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「子育てもオペもしたい」ある女性外科医の苦悩

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
子育てのため、第一線から離れざるをえない女性医師は少なくない(ペイレスイメージズ/アフロ)

私の勤める病院(福島県郡山市の総合南東北病院)に、とある女性外科医がいます。仮にM先生としておきます。M先生は生後8ヶ月のベビーの子育てをしながら、週に一日か二日は東京から新幹線で1時間半かけて総合南東北病院に出勤し、手術などの業務に携わってくれています。

本記事では、彼女から聞いた「子育てと仕事の両立のリアル」を書き、そこから見えてくる女性医師のキャリアアップの問題点について、同僚医師という立場から考えてみました。勤労感謝の日に、働き方について少しだけ考えてみませんか。

「時短勤務なら手術はちょっと・・・」と言われ

M先生の専門は外科で、特に大腸がんの手術です。医師免許を持ってから10年が経ち、その間は国内有数の病院で勤務していたこともあり、すでにかなりの手術経験を積んでいます。そしてさらなる技術向上のために、もっともっと手術に参加し学びたいと考えています。本人いわく、「死ぬほど手術したい」だそうです。

一方、M先生には夫と生後8ヶ月の赤ちゃんがいます。彼女の夫は大学に勤める研究者で、ある程度時間の融通はききやすいそうです。お話を聞くとなかなか子育てには協力的で、赤ちゃんをお風呂に入れたり毎日夕ご飯を作るなどしているそうです。

そんな彼女ですが、別の病院に勤めていた頃、妊娠ー出産をしました。妊娠中はつわりによる吐き気や嘔吐がひどく、外科の仕事をフルにすることができませんでした。そこで時短勤務をさせてもらっていました。外科医の勤務時間は、病院にもよりますが7時半〜20時くらいのところが多く、そんな中で彼女は8時〜19時の勤務をし当直や土日勤務の免除をして貰っていました。時短勤務をした理由は、妊娠中でも彼女は自分の外科医としてのキャリアを中断させたくなく、またさらに外科医としてウデを磨きたかったのでなるべく休みたくなかったからです。確かに外科医にとって、手術はほんの数ヶ月離れるだけでもウデが落ちてくるような恐怖がありますので、その気持ちは私も痛いほどわかります。

しかし、その職場では残念ながら時短勤務の理解があまり得られなかったようで、「早く帰るのに手術に入りたいなんて、周りの人の気持ちを考えていないんじゃないか」と言われたそう。解説しますと、外科医はとにかく一件でも多く手術に参加したいのです。そうすれば一日でも早くウデをあげることができます。ですから外科医にとって「手術に入るな=手術のウデは磨くな」ということです。M先生はこれにかなり苦しんだそうです。

産休は3ヶ月、それでも復帰時には恐怖

そしてお産のために産休をとり、3ヶ月後に私の病院の外科医として職場復帰。その時彼女は「とてつもない恐怖」を感じていたそうです。私もこれまでに一度、2ヶ月の手術室ブランクがあったので、その気持ちはよくわかります。手術とは「手」の「術」。毎日毎日手を動かしていないと、あっという間に技術は落ちてしまうでしょう。

そんなM先生ですが、今では週に1、2日は新幹線に乗って手術を手伝いに来てくれています。私たちとしては彼女の外科医キャリアを応援したいですし、ちょっとおおげさに言えば今日本で減り続けている貴重な貴重な外科医をドロップアウトさせたくありません。もちろん彼女の温厚な人柄に癒されているのも事実です。

彼女を苦しめる三つの苦悩

ところが、彼女は私に「働くにあたって三つの悩みがあります」と打ち明けました。それは、

・保育園の悩み

・職場の悩み

・「子供を預けてまで働くのか」という罪悪感

だそうです。保育園の悩みは現実的にかなり厳しいようで、二人とも働いていてもなかなか入れないそう。そして職場の悩みは、前の職場で言われた「早く帰るのに手術に入りたいなんて、周りの人の気持ちを考えていないんじゃないか」という一言が忘れられないそうです。

しかし、最も彼女が悩んでいるのは3つ目の「子供を預けてまで働くのか」という罪悪感なんだそうです。

正直なところ、私はそんなことを言われるなど想像もつきませんでした。

彼女が言うには、「今は親と夫の多大なる協力で、さらに子供を預けてなんとか週1、2日の勤務ができている。しかし、私はそこまでして働きたいのか。親としてそれはどうなのか」と悩むのだそうです。

全外科医の1%しかいない女性外科医

私は、M先生のような女性外科医が、妊娠出産や子育てと多忙な外科医という職を両立してほしいと強く願っています。

理由は単純で、減り続ける外科医を増やす鍵は女性外科医だからです。

あまり知られていませんが、消化器外科というお腹の胃腸を専門とした外科医のうち、女性はわずか1%くらいしかいません。そして外科医は相対的に減り続けています。医師全体で見ると女性医師はどんどん増えていますから、女性医師に外科医になってもらうのは外科医不足の一つの重要な手立てだと考えています。それについてはこの記事(「続く外科医不足、改善の鍵は女性医師」)でも詳細に論じたとおりです。

同じように、せっかく専門として外科を選択してくれた女性外科医を減らさないことは、外科界にとって喫緊の課題だと考えます。

勤労感謝の日である今日。記事では外科医の話だけをしましたが、他の職種であっても同じ悩みを持つ女性は多いだろうと推測します。

問題提起になればと、この記事はご本人の許可を得て執筆しました。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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