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見直された富士山ハザードマップ、影響範囲は広域に

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
青木ヶ原樹海(写真:PantherMedia/イメージマート)

見直された富士山ハザードマップ

 3月26日に富士山火山防災対策協議会から富士山ハザードマップの改訂版が公表されました。この協議会は、2012年に山梨県・静岡県・神奈川県が連携して防災対策を検討するために設置され、関係省庁や市町村、ライフライン企業、学識経験者などのメンバーで構成されています。これまでのハザードマップは2004年6月に公表されたもので、2000年以降に富士山直下で多くの低周波地震が観測され、雲仙普賢岳、有珠山、三宅島での火山災害が続いたことから、2001年7月に富士山火山防災協議会を設置して、作成されました。その後、新たな科学的知が蓄積され、想定火範囲や溶岩流等の火山現象の影響想定範囲が拡大する可能性が明らかになったため、今回、ハザードマップが直されたとのことです。

富士山の噴火の仕方は様々

 富士山の噴火の仕方は様々です。有史以降の大規模噴火は864年貞観噴火と1707年宝永噴火ですが、2つの噴火の様相は全く異なります。貞観噴火では、富士山の北西の山麓が割れ目噴火し、あふれ出した溶岩流が「せのうみ」と呼ぶ大きな湖を埋めました。このときに残った小さな湖が精進湖と西湖です。また、扇状に流れ出た溶岩が作ったのが青木ヶ原樹海の下に広がる青木ヶ原溶岩です。近年の調査で、このときの溶岩噴出量は13億立米にも及んだことが明らかになりました。一方、宝永噴火は、東側の山腹での爆発的な噴火でした。富士山の東側の村々の家や田畑が、噴石や火山れき・火山灰で埋まりました。火山灰は、江戸でも数センチ積もりました。このときの噴出量は6.8億立米だったそうです。

噴火時に想定される災害

 宝永噴火のように爆発的に噴火すると、大小の噴石や火山灰が降下します。噴石や火山灰が高温の火山ガスや空気を巻き込んで斜面を高速流下するのが火砕流です。また、大雨が降れば、降下した土石と水が高速で流下する土石流も発生します。冬季であれば、山腹に積もった雪が火砕流などの熱で溶けて、斜面の土石を取り込んで流下する融雪型火山泥流が起きます。融雪型火山泥流としては、1926年十勝岳泥流災害が有名です。一方、貞観地震のように火口から溶岩が大量に流出すると、溶岩流となって溶岩が地表を流れ下ります。また、高粘性マグマの貫入、爆発的な噴火、地震などが原因して山体が大規模に崩壊することもあります。富士山とよく似た円錐形のセントへレンズ山が1980年に地震で山体崩壊したことは有名です。ちなみに、山体崩壊によって崩壊した土石が山腹を高速流下することを岩屑なだれと言います。富士山では、これらの様々な災害の跡が見つけられています。

新しい富士山ハザードマップで考慮されたこと

 前回のハザードマップとの違いは、最新の知見に基づいて、想定する火口の範囲を拡大したこと、考慮した噴火の年代を5600年前までさかのぼったこと、マップのメッシュの大きさを細かくしたこと、溶岩噴出量を7億立米から13億立米に、火砕流の噴出規模を240万立米から1000万立米に変更したことなどです。

 この結果、溶岩流や火砕流、融雪型火山泥流、大きな噴石の到達範囲などが広がり、影響地域が拡大しました。また、これらの到達時間が早くなった地域もあります。ただし、山体崩壊や岩屑なだれに関しては想定が難しいことからハザードマップは作られませんでした。また、降灰による影響も検討されませんでしたが、昨年4月に中央防災会議の大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループがまとめた「大規模噴火時の広域降灰対策について―首都圏における降灰の影響と対策―〜富士山噴火をモデルケースに〜」を参考にすることができます。発電所や交通機関の停止、火山灰の処理の問題など、現代社会ならではの課題が多々指摘されています(拙著:万一、富士山が噴火したら首都圏はどうなる?)。

 今後、関係する基礎自治体では、地域防災計画や避難計画の見直しをすることになります。

南海トラフ地震と相前後して噴火した富士山

 過去の富士山の大規模噴火では、前後に地震火山活動が活発でした。貞観噴火の年には阿蘇山も噴火し、868年に播磨国地震が、869年に東北地方太平洋沖で貞観地震が発生し、871年に鳥海山、874年に開聞岳が噴火しました。さらに、878年に相模・武蔵地震、880年に出雲の地震、887年に南海トラフ沿いで仁和地震が発生しました。

宝永噴火の時にも、4年前の1703年に元禄関東地震、噴火の49日前には南海トラフ沿いで宝永地震が発生しています。富士山の噴火と南海トラフ地震の発生とは無関係でなさそうです。

 過去5600年の間に約180回の噴火が確認されており、溶岩流が発生したのは約6割、火砕流が発生したのは1割弱とのことです。96%は小・中規模噴火のようです。ですが、平均噴火間隔は約30年なのに、この314年間噴火していません。次の南海トラフ地震の発生が危惧されていることから、富士山の噴火が気がかりです。ひょっとしたら貞観噴火と宝永噴火のような大規模噴火になるかもしれません。有史以来、複数回経験してきたことですから、事前の対策を十分に行い、しっかり乗り越えることが大切です。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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