Yahoo!ニュース

サッカー界に貢献した「キャプテン翼」三つの魅力 長期連載になった理由

河村鳴紘サブカル専門ライター
高橋陽一さんのマンガ「キャプテン翼」

 サッカーマンガの金字塔・「キャプテン翼」が、作者・高橋陽一さんの体力の問題などを理由にマンガでの連載を終了し、今後はマンガの“設計図”に当たるネームなどでの形で制作していくことが発表されました。1980年代に同作のヒットを受けて日本でサッカーの人気が過熱、アニメ化で世界にも広がり、多くのスター選手が「ファン」を公言するほど。同作の魅力と共に、長期連載になった理由を振り返ります。

【関連】『キャプテン翼』連載終了のおしらせ(note)

◇夢はワールドカップ優勝 魅力的な必殺技 

 「キャプテン翼」シリーズの初代は、1981~1988年、週刊少年ジャンプ(集英社)で連載されました。夢は日本のワールドカップ優勝と言うサッカーの天才少年・大空翼が、華麗なテクニックを駆使してライバルたちを撃破。そして夢を実現するようにライバルたちと共に日本代表として世界へ挑んでいきます。左腕に巻くキャプテンマークに、あこがれた人も多いのではないでしょうか。

 当時、スポーツと言えば野球が圧倒的な人気でしたが、同作の登場でサッカーが人気になり、1993年に開幕したプロサッカーリーグ「Jリーグ」の追い風になったことでも知られています。なぜそこまでの人気になったのか……「キャプテン翼」には、三つの魅力がありました。

 一つ目は、サッカーが当時の日本でよく知られていないことを踏まえ、マンガに丁寧に落とし込み、その上で世界を意識させたことでしょう。「世界基準」の先取りです。同作では、理解するのが難しいとされる「オフサイド」、サッカーの大会では一度は敗れても優勝が狙えるといったことなどが描かれており、サッカー初心者にも優しい作りになっています。そしてサッカーの魅力を理解したところで、全国大会で戦ったライバルたちが集結して日本代表として団結、世界の強豪たちと戦うという展開になっているのです。マンガでサッカーに魅力された読者は、「サッカーをもっと知りたい!」と実際にサッカーをプレーしたり、南米や欧州のサッカーを見るようになって目が肥えていく……という流れになっていました。「夢はワールドカップ優勝」ですから、いやでも世界を意識するのです。

 二つ目は、数々の魅力的な必殺技です。体を反り返らせて頭上のボールをキックするオーバーヘッドキック(バイシクル・シュート)や、ゴールネットを突き破る数々の必殺シュート、果てはゴールキーパーがポストをけって反対側に跳躍する「三角飛び」のような大技が、これでもか!と飛び出しました。ネットでは「あり得ない」とネタにされるのですが、裏返せばインパクトが抜群であることの証左ですし、マンガを読んでいるときはスーッと入ってくるから不思議です。作者・高橋陽一さんの突飛な発想、マンガとしての完成度の塩梅が絶妙なのでしょう。ちなみに、二人が同時にシュートを打つ「ツイン・シュート」は、プロ選手による実演動画が公開されたこともあります。

 最後は、キャラクターたちの魅力です。名作にはキャラの存在感は必須ですが、「キャプテン翼」にも当てはまります。主人公の翼はもちろん、ペナルティーエリア外からのシュートを止めてしまう若林、翼と対照的に強引なプレーを武器にする日向小次郎、テクニックでは翼の上を行くものの病を抱える三杉など……。さらに最初は下手だったものの、努力で日本代表に上り詰めた石崎は、読者が共感できる存在と言えるでしょう。昔、作者の高橋陽一さんに何度も取材する機会があり、その時にもキャラクターが勝手に動き、想像の上を行くことがある……と明かされました。翼の言葉には力もあり、決してあきらめない姿勢は、多くの人々の心を打ったことでしょう。

 「キャプテン翼」は今読み返しても面白く、さらにサッカーを知らない人でもすんなり読めてしまうわけです。何よりサッカー大国でない日本で生まれたサッカーの作品(マンガとアニメ)が、世界の子供たちを魅了し、世界のスター選手にも影響力を及ぼしたというのは、恐ろしい限りです。

【関連】キャプテン翼の人気は世界に轟く。ポドルスキ、メッシ、アンリ…キャプテン翼に惚れ込んだスター選手10選(Football Tribe)

【関連】集英社初の試み『キャプテン翼』定期増刊発売 メッシやラウール…レジェンドが魅力熱弁(オリコン)

【関連】みんな「キャプ翼」で大きくなった。Sportivaで大特集(コミックナタリー)

◇作者・高橋さんの「特異能力」

 さらに「キャプテン翼」がこれだけの人気を持続しているのは、作者・高橋さんの「柔軟性」や「姿勢」も大きかったのではないでしょうか。

 「キャプテン翼」の小学生編で、翼は全国大会優勝を果たすものの、翼の師匠ロベルト・本郷が、翼をブラジルに連れていく約束を破って一人で帰国するシーンがあります。そのことを取材で尋ねると、連載の打ち切りがあった場合、翼がブラジルに行く形を用意していたのだそうです。ところが実際は人気が続き、翼を中学生でライバルたちにもう一度戦わせるため、ロベルトの単独帰国に落ち着いたのだそうです。

 ところが面白いのは、ロベルトの帰国はターニングポイントになっていて、前もって考え抜かれたように見えることです。ロベルトの残したノートに沿って、翼のポジションはフォワード(点取り屋)からミッドフィルダー(司令塔)に変わり、必殺技・ドライブシュートも誕生、さらに二人の再会へと物語が紡がれているのです。

 マンガはビジネスですから、不人気であれば、すぐ打ち切りがあり得る厳しい世界です。そのため展開は綱渡りになる面があります。ところが、ある設定が後々に大きな効果を発揮するという話は、「北斗の拳」の原作者・武論尊さんの取材でも聞かされたことがありました。人気作を生み出せたマンガ家が持つ「特異能力」なのかもしれません。

◇真摯ゆえの長期連載

 今回「キャプテン翼」のマンガ連載が43年目で終了するわけですが、違う形で物語が続きます。

 そもそも、翼の夢は「ワールドカップ優勝」ですから、ゴールは見えているのです。そしてファンからすると「早くワールドカップを執筆すればよかったのに」と思うでしょう。私もその点が気になって、インタビュー取材で質問すると、高橋さんは「五輪での戦いもきちんと描きたかった」と(当時は)明かしてくれました。取材する側の印象で見ると高橋さんは、どんな質問にも真摯(しんし)に答えてくれ、真摯だからこそ、マンガの内容を途中で飛ばすことなく、翼の成長を描き続けて、結果として長期連載になったとも言えます。

 同時に今回の決断ですが、高橋さんは自分の状況を第三者の視点で冷徹に見ているとも言えますし、最後まで物語をファンに見せたいという強い意思の表れ……とも取れます。

 そして高橋さんとて、全部がうまくいったわけではありません。「キャプテン翼」シリーズでも「ワールドユース編」は打ち切られています。そのことについて「つらかった」と正直に明かしながらも、次の作品で盛り返そうと考えたそうです。こうした「切り替えの早さ」もあって、「キャプテン翼」シリーズは息を吹き返し、今にも続いているのです。サッカー日本代表のように挫折を経験して、それを糧(かて)にして、不動の地位を築き上げたと言えるのではないでしょうか。

 マンガ連載の終了は残念ですが、それでも物語が紡がれ続けられるのは朗報でしょう。そして、現実のサッカー日本代表が、ワールドカップの大舞台で、ドイツ代表やスペイン代表といった強豪国を撃破。さらに日本のスター選手たちが海外の強豪・有力クラブで活躍するなど、まるで「キャプテン翼」をなぞるように、着実に力をつけています。

 40年以上前に「日本のワールドカップ優勝」というキーワードを掲げた同作が存在しなかったら、現実の日本サッカーがどうなったのかを想像してみると……。改めてその偉大さが分かるのではないでしょうか。

【関連】期間限定無料公開 キャプテン翼 小学生編

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

河村鳴紘の最近の記事