Yahoo!ニュース

樋口尚文の千夜千本 第190夜 【追悼】島田陽子、遅れてきた華麗なるヒロイン

樋口尚文映画評論家、映画監督。
島田陽子と筆者(2019)年)

70年代の「大作」映画が島田陽子という「虚構」を必要とした

島田陽子の真の輝きは、やはり1970年代の同時代を知る人にしかわかってもらえないかもしれないが、そのかわり当時の島田陽子の活躍をリアルタイムで眺めていた人にとってはとても鮮やかな麗しき記憶となっているに違いない。その証しに、30代後半以降はスキャンダルにまみれ、往時の清純派のイメージとはほど遠い見え方になっていた島田なのに、逝去を報ずるマスコミも、思い思いに死を悼むSNSも、若き日の島田のイメージを称揚し、驚くほど好意的である。

1953年に生まれ、児童劇団にも通っていた島田は、1970年の東京12チャンネルのドラマ『おさな妻』の端役でデビューするが、最初にいくぶん目だったのは1971年の毎日放送『仮面ライダー』のレギュラーだった。猛烈な人気を呼ぶことになる本作だが、島田はマスコット的な役回りで、まだ地味な印象だったが、同年のNET『続・氷点』のヒロイン・辻口陽子に扮して一気にお茶の間に認知されるようになった。翌72年の石坂洋次郎原作のフジテレビ『光る海』では沖雅也、中野良子と共演して印象に残るが、映画に本格的に出演を始めたのも同年の東宝『初めての愛』からで、この頃より島田はテレビを軸に「清純派女優」として人気に火がついた。

当時の島田は長身で清楚な、そして笑うとえくぼが愛くるしいお嬢様というイメージで、演技派というよりもフィクショナルな華やかさで観客を魅了するスタア女優という感じだった。したがって、本当は十数年早く生まれて映画興行の黄金期にデビューしていれば、撮影所専属のスタアとして華々しく売り出されていたかもしれない。だが、島田がテレビドラマで頭角を現していった1970年代前半は映画興行が不振を極めた季節で、その虚構的なお姫さま的魅力を活かせそうな華やかな映画も作られなくなっていた。

そして今、亡き島田の代表作として記事に挙げられる作品は、映画の『砂の器』や『犬神家の一族』であり、ドラマの『将軍 SHŌGUN』である。これら共通の特徴は、興行の低迷で体力を失った映画会社の自前の作品ではなく、そのマンネリと委縮を打破すべく外部または異業種のプロダクションが乗り込んで作った映画ないしテレビ映画だったということだ。『砂の器』は脚本家の橋本忍が興した橋本プロの、『犬神家の一族』は角川書店の角川春樹が興した角川春樹事務所=角川映画の、それぞれ旗揚げ作品であった。両者の企画のベンチャー性と絢爛たる大作仕様は、華々しく邦画興行を席巻した。『将軍 SHŌGUN』も米国NBC制作ゆえに可能なスケールの、五夜連続放送の大作ドラマだった。

すなわち島田陽子のお姫様女優的な華は、それが大いに求められた映画黄金期には遅れてきたが、期せずして70年代に既成の映画会社の外部のプロダクション(または異業種、もしくは海外のプロダクション)が生み出した「大作」映画によって存分に活かされることになった。もちろんこの「大作」基準もあくまで邦画の水準において、というものではあったが、それでもこれらの作品はありがたく洋画系ロードショー館から公開され、古い言葉を使えば「デラックス」に見えたものだ。

一方で、70年代のやせ細った映画業界は低予算の等身大の日常を描く青春映画で糊口をしのいでいた。そういった世界観になじむ秋吉久美子、桃井かおりといった新型のニヒルなアイドル女優が脚光を浴びていた季節にあって、往年の清純派スタアのような島田陽子はあるいは居場所に窮したかもしれない。だが、くだんのような時代とのめぐり合わせで70年代中盤から出現した和製ブロックバスター・ムービーのヒロインに起用され、島田は長く映画ファンの心に残る活躍を見せた。

思えばこの時代の邦画の「大作」志向は、映画黄金期には可能だった絢爛たる大ぶりのフィクションが作られ得なくなったことに対する映画会社外部からのルネッサンス的試行だったわけだが、そういう虚構的でテンションの高い娯楽作には当時のアクチュアルなヒッピー的人気女優は似合う由もなく、まさに島田陽子のお姫様女優的な雰囲気こそがここにはまったのだった。

いまだ人気を誇る『砂の器』や『犬神家の一族』での島田の出演部分は実はそれほど多くはないのだが、かくも思い出深く島田が美しく悲劇的な役柄とともに語られ続けるということは、やはり島田の遅れてきた女優像がこれらの劇的な作品に抜き差しならないはまり方をしていたせいだろう。この時期のテレビドラマにおいても、島田が精彩を放ったのはいかにもドラマチックな大作ドラマのフジテレビ版『白い巨塔』の教授令嬢役だった。

この絶頂期を経て80年代後半から晩年に至るまでの島田は、さまざまなゴシップにまみれ、スキャンダラスなヌード写真集を出してファンを騒然とさせたり、国際派女優とうたわれる割にはB級作品(クリストファー・ランバート、ジョン・ローンと共演した1995年のアメリカ映画『ハンテッド』などはかかる布陣であるにもかかわらずとてつもない珍作だった)ばかりであったり、アダルトビデオまがいのソフトに出演したり……いささか痛々しい印象もぬぐえなかった。だが、逝去の後のマスコミの報道やSNSのファンの声は、みごとにこの島田陽子の「失われた40年」には目をつぶり、あの70年代の銀幕の華としての島田にオマージュを捧げているのが素晴らしく感じられた。

私は晩年の数年間、こうした『砂の器』や『犬神家の一族』をめぐって島田さんと劇場で対談することが多く(それこそ昨年末の「角川映画祭」で『犬神家の一族』をめぐるロングトークをさせていただいたのが島田さんがマスコミに姿を現す最後の仕事となった…)、熱いオールド・ファンのまなざしを集めながら機嫌よく出演作を語る島田さんの輝きを間近で仰いでひじょうに嬉しかった。ご一緒に本を出そうというお話もあったのでバックステージで公私にまつわるさまざまな逸話も伺った。

たとえば男性関係についても世間では箱入り清純派女優が悪い男につかまったような書き方がなされがちだったけれども、実際の島田さんは至ってマニッシュなさばさばした気性で、なんとなく(世間の印象とは真反対に)めそめそした男性たちをつい面倒見てしまう姐御肌ゆえのなりゆきだったのかなと想像した。ただ時に取りざたされる金銭問題については、なかなかとぼけた御方だなと苦笑させられる一面も見え、こういう言い方も失礼だが全体としてはなんとも「珍獣」的に関心尽きぬ対象であった。しかし、女優というのは銀幕で「嘘をついてなんぼ」の稼業であって、かかる島田さんの実像とはやや距離のあるあの70年代の楚々とした清純派の輝きをこそ、われわれは大事に語り継げばよいのである。

映画評論家、映画監督。

1962年生まれ。早大政経学部卒業。映画評論家、映画監督。著作に「大島渚全映画秘蔵資料集成」(キネマ旬報映画本大賞2021第一位)「秋吉久美子 調書」「実相寺昭雄 才気の伽藍」「ロマンポルノと実録やくざ映画」「『砂の器』と『日本沈没』70年代日本の超大作映画」「黒澤明の映画術」「グッドモーニング、ゴジラ」「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」「女優 水野久美」「昭和の子役」ほか多数。文化庁芸術祭、芸術選奨、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本民間放送連盟賞、藤本賞などの審査委員をつとめる。監督作品に「インターミッション」(主演:秋吉久美子)、「葬式の名人」(主演:前田敦子)。

樋口尚文の最近の記事