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伝説の9七玉再び! 藤井聡太八冠、増田康宏七段を下して朝日杯ベスト4進出

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1月14日。愛知県名古屋市・名古屋国際会議場において第17回朝日杯将棋オープン戦本戦トーナメント本戦2回戦▲藤井聡太八冠(21歳)-△増田康宏七段(26歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 14時に始まった対局は16時13分に終局。結果は143手で藤井八冠の勝ちとなりました。藤井八冠はこれでベスト4に進出。2年連続5回目の優勝まで、あと2勝としました。準決勝、決勝は2月10日におこなわれます。

 藤井八冠の今年度成績は36勝6敗(勝率0.857)となりました。

 藤井八冠の現在の勝率は、中原誠16世名人(1967年当時五段)の持つ史上最高勝率0.855を上回るペースです。

2017年の▲9七玉

 増田七段は前夜、次のようにあいさつしていました。

増田「私は昨年も名古屋対局に来させていただいたんですが、そのときは1局目勝つことができまして、藤井さんだったんですけど。あと一歩(いっぽ)まで迫ったんですけど、ちょっと負けてしまったので。今年はできればリベンジをしたいなと思っております」

「名局賞特別賞」を贈られた昨年2023年の▲藤井-△増田戦は劇的な幕切れでした。

 昨年の対局は角換わり。そして▲9七玉という符号が出てきました。

藤井竜王は王手に対して端9筋の三段目に玉をかわします。きわどいながら、これで耐えられるかどうか。いまから6年前。デビューした直後の藤井四段は「炎の七番勝負」第1局で増田四段と対戦。藤井四段はやはり端に玉を上がって、増田四段の猛攻をしのいだことがありました。
(松本博文記事、2023年1月15日)

 藤井現八冠が棋士になった頃からその活躍を目の当たりにしてきた方であれば、2017年、ABEMAで放映された「炎の七番勝負」▲藤井四段-△増田四段戦(肩書は当時)で現れた▲9七玉を思い出すでしょう。

 藤井-増田戦、角換わりで現れ続ける▲9七玉という符号。2024年の本局でも、劇的な形で登場することになります。

増田七段、今年もリードを奪う

 振り駒の結果、先手は藤井八冠に決まりました。戦型は角換わり。互いに5筋に銀を出て腰掛銀に構えたあと、間合いをはかりあう、高度ながらも定跡化された手順が進められていきます。

 41手目の時点では、昨年の▲藤井-△増田戦と同じ局面。大盤解説の村山慈明八段は次のように語っていました。

村山「角換わりの最新形は、基本的に先手は指す形が決まってるんですよ。後手の方がどういう対策を用意しているかというところですよね」

 42手目。増田七段は5筋に出ていた銀を6筋にバックします。

村山「角換わり戦らしい手待ちですね、後手の方は。これはでも、けっこう専門的なんですけど、ありそうで珍しい待ち方だと思います」

 対して藤井八冠も銀を引いて、銀矢倉の構えにスイッチしました。持ち時間40分のうち、両者の消費時間はともに、わずかに2分。ここからは少しずつ藤井八冠が時間を使っていく進行となります。

増田「普通の形だとやはり、かなり勝ち目は薄いかなと思ったので。あの形はさすがに知らないだろうということで、起用してみたんですけど。けっこう序盤うまく耐えれたかなと思って」

 わずかに不利な後手番としては、形勢五分で進めばわるくないというところでしょう。

藤井「序盤は手が広いところもあったと思うんですけど。そうですね。本譜は比較的穏やかな指し方を選んだつもりではあったんですけど」「序盤からあまり経験のない形になって。(62手目)△7五歩と中盤仕掛けられたのが、こちらが気づいていない一手で。そのあたりから本当に、一手一手難しい将棋になったかなと思っていました」

 増田七段が藤井玉の上部から動くと、以下は盤上全体で駒がぶつかり、激しい戦いが始まりました。

藤井「中盤も難しいところはいろいろあったと思うんですけど。うまく後手陣を手厚くされてしまって」

 中盤は、形勢ほぼ互角のまま推移。そして両者ともに時間を使い切って、一手60秒未満で指す白熱の終盤戦に入りました。

 98手目。増田七段は王手をかわしながら玉を三段目に上がります。「中段玉寄せにくし」の格言通り、なかなか捕まえづらい形となりました。

藤井「△3三玉と上がられたあたりは苦しくしてしまったなと思って、やっていました」

増田「けっこうこちらも怖い形だったので。ちょっといいかなと思ったんですけど、なかなか勝ちとまでは言い切れない局面が続いて」

藤井八冠、驚異の終盤力

 増田玉は中段五段目まで逃げ出します。対して115手目。藤井八冠は角を四段目から打ち、下から追いかけました。増田七段は玉をどこに逃げるか。時間がない中、難しい判断を迫られました。正着はどうやら、いったん横に逃げておくの順で、それならば増田七段ペースの終盤が続いたのかもしれません。本譜では下に引いたため、増田玉は下段に引き戻される形になり、形勢不明に戻りました。

増田「▲3四角と王手をされたときにちょっと△2四玉と引いてしまった手がかなりまずかったので。そこではっきりわるくしてしまったかなと思います。(玉が3三に押し戻されたあたりは)いや、まだ難しかったと思うんですけど。△2四玉と引いた手が明らかにミスだったなと対局中、気がついて。それで、気落ちしてしまった部分で、そのあともちょっとミスが続いてしまったかなと」

藤井「最後は玉を押し戻して、また勝負形(しょうぶがたち)にすることができたという一局だったかなと思っています」

 そしていつのまにか、形勢は藤井八冠よしへと変わりました。

増田「(121手目)▲4四桂とか打たれたあたりで、もっとうまい対応あったと思うんですけど。そこが見つけられなかったのが、まだまだ弱かったかなというふうに感じています。確かに途中はいいところが、かなり優勢になった場面もあったと思ったんですけど。そこからがかなり大変なので。勝つまでが」

 127手目。藤井八冠は飛車を切り捨てて銀と刺し違え、一気にスパートをかけます。恐ろしいことに、これで藤井八冠一手勝ちの順へと入っていきました。

2024年の▲9七玉

 138手目。増田七段は銀をタダで取られるところに捨てます。角で取らせることによって角の筋を変え、技をかけに出ました。

 対して藤井八冠は冷静に読んで、その銀を取りました。

藤井「▲2五同角と取った手が(増田玉の)詰めろになっているので。そのあたりで、いけそうかなと思いました」

 局後、藤井八冠はそう語っていました。しかし観戦中、増田玉に詰みが生じていると冷静に読めた人はどれぐらいいたでしょうか。

 140手目。増田七段は8筋の飛車を縦に走り、藤井玉に王手をかけました。飛を縦横に使う十字飛車で、増田玉の歩を打っての合駒が、おそらくはほとんどの人が考える一手で、それでも藤井八冠の勝ち筋だったようです。しかしそうは指しませんでした。

 141手目。藤井八冠は玉を左端の9筋三段目にかわしました。

村山「▲9七玉! ▲9七玉すごいすね」

 村山八段もそう言うぐらいですから、やっぱりこの手は感動的な一手でした。ABEMAで解説していた飯塚祐紀八段も思わず叫びます。

飯塚「いや、さすがだ! これくらうの増田さんたぶん、2度目ですよ。藤井さんに▲9七玉、前もなんか上がられて『あっ!』っていうのがあったんで。いやさすがですね」

 飯塚八段と同じことを、多くの観戦者が思ったはずです。X(旧Twitter)で「9七玉」と検索してみれば、その興奮が伝わってくるでしょう。この符合は「炎の七番勝負」の再現であると。

 増田七段は、自身の負けはわかっていました。すぐに飛車を成り込んで、一手違いの形を作ります。

 142手目。藤井八冠は銀を打ち、増田玉に王手をかけます。これで上下、どこに逃げても、増田玉はぴったりと詰んでいます。増田七段が投了し、熱戦に終止符が打たれました。

 終局後、藤井八冠は玉上がりについて、次のように語っています。

藤井「△5六飛車と(増田玉の上部を押さえている金を)取られる展開になると、後手玉の詰めろが解除されてしまうので。玉は上がるところなのかなとは考えていました」

 藤井八冠自身は「炎の七番勝負」を思い出したのか。記者からの質問に藤井八冠は笑っていました。

藤井「あ、いや、それは全く(笑)。将棋のそれまでの内容としては全然やっぱり違ったので。それは全く思いませんでした」

 隣りで一緒に笑う増田七段。対局者にとっては、そのあたりは意識しないところなのかもしれません。しかし観戦者には強烈な印象として残ります。

 2018年2月の朝日杯決勝▲藤井聡太五段-△広瀬章人八段戦(肩書は当時)。藤井五段は優勢の終盤でいくつかの指し方が考えられる中、最善にして華麗な▲4四桂という手を選びました。

「終盤の▲4四桂は舞台背景、手の難易度からして羽生さんの▲5二銀と同じくらいずっと語り継がれる手になりそうです」
(村山慈明『藤井聡太全局集 平成28・29年』222p)

 藤井-増田戦の終盤で2回生じた「藤井の▲9七玉」もまた、この先長く語り継がれていくことになりそうです。

藤井八冠、準決勝に進出

 局後、両対局者は次のようにコメントしていました。

藤井「本局、苦しい将棋ではあったんですけど。準決勝に進むことができたので、次も精一杯がんばりたいと思います」「(八冠達成後)対局に臨む上での気持ちという点では、これまでとまったく変わらずに臨めているかなと思っています。昨年末とかに少し対局が少ない時期もあったりしたんですけど。その中で状態を大きく崩さずにこれたかなというふうには思っています。今年もこの朝日杯名古屋対局で、こうして対局する機会をいただきまして、本当にうれしく思っています。2局とも集中して指すことができて、自分としてはあっという間の時間だったなというふうに思っていますし、来年もまたこの場所で戻ってきて、皆さまとお会いすることができたらというふうにも思っています」

増田「こういった多くの方に見てもらいながら将棋を指せるというのは、普段なかなかない経験なので、とても貴重な経験でしたし。ファンの方の熱気というのもすごい伝わってきて、それも励みになってかなりいい勝負が指せたかなと思うので、とても感謝しています」「途中、玉を逃げ出した、上部にいったあたりはかなり優勢になったかなと感じる局面もあったんですが。ちょっとそこでミスというか、悪手が出てしまって。そこからはやはり藤井さんにかなわなかったという感じで。まあ残念ではあったんですけど、途中まではいい内容の将棋だったので、その点ではよかったかなと思いました」

 両者によって、今後とも名局は生み出されていくのでしょう。両者の対戦成績は藤井5勝、増田1勝となりました。

 藤井八冠はあと2勝で、2年連続5回目の朝日杯優勝となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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