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全てのルールは「命」のために:土俵女人禁制と道徳教育の心理学

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
(写真はイメージ:伝統を守るためには何が必要か)(ペイレスイメージズ/アフロ)

<伝統を守ることは大切だが、単に「伝統(ルール)を守れ」は低い段階の道徳心。>

■土俵での女性による人命救助

挨拶中に倒れた市長の人命救助のために、女性が土俵上へ。ところが、館内アナウンスで「女性は土俵から降りてください」。京都の大相撲巡業中に起きたこの出来事が注目されました。

日本相撲協会もすぐに対応し、八角理事長は行司が不適切なアナウンスをしたとして謝罪のコメントを発表しています。

理事長も謝罪しているぐらいですから、相撲ファンをはじめ、ほとんどの人は救命活動優先だと考えるでしょう。ただ問題は、その理由です。理事長も、どのように考えて謝罪したのでしょうか。

■様々なルール

世の中には様々な伝統、しきたり、法律、ルール、マナーなどがあります。土俵は「女人禁制」だし、女性が登れない山もあります。女性天皇も今のところ認められません。宝塚歌劇団には男性は入れませんし、「女性専用列車」もあります。男女差別だと言う人もいますし、そうではないと主張する人もいます。

タバコの煙でもうもうとしていた会議室も、今は誰もタバコをすいません。DVも、セクハラも、ストーカーも、昔はそんな言葉すらありませんでした。伝統、しきたりも、100年の間に変わりますし、法律やルールやマナーは、どんどん変わります。

ただ、何でも変われば良いわけではありません。守るべき伝統はあるでしょう。しかし、それは何のためでしょうか。

■すべてのルールの目的

様々な事情や価値観によって、ルールは作られます。文化や国家や信仰を守るためのルールもあります。しかし、どのルールも、めぐりめぐってすべては、「命」のためにあるのではないでしょうか。

2000年前にもこんな議論がありました。当時のユダヤ教徒にとって、安息日を守り労働しないことは、信仰の根幹にかかわることであり、民族アイデンティティや国家の土台にかかわることでした。病気の治療さえ(重病でなければ)労働だからだめだと主張していました。

ところが、イエスと弟子達は安息日に麦の穂をつんで食べます。反イエスの一派はここぞとばかりに攻撃しました。しかし、イエスは答えます。「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」

伝統も法律もマナーも、それぞれ意味があるでしょう。やたらとやぶって良いわけがありません。しかし、それはそもそも何のためのルールなのでしょう。

イエスは、安易に伝統(ユダヤの律法)を破壊したのではなく、伝統の意味を理解し、むしろ伝統を完成させたとキリスト教では考えられています。

■大相撲の目的

相撲にも様々な伝統があります。たとえば、昔は土俵の四隅には屋根を支える柱がありました。これは、建築上の必要性以上の意味がありました。でも今は柱はありません。かつて柱についていた各色のフサが屋根についているだけです。それは、伝統の破壊でしょうか。現在そのように考える相撲協会の関係者はいないと思います。

この改革によって、見やすくなり、かつ伝統も守られたと考えていることでしょう。

相撲協会は公益法人であり、相撲がスポーツであれ、神事であれ、人々の幸せのためにあるものでしょう。その土俵上で事故や病気を放置して良いわけがありません。

大相撲の真の目的達成のためには、何が必要か。何を変えず何を変えるべきなのか、しっかり考えたいと思います。

■道徳とは

「ルールだから、守らなくてはだめ」。この考え方は、発達心理学的には、子どもの考え方です。大人はもっと臨機応変に考えます。

「ルールも、必要があればやぶっても良い」というのも、大人としては不十分です。ルール違反をする人は、みんなそれぞれに必要性があるからです。でもスピード違反で捕まって、「急いでいたんです」は言い訳にはなりません。

小学校は今年度2018年度から、中学校は来年度2019年度から、道徳が教科化されます。学校では、ひとつの考えを押し付けるのではなく、考えさせようとしています。

たとえば、このような場合はどうでしょうか。

「ろうかは走ってはいけません」という決まりがある。しかし、友達が校庭で大ケガをし、いそいで先生に知らせなければならない。このとき、廊下を走っても良いだろうか(土俵上の女人禁制と救命活動との関係に似ていますね)。

「決まりだから走ってはダメ」。→ 小さな子なら言いそうです。

「急いでいるから走っても良い」。→ 少し成長すれば言いそうです。

でも、急いでいるときは、いつも廊下を走って良いのでしょうか。それでは、ルールは有名無実化します。

廊下を走らないルールは大切。同時に、先生に急いで知らせることもとても必要。この2つのことがせめぎあい、ぎりぎりのところで判断することが求められます。

道徳の授業でも、単に善悪判断させるのではなく、しっかり考えさせなければ、応用がききません。

子どもでも大人でも、道徳心を成長させることが必要です。それは、単に表面上のルールを守ることではありません。大切なことは、ルールの真の目的と意味を理解し、それを完成させることなのでしょう。

道徳心の発達を研究した心理学者コールバーグは、道徳心の発達には6段階あるとしています。そして、最上段の第6段に達するのは、大人でも1割に過ぎないと述べています。たとえば、次のような例はどうでしょうか。

一人の女性が非常に重い特殊な病気で、今にも死にそうです。しかし、同じ町の薬屋が最近発明した薬なら治る可能性があります。その薬を作るのには大金がかかりました。薬屋はその費用の10倍の値段をつけていました。病人の夫は、あらゆる手段でお金を集めましたが、半額しか集めることができませんでした。

彼は薬屋にわけを話し、値段を安くしてくれるか、後払いにしてくれないかと頼みました。しかし薬屋は「だめだ。この薬は私の発明だ。私はこれで金儲けをするんだ」と言います。夫は絶望し、妻のために薬を盗もうとその薬屋に忍び込みました。

さて、この男性の判断は正しいか、間違いか、そしてその理由は(法律論ではなく道徳の話です)。大切なのはその理由です。あなたは、どうお考えですか?

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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