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シリア情勢が尖閣に与える影響

木村正人在英国際ジャーナリスト

二転三転するオバマ大統領

日本政府による尖閣諸島(沖縄県)国有化から1年。ロンドンのシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)で12日、過去1年間の国際情勢を分析した年次報告「戦略概観2013」が発表された。

IISSのジョン・チップマン所長(木村正人撮影)
IISSのジョン・チップマン所長(木村正人撮影)

ジョン・チップマンIISS所長は発表会見で、アサド政権が化学兵器を使用されたとされる問題で事態が二転三転するシリア情勢と、アジアで虎視眈々と力を蓄える中国について言及した。

昨年8月、米大統領選キャンペーンでアサド政権に対し「化学兵器使用がレッドライン(越えてはならない一線)になる」と表明したオバマ米大統領。先月21日の化学兵器使用で1400人以上が死んだことから、アサド政権に懲罰的攻撃を加えることをいったんは決意した。

しかし、最大の盟友・英国の議会が武力行使決議を否決すると、オバマ大統領は武力行使を決断したと表明する一方で、米議会の承認を得ると言い出した。米大統領が自らの大統領権限を議会に譲るなど、これまでの常識では考えらないことだ。

今度は米議会の承認が難しいことがわかると、ロシアのプーチン大統領が提案したシリアの化学兵器の国際管理と化学兵器禁止条約(CWC)調印案に飛びついた。まさに、わらにもすがる思いだったのだろう。

そもそも、ライス国家安全保障担当大統領補佐官、パワー国連大使ら人道的介入主義者に引きずられて、化学兵器使用をレッドラインに設定したのが間違いの始まりだった。とは言え、今回、「自分がレッドラインを引いたのではない。国際社会が引いたのだ」とオバマ大統領が弁解したのはまずかった。

オバマ大統領は「米国は世界の警察官ではない」とまで言ってのけた。これからはロシアや中国が拒否権を持つ国連安全保障理事会で化学兵器の国際管理案について協議する。安保理決議を目指すのは大切なことだが、ロシアはアサド政権による化学兵器使用を認めていない。

誰が化学兵器を使用したのかという出発点で意見が対立しているのに、化学兵器廃棄というゴールで米国とロシアが一致できると信じられるとしたら極めて楽観的な人だろう。オバマ大統領にとって、化学兵器の使用禁止という面子さえ保つことができれば、それで良いということなのだろうか。

アサド政権にはロシアとイラン、レバノンのシーア派組織ヒズボラがつき、反政府勢力内ではイスラム原理主義組織ムスリム同胞団、イスラム過激派「ヌスラ戦線」が影響力を増す。

こうした地政学リスクを考慮すると、化学兵器の使用禁止という規範を守るために限定的とは言え武力行使に踏み切るのは得策ではない。武力行使による結果が予測できず、リスクが大きすぎるからだ。

尖閣への影響は

両者のバランスを考えず、化学兵器使用をレッドラインに設定したオバマ大統領はあまりにも軽率だった。記者会見では米紙ニューヨーク・タイムズのロンドン特派員が「オバマ大統領は米国の権威を低下させたが、同盟国への影響をどうみるか」と質問した。

スティーブン・サイモンIISS-US常任理事は「紛争によって事情が異なるので、シリアのケースが前例として踏襲されることはないだろう。アジアの同盟国にとって、米国に代わる選択肢もない」と懸念を払拭した。

筆者は「シリアのケースは一時的なものとは思わない。オバマ大統領は対中政策に関して、最初は米中対話によるG2を主張し、途中でアジアへのリバランス政策に転換、再びG2に戻ろうとしているように見える。北朝鮮政策については過去4年間、様子見に徹し、今は韓国の朴槿恵大統領に任せてしまった。シリアで見せた弱さが尖閣問題で中国を大胆にすることはないのだろうか」と質問してみた。

アダム・ワードIISS研究部長は「シリアの影響は限定されている。米国は軍事的にも経済的にも政治的にもアジアに深く関与している。尖閣問題に関してはすぐに解決することはないが、米国は現実的に取り組んでいくだろう」と答えた。

ヒラリー・クリントン前米国務長官は尖閣諸島が日米安保条約の適用対象になるとの立場を確認した上で、「日本の施政権を害そうとするいかなる一方的な行為にも反対する」と踏み込んで中国を牽制した。

ケリー現米国務長官は「尖閣諸島が日米安全保障条約の適用範囲にあるとの揺るぎない立場を確認する」と発言している。米国がこのレッドラインを揺るがせにすることはないというのがIISSの見解だった。

中国の領土主張は強固に

チップマン所長は「中国の指導者らは21世紀最初の20年間を戦略的な絶好の機会として、中国のソフトパワーとハードパワーをどう利用するか議論している。習近平国家主席は中国の核心的利益を守り、中国を米国と対等な大国にしたいという決心を固めている」と指摘した。

さらに「中国は歴史を都合よく解釈し、間断なく声を上げ、領土問題での立場を強固にしていく可能性がある。自信をつけた中国の指導者はその立場を強めようとするだろう」と分析。これに対して、「米国は(軍事支援で)同盟国を大胆にさせることなく、安心させなければならない。中国が自己主張を強めることに関して米国はヘッジ(保険)をかけなければならない」と求めている。

しかし、オバマ大統領のリバランス政策はすでに太平洋に55%配置している米国の海軍力を60%に増やそうというものだ。5%が果たして何を保証してくれるのだろうか。残りは日米安保に基づき、日本の海上自衛隊、航空自衛隊が補うことになる。安倍晋三首相が進める集団的自衛権行使の容認は、一昔前なら対米協力の拡大という側面が強かったが、今は中国がアジアのいじめっ子になるのを防ぐという意味で、日本の安全保障とアジアの安定に直結している。(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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