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“世界遺産”で初優勝のガットゥーゾ、「サッカーの神様」に報われたナポリの新司令官

中村大晃カルチョ・ライター
6月17日、コッパ・イタリア決勝で優勝したナポリのガットゥーゾ監督(写真:Maurizio Borsari/アフロ)

選手として世界の頂点に立っても、監督としての初タイトルはまた別物のはずだ。

6月17日のコッパ・イタリア決勝、ナポリはPK戦の末にユヴェントスを下し、6年ぶり6回目の優勝を果たした。現役時代にミランで数々のトロフィーを手にし、ワールドカップも制したジェンナーロ・ガットゥーゾ監督にとっては、指導者になって初めての栄冠となる。

◆混乱から沈みゆく船を救い出す

ガットゥーゾは今季途中にナポリ指揮官に就任した。前任者は、カルロ・アンチェロッティ。自身がミラン黄金期に薫陶を受けた恩師だ。

12月上旬にバトンを引き継いだときのナポリは、混乱のまっただ中にあった。王者ユヴェントスの対抗馬と期待されながら、セリエAで7位と低迷。チャンピオンズリーグ(CL)ではベスト16進出を果たしたが、その途上でクラブの合宿命令に造反したチームに罰金処分が科されて騒がれた。

ガットゥーゾが指揮を執ってからも、セリエAで最初の5試合は4敗と苦戦。一時はボトム10に転落し、沈みゆく船を再浮上させるのは難しいと思われた

だが、闘将は徐々にチームを団結させ、少しずつナポリを復活させていく。2月には、CL決勝トーナメント1回戦ファーストレグでバルセロナ相手に好ゲームを演じ、ホームで1-1と引き分けた。

そしてロックダウンを挟んで迎えたシーズン再開。コッパ・イタリア準決勝でインテルを沈めると、ローマでのファイナルではクリスティアーノ・ロナウド擁するユヴェントスをシャットアウト。PK戦の末の優勝となったが、ゴールマウスを2度叩くなど、90分間で勝負を決めていてもおかしくなかった。

◆異なるスタイルでナポリを王座に

ミラン時代の終盤もそうだったが、ガットゥーゾのサッカーには一部で不満の声がある。

インテルとの勝負を決めたのは、電撃カウンターだった。ダビド・オスピナの好判断から発動し、ドリース・メルテンスがクラブ通算得点記録を更新するゴールを決めた。ファイナルでも、ポゼッションは51%だったが、そのうち69%が自陣での保持。相手陣内でのポゼッションは31%だった。

そのため、ガットゥーゾのナポリは守備的とみられがちだ。『Calcionapoli1926.it』が紹介したSNSでのファンの反応には、「ガットゥーゾのカテナッチョはユネスコ世界遺産」とのツイートもあった。

ただ、それこそ世界遺産的な言葉となった「カテナッチョ」との定義に、本人は同意していない。『ガゼッタ・デッロ・スポルト』のダヴィデ・ストッピーニ記者によると、試合後にガットゥーゾは「ナポリというとその言葉が出てくるのは理解できない」「我々のプレーはカテナッチョじゃない」と話している。

カテナッチョかどうかはさておき、ナポリで世界を魅了したマウリツィオ・サッリのチームに、サッリとまったく異なるスタイルのガットゥーゾがナポリを率いて勝利したのは印象的だ。

パスクアーレ・サルヴィオーネ記者は、『コッリエレ・デッロ・スポルト』でガットゥーゾのサッカーを「シンプルで堅実、猛烈に効率的」と表現。「ガットゥーゾは半年でサッリを打ち消した」と綴った。

「ガットゥーゾがつくり出している違いは、しばらくナポリで見られなかった守備の組織だ。それにより、ナポリはイタリアや欧州のどのビッグクラブとも互角に勝負できた。(フィールドプレーヤーの)10人の選手がお互いのために犠牲を払う。(中略)シンプルなコンセプトで、改革的なアイディアではない。人によっては、まさに本当のカテナッチョだ。だが、その戦略が最後は勝利につながった

ガットゥーゾによって、ナポリにおけるサッリへの懐古に終止符が打たれたとの見方も少なくない。

◆強烈なリーダーシップでチームが一枚岩に

だが、それ以上に、ガットゥーゾの最大の功績は、チームを一致団結させたことだろう。

優勝決定後、円陣を組んでガットゥーゾが選手たちに声をかける様子に、現在のナポリが一枚岩だと感じた人は多いのではないか。合宿拒否事件で内部分裂が騒がれた11月が嘘のようだ。

マウリツィオ・ニチータ記者は、『ガゼッタ』で、このときのガットゥーゾのリーダーシップを称賛している。今季限りでの退団が濃厚で、特に意気込んでいたにもかかわらず、低調なパフォーマンスだったホセ・マリア・カジェホンをおもんぱかった指揮官をたたえた。

「ホセが泣き、それに気づいたガットゥーゾは、彼をチームメートたちの中へと含めた。勝利の雰囲気に包ませた。これこそが、グループだ。困難にある者を助けるのだ。それがナポリの、そしてその新たなComandante(司令官)、リーノ・ガットゥーゾの夜だった

Comandanteは、サッリの愛称だ。

◆悲しみのどん底で手にした優勝

そんな司令官のために、選手たちが必死だったことも想像に難くない。周知のように、ガットゥーゾはつい最近、最愛の妹を失っていたからだ。37歳という若さだった。

もちろん、愛する者を亡くした悲しみが優勝で癒えることはない。ただ、葬儀に参列した日も練習を指揮したガットゥーゾが、初タイトルを手にしたことで、少なくとも報われたと言うことはできるだろう。

試合後のガットゥーゾの言葉を、レーガ・セリエAはこのように紹介している。

「私に起きたようなことがあれば、人生は何かを奪っていく。だが、サッカーは私にこの上なくたくさんのものを与えてくれた。おそらくは、私が与えた以上のものを。私は、サッカーの神様を信じている。懸命に仕事をすれば、まいた種を実らせてくれる神だ。私は、長年にわたって自分がやってきたように、情熱を注ぐ人を望む」

情熱的な闘将と、そんな新司令官についていく選手たちが、異例づくしのシーズンの最後にどんな戦いを見せるのか。セリエAの残り12試合、そしてバルセロナとのセカンドレグが楽しみだ。

カルチョ・ライター

東京都出身。2004年に渡伊、翌年からミランとインテルの本拠地サン・シーロで全試合取材。06年のカルチョーポリ・W杯優勝などを経て、08年に帰国。約10年にわたり、『GOAL』の日本での礎を築く。『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿。現在は大阪在住。

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