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「ロシア軍死者は9861人」と政権寄り露大衆紙が報じたワケ 追い詰められるプーチン

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロシア軍の侵攻でポーランドに逃れるウクライナ市民(写真:ロイター/アフロ)

■「サイトがハッキングされた」と釈明

[ロンドン発]ロシア軍はウクライナ侵攻で9861人が死亡、1万6153人が負傷した――とロシア国防省の発表としてプーチン政権寄りのタブロイド紙コムソモリスカヤ・プラウダ(電子版)が3月20日報じたが、すぐにウェブサイトから削除された。同紙はその後「ウェブサイトがハッキングされ、不正確な情報が掲載された」と釈明した。

1980年代のアフガニスタン侵攻では約1万5千人のソ連兵が死亡したが、10年以上にわたる犠牲の積み重ねだった。ロシア軍は3月2日、ウクライナ侵攻で498人が死亡、1597人が負傷したと公式な推定値を発表して以来、犠牲者の数を更新していない。コムソモリスカヤ・プラウダ紙に一時、掲載された数字が本当ならロシア軍は無理攻めで持続不可能な損害を積み重ねていることになる。

それでなくても脱走や自傷行為が絶えないロシア軍の士気がさらに低下することはもはや避けられまい。

■ベラルーシの病院からロシアに密かに運ばれた2500遺体

米政府が出資する報道機関ラジオ・フリー・ヨーロッパ(本部・プラハ)によると、ウクライナとの国境に近いベラルーシ・ホメリの病院から3月13日の時点で2500体以上にのぼるロシア兵の遺体が列車や航空機でロシアに運ばれたという。

戦争では戦果は過大に、損害は過少に発表される傾向が強いため、ロシア軍、ウクライナ軍双方の実際の損害が果たしてどれぐらいなのかは「闇」に包まれている。

ウクライナ軍参謀本部の3月21日発表によると、ロシア兵の死者は約1万5千人。ロシア軍の航空機97機、ヘリコプター121機、戦車498両、武装車両1535台、大砲240門、多連装ロケット砲80門を破壊したという。これが本当なら大戦果である。

ロシア軍の航空機やヘリコプターの損害は英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のジャスティン・ブロンク研究員(航空戦)によると、侵攻から最初の3週間でそれぞれ20機、33機で、ウクライナ軍の発表はかなり水増しされていることが分かる。

しかし米紙ニューヨーク・タイムズ(3月16日)によると、米情報機関は少なくとも7千人のロシア兵が死亡し、1万4千~2万1千人が負傷したと推定している。

■戦線膠着で無差別攻撃

米シンクタンク、戦争研究所(ISW)によると、ロシア軍は南東部マリウポリを包囲して民間インフラへの攻撃を続けた。SNS上では露チェチェン共和国の部隊が襲撃に加わっていることが確認されている。ロシア軍は21日未明までにマリウポリ市に対して「武装解除」して投降するよう求めたが、ウクライナ側はこれを拒否した。

ロシア軍は主要都市チェルニゴフ、コノトプ、スムイ、ハリコフ、マリウポリで包囲戦を展開している。しかしウクライナ軍が逆に都市を要塞化して立て籠もっているため、戦線の大半は膠着している。幹線道路に沿ってしか進めないロシア軍は要塞化した主要都市に行く手を阻まれ、補給線が延びたところをウクライナ軍に狙われている。

首都キエフはまだ包囲されていない。ロシア軍はこれ以上、自軍の人的被害を増やさないよう主要都市の民間インフラや人口密集地に無差別砲撃・爆撃をかけ、徹底的に破壊する作戦に切り替えている。

フィリッポ・グランディ国連難民高等弁務官は3月20日「ウクライナでの戦争は非常に悲惨で、1千万人がすでに避難し、国内外に逃れた」とツイートした。ウクライナ人口の約4分の1に当たる数字である。これが「ウクライナをナチスの支配から解放する」ことを大義名分に始めたウラジーミル・プーチン露大統領の戦争の真実である。

■核を搭載できる極超音速空対地ミサイル「キンジャール」を使用

ロシア軍が核弾頭も搭載できる極超音速空対地ミサイル「キンジャール」を使用したことについて、ジョー・バイデン米大統領は21日「プーチン氏は追い詰められている。 彼はわれわれの結束の度合いや強さを予想していなかった。プーチン氏が壁を背に追い詰められれば追い詰められるほど、用いる戦術はより深刻になる」と警鐘を鳴らした。

プーチン氏のテーブルには生物兵器、化学兵器、「使える核兵器」と呼ばれる低威力核弾頭がすでに並べられている。プーチン氏はこれまで自分の立場を脅かす人物を次々と消し去ることで権力基盤を強化してきた。ウクライナとその先頭に立つウォロディミル・ゼレンスキー大統領はおそらく抹殺リストのトップに掲げられている。

これまでプーチン氏を絶対に批判しなかったオリガルヒ(新興財閥)も全財産を失うのを避けるため、プーチン氏に戦争を止めるよう呼びかけている。コムソモリスカヤ・プラウダ紙に「幻の数字」が掲載された陰にもロシア国内の反戦の動きがあるのかもしれない。恐怖でメディアの口を封じてきたプーチン氏の情報統制も崩壊し始めた。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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