漁船なども規制対象になってしまうため、実際上は指定ができないのです。このような湖は多いと思いますので、痛しかゆしの法律だといえます。仕方ないので、水上バイクの走行自粛エリアを指定して、自粛をお願いしているというのが現状です。
迷惑防止条例の適用も考えられます。この条例は全ての都道府県で施行されていますが、そのうち水上バイクの高速走行や急旋回などの危険行為を禁止する条項が含まれているのは47都道府県のうち35都道府県であり、特に、青森県、奈良県および鹿児島県に関しては、その他の条例を含めて水上バイクに関する規定のある条例は確認できないということです(地方自治研究機構:「水上オートバイ等の航行の規制に関する条例」より)。地域により意識の差が大きい問題だといえます。その他、水上バイクに関する安全条例や事故防止に関する条例を独自に制定している自治体もありますが(例えば、明石市の水上オートバイ等の安全な利用に関する条例)、これらの条例でも、騒音に関しては一言も触れられていません。
東京湾岸署に寄せられた水上バイクに関する110番通報の大半が騒音に関する苦情だったということです(朝日新聞2017/2/2、東京地方版)。東京都は、東京オリンピックを見据えた2018年に、それまであった水上取締条例を全面的に改正し、水上安全条例を施行して水上バイクの迷惑ライダーによる飲酒操縦や危険操縦の取り締まりを始めましたが、やはり騒音問題は対象になっていません。
筆者が経験した水上バイクの騒音問題
水上バイクの騒音問題について調べる契機になったのは、筆者がこの騒音問題の当事者だったからです。その内容について紹介しましょう。
趣味の海外自転車ツーリングでオランダを走っていた時、実にうらやましく感じた住宅がありました。道路に面した住宅のすぐ裏が運河になっており、自動車同様にボートも交通の足として盛んに利用されている住宅でした。水上をゆったりと行きかう船は実に優雅ですし、オランダでは運河が網の目のように張り巡らされていますので、もしかすると自動車より水上交通の方が便利なのかもしれません。何より、自宅から眺める運河の景色が大変に美しく、魅力的なものでした。
自転車ツーリングで国内を走っている時に、同じような場所を見つけました。その場所は湖に沿って道路が走っており、その道路と湖の間に幅10mくらいの土地が連なっている場所でした。建物が幾つか建っていましたが、この場所は正に前面は道路、後ろは直接湖に面した、オランダで見たような運河沿いの住宅のような立地でした。こんな場所でのんびり休暇を過ごせたらどんなに素晴らしいだろうと思い、知り合いの不動産屋に相談してみることにしました。すると、そのエリアの地主を調べてくれて、小さな一画を紹介してくれました。全体が斜面になっており、ゴミが堆積した細長くて使いづらい土地でしたが、その分値段は安かったので、思い切って購入して自分で休暇小屋の設計を行い、小さいながらもお気に入りの別宅が完成しました。自宅からは1時間程度で到着できるため、金曜の夜から日曜の夕方まで、この休暇小屋で過ごす生活が始まりました。
素晴らしいのは、休暇小屋のデッキから眺める湖の自然と景色でした。夏の夕方などは、対岸の山陰に落ちる夕日から伸びる夕焼けが湖面を真っ赤に染め、静寂の中に得もいえぬ美しい風景を作り出します。冬には湖面全体が凍結し、湖上を散歩したり、ワカサギ釣りをすることもできます。湖の四季折々の変化が眼前に広がる生活に、すっかり心を奪われてしまいました。
そんな中に傍若無人に突然出現したのが水上バイクでした。休みになると、30mほど先の空き地に大勢の人が車で水上バイクを牽引して集まり、そこを拠点として湖を縦横無尽に走り始めるようになりました。ただ走っているだけではなく、湖に丸いブイを何個も浮かべて、それを縫うようにして何台もの水上バイクがスピンターンを繰り返しながら何時間も走り続けます。その騒音は、湖に面した屋外デッキ上で70デシベルから80デシベルぐらいにもなり、スピンをした直後にエンジンをふかした時や、デッキのすぐ近くを走り抜けてゆく時には、優に90デシベル近くの騒音になりました。おかげで静かな湖での生活は一変し、窓を閉め切って過ごすより仕方なくなってしまいました。小屋の窓は、防犯用に合わせガラスの2重サッシになっているため遮音性はよいのですが、夏は窓を閉め切っておくのはつらいですし、何よりデッキで過ごすことが出来なくなったことが一番の苦痛でした。
水上バイクのライダー達が集まるのは日曜だけで、土曜は静かに過ごせるのですが、それでも我慢は出来ません。何か騒音の規制はないかと色々調べましたが、既に書いた通り、地上のような騒音規制は水の上にはありません。県の迷惑防止条例はあるものの、水上バイクに関する条項はなく、この湖は自然公園法の対象にもなっていませんでした。
仕方なく、日曜はなるべく外出したり、早めに自宅に戻ることにして、土曜だけはゆっくりのんびり過ごすことにしました。自宅前の道路で子どもなどが大声で遊んだり、大人がバーべキューをしたりして騒音苦情の対象になる、いわゆる道路族問題がありますが、水上バイクは正に海の道路族であり、その騒音は道路遊びの比ではありません。かといって、警察に通報しても、取り締まる根拠があるわけではありません。また、規制がない以上、水上バイクの人たちにも湖で遊ぶ権利はあるわけですから、一概に非難するわけにもいきません。このような八方塞がりの時の対処は、とにかく気にしないことに限ります。なかなか自己コントロールは難しいのですが、それでも何とかやるより仕方がありません。気にしないための最も重要な要点は、相手に対する怒りの制御です。これができなければ、状況は悪い方へと流れてしまいます。
そんな状態が1年ぐらい続いてから、ある日突然、水上バイクがいなくなりました。不思議に思っていると、1kmほど離れた場所に立派な小屋が作られ、そこを拠点として水上バイクが湖を走り回っていました。敷地も整備され、マリーナクラブ風にいろんな施設も作られていたため、本格的にそちらの方に根を下ろしたようで、もう戻ってくることもないと確信しました。その後、以前のような静かな生活が再び戻ってきました。
通常の騒音問題では、こんなに都合よく解決することは稀と思いますし、土日だけでなく毎日の生活の中での騒音問題ともなれば、逃げ場もなくその被害は極めて深刻です。しかし、状況は必ず変わるということも事実です。短期で変わるか、長期間続くかの不安は付きまといますが、大事なのは気の持ちようです。自己コントロールをしっかり利かせて対処すれば、案外、解決の道は開けてくるかもしれません。
水上バイクの騒音防止に関する法整備を!
音源が地上にある場合には様々な規制があるのに、その音源を水上に持って行っただけで何の規制もなくなるというのは明らかに矛盾があります。典型7公害のうちでも、騒音問題は人間生活に直結した重大な環境問題であり、苦情件数も一番多いのが現実です。水上バイクの騒音問題に関しても、できれば法律による全国的な取り組みが望ましいと思いますが、取り敢えず、湖岸や海岸に静穏を必要とする建物や住宅が存在する地域では、琵琶湖のレジャー利用適正化条例に相当する条例の制定を、是非、進めていかなければならないと考えています。
最後に筆者の運動の趣味は、自転車、スキー、ウインドサーフィンです。いずれもエンジンなし、騒音なしの遊び道具です。