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東京オリンピック、2回目も渇水の可能性。スキー場の営業休止は水不足のサイン

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
貯水率17%になった矢木沢ダム(2016年6月27日/著者撮影)

1964年のオリンピックは「東京砂漠」

 昭和39年に開催された東京オリンピック(1回目)。この時、東京は大渇水に襲われていた。都内は砂ぼこりが舞い、メディアは「東京砂漠」と報じた。

 渇水の原因は、水使用量が増えたことと、雨不足である。

 昭和30年代後半から40年代にかけて東京の水使用量は激増する。

東京都の水道配水量の変遷(東京都水道局の資料を元に著者作成)
東京都の水道配水量の変遷(東京都水道局の資料を元に著者作成)

 上のグラフに示したとおり、1957年に1日約185万立法メートルだった水の配水量は、1972年には約456万立法メートルになっている。高度経済成長にともない首都圏に人口と産業が集中したためだ。

 その一方で、1960~1962年の平均降雨量は平年の半分以下。

 当時の東京の水源は、主に多摩川の上流域である。奥多摩にある小河内ダムの貯水率は0.5%、村山・山口貯水池は干上がって湖底はひび割れた。

 東京都は1961年10月から20%の給水制限を開始した。

  <用語解説>

  取水制限・・・川などの水源から浄水場に送る水の量を減らすこと。

  給水制限・・・浄水場から家庭などに送る水の量を減らすこと。

 給水制限が行われると家庭の蛇口から出る水の量が減る。

 オリンピックイヤーの1964年7月からは、給水制限はさらに35%に強化された。夜22~翌朝5時、日中10~16時は蛇口をひねっても水が出なかった。

 しかしながら、雨はなかなか降らない。

 8月に45%の給水制限がはじまると、自衛隊が応援に出動し、2万5000人の隊員が、16日間にわたり給水車を走らせ、約7000立法メートルの給水を行った。

 給水制限は一時、最大50%まで強化され、通算1259日(約3年半)にもおよんだ。

 具体的に、どんなことが起きたか。

 プール、水洗便所、噴水など → 使用禁止

 水を大量に使う飲食店、食料品店など → 休業

 家庭 → 洗濯や炊事に困る

      会社を休んで給水車を待つ

      水運びによる過労、流産など

      水泥棒、水喧嘩の発生

 このように市民生活に多大な影響が出た。

 給水制限が緩和されたのはオリンピック直前の10月1日のことだった。8月に多摩川水系と利根川水系を結ぶ原水連絡管が完成したためである。以後、利根川水系から東京への給水が徐々に増加し、今では利根川・荒川水系が約8割、多摩川水系が約2割の比率となっている。

2回目の東京オリンピックでも渇水?

 56年の時を経て、今年開催される2回目の東京オリンピックでも渇水が懸念されるのはなぜか。

 現在、利根川・荒川水系、多摩川水系のダムの貯水量は約88%ある(八ッ場ダムは除く)。

ダムの状況(2020年2月6日/国土交通省WEBサイトを元に著者が作成)
ダムの状況(2020年2月6日/国土交通省WEBサイトを元に著者が作成)

 水は十分あり、渇水が起こるはずはないと考えるかもしれない。

 だが、少し先を考えてみよう。ダムの水は農業用水にも使用される。5月の連休を中心に、4月中旬から6月末頃までは田植えなどにより農業用水の需要が多い。

 その後の首都圏の水を支えるのは何か。冬の時期に水源地に降った雪と、春以降に水源地に降る雨ということになる。

 現在のところ積雪量は平年の4割程度であり、少雪により雪解け水が期待できない可能性がある。

気象庁「いまの雪」にダムの位置を著者がマッピング
気象庁「いまの雪」にダムの位置を著者がマッピング

 また、雪が降ったとしても気温が高くなればとけてしまう。気象庁の発表によると、2020年1月の日本の平均気温は、平均を約2.3℃上回り、1898年の統計開始以降、1989年を上回って最も高い値となった。この傾向が2月以降も続くかもしれない。

 実際、気象庁は2月6日に、「2月以降も暖冬傾向が続く」という予報を出している。

2016年に似た状況

 スキー場の営業休止は水不足のサインである。

拙著「水がなくなる日」(産業労働編集センター)より
拙著「水がなくなる日」(産業労働編集センター)より

 2016年6月、著者は群馬県みなかみ市にある矢木沢ダムに行った。ここは首都圏の水瓶といわれる8つのダムの最上流に位置している。

 当日の貯水率は17%(冒頭の写真)。現在の8ダム体制(八ッ場ダムが加わると9ダム体制になる)になってから、6月下旬としては最低の数値だった。水位は満水時より30メートルほど低く、湖底が露出している部分もあった。

 原因は雪不足だった。毎日の積雪量を足し合わせた「累加積雪量」は335センチ。ダムが完成した1958年以来最低、過去58年間の平均の46%だった。

 ダム近くでガソリンスタンドを経営している女性は、

「いつもの年なら3メートルくらいは積もるけれど、今年は少し降ったらすぐにとけちゃうから、冬場もつっかけ(サンダル)で過ごせた。除雪車がぜんぜん動かないから売上げがさっぱりだ」

 と言った。

 2015-2016年の冬は全国的に気温が高く、関東、東海で平年より1.4度、近畿から九州では1度高くなった。そのため降雪量が大幅に減り、融雪時期も早くなった。

 地元の農家は「いつもの年なら5月の大型連休まで水源の山の頭が白いんだけど、今年は3月下旬には雪が消えていた」と言った。

「雪解け水が流れて一時期的には水の量が多かったんだけど、その後は、あちこちで沢水がなくなったり、川の水が減っている」

 という言葉のとおり、矢木沢ダムの入り口にある沢は水底からゴツゴツとした石が見え、水は流れていなかった。

 降水量は同じでも、雪であればゆっくりとけ、流れる。雪でないと早く水が流れる。ゆっくり流れたほうが人やいきものにとっては使う機会が長くなる。

東京に降った雨を使うことはできないか

 その後の雨も少なかった。群馬の5月の降水量は、平年の40〜60%程度でダムの貯水率が回復することはなかった。

 では、どうしたらいいか。空を見上げて欲しい。水源は頭上にもあるだろう。

拙著「水がなくなる日」(産業労働編集センター)より
拙著「水がなくなる日」(産業労働編集センター)より

 東京都民の水道使用量は年間約20億立法メートルだが、東京に降る雨は年間25億立法メートル。だが、東京の水道水は利根川・荒川、多摩川に依存し、降った雨は下水として流してしまっている。

 雨水はけっして汚水ではない。降り始めこそ、大気中の粉塵などといっしょに降下するので汚れているが、降り出してから30分以上たった雨の水質はきれいになり、そのまま生活用水として活用できる。

 雨水活用先進地の東京都墨田区を歩くと雨水をためるタンクを見かける。

 墨田区の雨水利用施設一覧(墨田区WEBサイト)

 屋根や駐車場に降った雨水を雨樋から導き、タンクにためる。市販の雨水利用タンクを備え付けている人もいれば、ホームセンターなどで売っている大きめのかめやプラスチック製のごみ容器を利用している人もいる。

雨水タンク(著者撮影)
雨水タンク(著者撮影)

 たまった水は、トイレの流し水や洗濯、植物の水やりなどに利用する。

 なかには自宅の駐車場の地下に、巨大な貯水槽をつくっている人もいる。1トン以上の水が貯蔵でき、生活用水のほとんどをまかなっている。

 かりに東京都内のすべての一戸建て住宅が屋根に降った雨をためたとすると、1億3000万トンの水が確保でき、これは利根川水系の八木沢ダムが東京都に供給している水量を上回る。

 ここ数年、雨水活用への注目度が高まってきたのは、突発的なゲリラ豪雨、それにともなう都市型洪水対策という面もある。屋根に降る雨水をタンクにためたり、降った雨を大地に浸透させれば洪水の防止につながる。1つの住宅やビルでためられる雨水はわずかでも、それが地域全体にひろがっていけば、大きなダムと同様の効果を発揮する。

 公共施設の地下などに、大規模の雨水タンクを設置できれば、本格的な水源となる。

 その点、雨水を資源化する雨水地下貯留システムも開発されている。貯留材と呼ばれるプラスチック製の部材を上下左右に積み上げて立体をつくり、全体をシートで包む。貯留材の組み合わせ次第で大きさは自在だ。かつてはコンクリートや鉄だった素材が、プラスチックに変わったことで、ブロックのように組み合わせ可能になり、簡単に大型施設ができるようになった。

 たとえば、ショッピングセンターの駐車場スペースに500トンの雨水貯留槽が地下埋設されたケースがある。

雨水貯留装置の埋設(著者撮影)
雨水貯留装置の埋設(著者撮影)

 そのほか学校や保育園等のグラウンドの下、公園の地下、ショッピングセンターの駐車場の下、マンションや一般家庭の庭・駐車場の下等に設置されている。

 気候変動により気温が上昇すると、今年のようなケースが常態化する可能性がある。

 そのときの解決方法の1つが、雨水といかにつきあうか、ということになるだろう。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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