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【東京医大問題】本質は医師のブラック労働環境 医師の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
女子受験者の点数が一律に減点されていた。なぜ医大は女子学生を避けるのか(写真:アフロ)

信じられないニュース

東京医科大学が裏口入学をしていたという疑惑に加え、今度は女子受験者の点数が一律に減点されていたというニュースが報道された。

東京医大、女子受験生を一律減点…合格者数抑制(YOMIURI ONLINE 2018.8.2.)

これは断じて認められない男女差別である。特に「教育」という社会の公共財を提供する大学が、たとえ私立大学とはいえこのような男女差別をしていることはあってはならない。早急に問題を解明する必要がある。

しかしなぜこのような問題が起きたのか。医師の立場から、原因として3点を指摘する。

1, 大学病院経営と繋がる医学部の特殊性

2, 病院現場の劣悪な労働環境という特殊性

3, 女性医師キャリアへの不十分な支援

1, 医学部の特殊性

1点目に、医学部という学部の特殊性を挙げる。

大学にはいろいろな学部があるが、医学部医学科はかなり特殊な学部・学科である。なぜなら、医学部医学科は医師という職業人の養成学校という側面を強く持つためである。卒業生の9割は臨床医(病院で白衣を着て患者さんの治療を行う医師)になる。そのため、病院現場での実習は一年半〜長い大学では二年にも及ぶ。

実習は非常に医師に近いものだ。大学四年生で試験に合格した医学生は「スチューデントドクター」という資格を得て、白衣を着て実際に患者さんの診察・治療に参加し、カルテを書くのである。

そして多くの医師は、卒業後臨床研修を経て、大学医局に入局する。入局とはすなわち、大学病院の一員になることとほぼイコールである。若手のうちは関連病院に出て働くこともあるが、基本的には大学病院に紐づいている。

つまりおおざっぱに言えば、医学部医学科の学生は、将来の大学病院の構成メンバーを嘱望されているのである。

大学病院(あるいは大学法人)はそのアピアランスを増やし、経営を安定させるため、一人でも多くのメンバーが欲しい。

ここで、女子学生の問題が出てくるのだ。女子学生は産休・育休を取り、将来的に大学病院のメンバーとして長年定着しないことが多い。それゆえ、今回のような問題が出てきたのである。

このように、教育と大学(病院)経営がどうしても切り離せないのが、東京医大のような医学部単科大学では特に色濃いのだ。創立102年の伝統があり、愛校心の強い学生・卒業生が多い東京医大では、特に医大存続と繁栄への思いが強いかもしれない。

2, 病院現場の劣悪な労働環境

2点目として、病院現場の劣悪な労働環境という特殊性を挙げたい。

病院では、科によっては男性・女性医師にかかわらず産休・育休を取得することが容易ではない。これが意味するのは、制度としてはあるが、現実的に産休・育休を取得されると現場が回らない、ということである。

そして批判を覚悟で言えば、女性医師の取った休みの分の仕事は、容赦なく男性医師に乗せられる。例えば外科医10人チームの病院で月に3回当直をしていた外科医は、一人抜けると月に4, 5回は当直をしなければならなくなる。ここで重要な点は、病院ではこのような場合、医師を補充して業務負担を増えないようにする対応はほとんどないという点だ。非常勤医師の補充でもあればこういった問題は起きにくいが、しかし病院経営の立場からはそんな予算がない。医師確保にはかなりのコストがかかる。

病院の収支を決めているのは、大雑把に言えば国だ。規制産業の一部である病院経営は、強く規制当局である厚生労働省に左右される。大儲けがない代わりに、大損もない。その代わり、点数(=診療報酬)という名の、国が決めた政策にきちんと従わなければならない。事実、厚生労働省が「こういう政策をしよう」とした場合、高い診療報酬で誘導することはよくある(ジェネリック医薬品、在宅医療など)。

だから、この問題の奥の奥には、女性医師の抜けた分をカバーしない診療報酬体系にある可能性がある。

その結果、連続36時間労働が当たり前で、医師の多くは厚生労働省の定める過労死レベルをはるかに超える労働時間を働き、毎年のように医師過労死のニュースが報道される。

病院経営の視点からは、現状では、日本で労働法的に適法に病院を経営することは難しい。そして女性医師の増加はこれに拍車をかけるだろう。これを解決するには医師数を増やすしかないが、医師養成には費用がかかる。そしてそのお金は医療費として国民が負担することになる。

その上、医師の業務の性質上「今日からパートでこの人が手伝います」がしにくいのだ。病院には独特な文化があり、独自のルールを持っている。間違えると医療事故の危険がある。だから、同じ医師とはいえ「その病院に」慣れた医師でないと、なかなか部分的に手伝ってもらうことが難しい側面もある。

3, 女性医師キャリアへの不十分な支援

3点目として、女性医師キャリアへの不十分な支援が挙げられる。

ここで女性医師の全体像を見てみよう。

厚生労働省によると、全医師数に占める女性医師の割合は増加傾向にあり、19.7%(平成24年時点)を占める。また、世界でみると日本の女性医師数が少ないことがわかる。

OECD各国における女性医師数の比較 (Health at a Glance 2015 OECD Indicatorsより引用、筆者一部加工)
OECD各国における女性医師数の比較 (Health at a Glance 2015 OECD Indicatorsより引用、筆者一部加工)

一位のエストニアに続き上位にはヨーロッパ各国が並び、日本は最下位だ。

これほど少ないのは、医学界の古い男性優先の体質だけではなく、女性医師の働く環境が整っていないことが原因だろう。

今でも筆者は、女性の医学生や若手医師に「将来専門にする科を決めるにあたり、私は結婚をしたいのですが女性だとどこがオススメですか」などという質問をよく受ける。いかに産休・育休を含む女性医師のキャリアへの理解と体制がないかがわかる実例だ。

実際のところ、女性医師は出産・育児でキャリアを分断され、その後元のキャリアに戻れないことが多い。私の知人の女性外科医師の苦悩については、過去記事(「子育てもオペもしたい」ある女性外科医の苦悩)に書いた通りだ。業界全体に女性医師を歓迎しない土壌があることは否めない。

このような、女性医師が働きにくい環境が、本件の遠因になっていると考える。

他の医大でも、面接試験の点数などで女子が合格しづらいような調整をしている可能性は十分にある。

今後、女性医師は増えていくことが予想されている。女性医師がいかにキャリアを閉ざさず一生医師として働ける環境を作るかが、これからの課題である。

3点見てきたように、この問題は東京医大だけの問題ではなく、女性医師だけの問題でもない。日本の医療全体に関わる問題が、一つの形として表出してきたのが本件なのだ。

(引用・参考文献)

厚生労働省ホームページ

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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