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結婚40年、妻の不倫を知って憤り、取り乱す昭和の男を演じて。「当てはまる人は多いんじゃないかな」

水上賢治映画ライター

 結婚してもうすぐ40年になる妻の不貞を知った夫の怒りと困惑、やるせなさと諦めを描いた映画「なん・なんだ」。

 昨年公開された「テイクオーバーゾーン」では中学生の少女の心模様を描いた山嵜晋平監督が、一転して老いゆく男に眼差しを置いた本作は、同監督の「10 年ほど前、自殺しようとしていたおじいさんを止めた経験から、老いた人間の残された時間の生き方について、いつか描きたいと考えるようになった」という思いが結実した1作になる。

 主演を務めるのは、ピンク映画からVシネマ、一般映画からドラマまで数々の作品に出演してきた名優 。

 昨年公開された「痛くない死に方」で、余命僅かの老人役での渾身の演技がまだ記憶に新しい彼だが、今回もまた老いて複雑な状況に置かれるひとりの男を体現する。

 キャリア50年を超す下元に話を訊く。(全三回)

『俺でいいのならばやるよ』と返事して決まった感じです(笑)

 はじめに、今回、演じることになった三郎役は、当初から山嵜監督は下元を考えていたとのこと。

 出演の経緯をこう明かす。

「山嵜くんは、瀬々敬久監督の『菊とギロチン』にスタッフとして参加していて、僕も出演している。

 山嵜くんはそこで僕に興味をもってくれたみたいなんだけど、僕はほぼ1日仕事だったから、彼のことを残念ながらあまりよくおぼえていないんですよ(苦笑)。

 今回の『なん・なんだ』で、直接、僕に連絡をくれたのは、坂本(礼)で。

 彼は『菊とギロチン』ではラインプロデューサーを務めたり、プロデューサー、映画監督など、いろいろとやっていて、『なん・なんだ』も手伝っている。

 山嵜くんとも、僕とも知り合いで、それで電話をくれたんです。『こういう作品があるんですけどどうでしょうか?』と。

 で、まず脚本を読んでみて決めてもらえないかということで、数日後に脚本が送られてきて。

 まあ、『俺でいいのならばやるよ』と返事して決まった感じです」

正直なところ、どう考えても、いまの若い世代にウケる話ではない(苦笑)

 はじめて脚本を目を通しての印象をこう明かす。

「まあ、正直なことを言うと、どう考えても、いまの若い世代にウケる話ではない。

 僕らの世代に向けてはしかるべき内容なのかもしれないんだけど、決して明るくない、どちらかというと身につまされる物語だから、ちょっと心配しました。『こんな暗い話で大丈夫かな』と。

 ただ、ひとりの俳優としては自分の年相応の役だし、その世代の物語だから、わかるところがある。

 三郎と美智子は40年連れ添った仲にも関わらず、一瞬で夫婦関係が破綻してしまう。

 長く一緒にいてもその本心がわからないところがあるし、ほんとうに些細なことで関係が一気に悪化してしまうことがある。

 そのあたりはわからないことはない。僕も50歳ぐらいのときに結婚して、3年くらいで別れちゃったから(苦笑)。

 夫婦といえども、ひとりの男と、ひとりの女だから、まあ三郎と美智子のそれぞれの言い分についてはちょっと感じるところがありました」

「なん・なんだ」の主演、下元史朗  筆者撮影
「なん・なんだ」の主演、下元史朗  筆者撮影

この世代の男性像としてはわりと三郎は当てはまるんじゃないか

 物語は、ある日、文学講座に行くと出かけた妻の美智子が交通事故に遭い昏睡状態に。

 美智子の残されたカメラのフィルムを現像したところ、見知らぬ男の姿が映っていたことから、三郎は妻の浮気を知る。

 戸惑いを隠せない三郎は娘の知美とともに、浮気相手探しに奔走。

 その過程で、自分がまったく知らなかった妻の顔を知るとともに、三郎自身の身にも予期せぬことが起きていることを知る。

 こうしたストーリーが展開する中で、演じる三郎については、ちょっと肩入れするまではいかないまでも、気持ちとしてわかるところがあったという。

「僕自身がそうかはわからないけど、この世代の男性像としてはわりと三郎は当てはまるんじゃないかなと。

 自分はけっこう好き放題やっていながら、妻が勝手をするとそれは許せない。

 自分も反省すべき点があるにも関わらず、ほんとうの意味で反省できない。

 まあ、身勝手ですよ(笑)。

 いまの若い人からしたら、『昭和の自分本位の男』と映るでしょうね。でも、実際、この世代、三郎のようなタイプの男性は多いんじゃないかな。

 そんなことを感じながら演じていましたね」

 三郎はなかなかの難役といっていい。

 妻の浮気を知った三郎は、嫉妬に狂い、情けない姿を周囲に晒す。まず、下元は、妻に裏切られた男の戸惑いと、怒り、弱さを感情豊かに表現しなければならなかった。

 一方で、三郎は冒頭から少し行動が危うく、途中で認知症ということが判明する。ゆえに、下元は正気のときと記憶が曖昧になったときを往来する様子を精緻に演じなければならなかった。

あわてふためくところとか、混乱をきちんと出せればいい

 このあたりはどういう風にとらえて演じていたのだろう?

「基本は、三郎とは、ひとりの男として向き合いました。

 『認知症の』ということはあまり意識しなかった。おそらく監督もそれはあまり求めてなかったと思うんですよ。

 誰でもそうだろうと思うけど、なかなか自分の置かれた現実というのは、認めたくないことであればあるほど受け入れられない。

 三郎の場合、妻の不貞と、認知症という受け入れがたい現実がほぼ同時にきてしまった。

 そうなったら、もう気持ちとしてはぐちゃぐちゃでなかなか整理なんてつかないよね。

 そのあわてふためくところとか、混乱をきちんと出せればいいのかなと思いました」

(※第二回に続く)

「なん・なんだ」ポスタービジュアルより
「なん・なんだ」ポスタービジュアルより

『なん・なんだ』

企画・監督:山嵜晋平

プロデューサー:寺脇研

脚本:中野太 音楽:下社敦郎

助監督:冨田大策 撮影:山村卓也 照明:神野誉晃 録音:篠崎有矢

美術:三藤秀仁 衣装:米村和晃 メイク:木内香瑠

出演:下元史朗 烏丸せつこ

佐野和宏 和田光沙 吉岡睦雄 外波山文明

三島ゆり子

公式サイト:https://nan-nanda.jp/

新宿K’s cinemaほか全国順次公開中

場面写真及びポスタービジュアルは(C)なん・なんだ製作運動体

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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