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閉店した純喫茶の家具・食器類を買取販売し、喫茶店文化を未来へ繋ぐ「村田商會」はナポリタンも美味しい!

田中健介ライター

世の中には様々な商いがある。

人はなぜ商売をするのか。それは「生きていくため」と答える人が大半であろう。でもそれだけでは物足りないのが複雑に入り組んだ人間社会。この人間社会とは、ただ働いてお金を得るだけではない何かを必要とする物事に溢れているのだ。人々は時代に応じて、様々な変化を遂げていく。それが文明というものであるが、その反面で大事なものも失ってしまっているのかも知れない。

例えば昭和の時代、どの街にも、その周辺の人々の憩いの場である個人経営の喫茶店があった。

重厚感のある設えに品の良い音楽が流れる空間で、馴染みのマスターに顔を合わせるために足しげく通う人、地元の噂話に花を咲かせに来る人、リセットに来る恋に破れた女がひとり、悪い取引をしているいかつい男たち……。

激動の昭和は遠くなりにけり、平成も終わって久しい令和の時代。そんな個人経営の喫茶店は徐々に画一化されたチェーン店のコーヒーショップ、またはカフェへと形を変え、ノマドというよくわからない言葉の空間にも利用され、純喫茶という言葉の意味さえわからない人も増えてきた。

ネット販売を主としつつ喫茶店も営み、一部を展示販売

そんな街の喫茶店の良さを後世へ伝えていこうと、閉店した純喫茶、喫茶店の家具や食器類などを買取販売しているのが「村田商會」。ネット販売を主としながら、東京都杉並区西荻北、JR西荻窪駅から徒歩3分の場所に喫茶店を営み、一部を展示販売している。

店外には閉店した喫茶店から引き取ったイスやテーブルなどが並ぶ。

店内には食器などの小物類が並ぶ。いくつかピックアップしてみよう。

喫茶店と言えばプリン・ア・ラ・モード。ボート型グラスは喫茶店を経営していなくとも欲しくなる。

昭和を生きた者にとっては懐かしい、サントリーエードのグラス。

恐らくメーカーの協賛で作られたのであろうコーヒーの卓上POP。

閉店した洋食屋で使用されていた食券プレート。キーホルダーやストラップとして身に着けたらオシャレな気がする。

行きつけの喫茶店の閉店時にもらった椅子がきっかけ

村田商會の代表・村田龍一さんに話を聞く。

__この喫茶店は経年の味わいを感じますが、古くからやられているお店なんでしょうか。

村田さん:元々は「POT(ポット)」という名前の喫茶店で、50年前に開店したお店だったのですが、5年前に私がPOTのマスターから引き継ぎました。

店舗入り口に掲示されていたPOTのロゴはほぼ同じサイズで村田商會のロゴに入れ替わっている
店舗入り口に掲示されていたPOTのロゴはほぼ同じサイズで村田商會のロゴに入れ替わっている

__村田さんの事業のメインは閉店した喫茶店の家具類の買取販売とのことですが、喫茶店も並行してやられているのですね。

村田さん:買取販売はここを引き継いだ5年前のさらに3年前から行っていたのですが、人づてにPOTが閉店するという話を聞いて。当時私は石神井公園に住んでいたのですが、この西荻窪は自転車でも通える範囲だったので、喫茶店もやりながら引き取った家具類の展示販売もできるから良いかなと始めました。

店舗の窓には「POT」時代のイラストがそのまま残る
店舗の窓には「POT」時代のイラストがそのまま残る

__なぜ喫茶店の家具類を買取販売する事業を始めようと思ったのですか。

村田さん:元々学生の頃から純喫茶というものが好きで、いろいろな所を巡っていたのですが、私が20代半ばによく行っていた喫茶店が閉店することになって、マスターから椅子とか欲しければあげるよと言われて引き取ったことが最初のきっかけでした。喫茶店の椅子とかテーブルって味わいがあるじゃないですか。でもそういう類のものって骨董屋さんとかに行ってもまず売ってないんですよ。

__確かに大概閉店するお店の物は一部は常連の人に譲ったりとかはあるかも知れないけれど、大半は捨てられてしまうケースがほとんどかも知れませんね。

村田さん:それがもったいないと感じて。あの店の椅子やテーブルが欲しいな、と思う人って私以外でもいるのではないかと考えて、そういう専門の引き取り業者があってもいいんじゃないかという構想がどんどん広がって、サラリーマンを辞めて2015年に起業しました。

この商売を続けていく中で感じた喫茶店業界の現状

__個人経営の喫茶店は減少傾向にあると思いますが、村田さんがこういった事業をしてきた中で、昨今の喫茶店業界の事情についてどのように思われますか。

村田さん:古くから喫茶店を営んできた方からは1970年代から80年代くらいは全盛期で儲かったけど、今はどこもそれほどでもない、いやあもう全然……という話を多く聞きますので、時代の流れというのはどうしてもあると思うし、減っていくこと自体は仕方のないことだと思っています。古くからある喫茶店はだいたい一代経営で店主は70~80歳代になっています。そうするとそのご子息が40代くらいになっていて、それなりの仕事に就き、家庭も持っている。それらを捨ててまで喫茶店を継ごうというのは余程のことがなければ現実的に難しいと思います。

__全盛期と同じくらい売り続けているのであれば、引き継ぐ話も現実的になってくるのでしょうが、多くの喫茶店は全盛期よりもお客さんが減っているという現状なんですね。

村田さん:ただ近年は純喫茶ブームなどもあって若い年齢層、20代くらいの方が古い喫茶店を引き継ぐという事例もいくつか出てきていて、すごく頼もしく感じています。一昔前までは家族以外の誰かに引き継ぐなんていうケースはなかなかありえなかったですよね。インターネットやSNSの普及で情報発信や共有が盛んになって、事業承継の選択肢も多様化してきているのだと思います。

__若い世代が喫茶店を引き継ぐというのはどういう思いがあると思われますか。

村田さん:ひとつ言えるのは今の若い世代の方々が古いお店を引き継ぐ、という生き方に対して魅力的に映る部分があるようですね。単純に喫茶店がやりたいとか、商売として成功したいとか、そういうものとは別のモチベーションがあるようです。

__昔は喫茶店をやろうと考えていた人たちには「ひと山当ててやる」という思いが多かったのだろうと思います。わかりやすい商売でしょうし、実際それで生計も立てやすい時代だったでしょうから。

村田さん:日本の経済も大きく変化して、人口もこれから減少していく中で、「ひと山当てる」という考えとは異なる価値観が若い人たちには醸成されつつあるのかも知れませんね。

閉店を見届ける前にまず存続の可能性を見つけたい

__喫茶店が閉店すればその家具類を買い取ることで村田さんとしては商売に繋がりますが、閉店せずに将来性がある人に継いでもらえて存続できたら嬉しいですよね。

村田さん:やはり街の喫茶店は私自身も大好きですし、街からその風景が失われることは寂しいことですから、閉店を検討しているお店から家具類を買い取る前に事業承継の相談には乗っています。なんとか残すことはできないかと。お店を継ぎたいと考えている人への橋渡しとかも可能な範囲でやっています。そこは商売とは切り離して。

大好きだった喫茶店の椅子を購入した珈琲専門店山百合の慶野さん

村田さんが話していた、若い世代が喫茶店を引き継ぐケースのひとつを紹介する。
横浜市鶴見区にある「珈琲専門店山百合」は1975(昭和50)年に創業。
慶野未来さんは、2年前に25歳にしてこの店を引き継いだ。

__なぜ喫茶店を継ごうと考えたのですか。

慶野さん:元々は教員をしていたのですが、喫茶店めぐりが趣味だったので。後継者を探している喫茶店があると聞いて、初めてここへ来たときに一目惚れして、思い切って引き継いでしまいました。

「山百合」のものよりも一回り大きめな「珈琲アップ」の椅子
「山百合」のものよりも一回り大きめな「珈琲アップ」の椅子

喫茶店を巡ることが好きな慶野さんは、横浜市・東神奈川で43年間営業していた「珈琲アップ」という喫茶店が大好きだった。今年3月いっぱいで閉店し、家具類が村田商會で引き取られ販売していたことを知り、椅子を1脚購入。山百合の店内にお客さんの荷物置きなどの用途で設置している。

__アップの椅子が村田商會で販売していたことをどのようにして知ったのかもそうですが、村田商會とはどのようにして出会ったのでしょうか。

慶野さん:ちょうど2年前に山百合を引き継ぐにあたり、インターネットで喫茶店の事業承継のような内容を検索していましたら村田商會さんが出てきて、村田さんの思いなどについては日頃からチェックしていました。
喫茶店の引き継ぎというのは、人間が引き継ぐことばかり考えていましたが、お店で使われていた一つ一つの物にも歴史やストーリーがあって、それらを必要な人に引き継いでもらおうという村田商會さんの取り組みに感激したのです。
アップさんも喫茶店めぐりする中で大好きなお店で最後の一週間は毎日通っていたのですが、閉店後にアップさんの家具類が村田商會さんで引き取られていることを知って、これはもう行くしかないと、直接伺って家具や食器類を買い取らせてほしいとお願いしに行きました。

珈琲専門店山百合の慶野未来さん(画像提供:voostup.com)
珈琲専門店山百合の慶野未来さん(画像提供:voostup.com)

__慶野さんが喫茶店を運営していく上で、村田商會はどのような存在ですか。

慶野さん:喫茶店を引き継いでみて常々感じているのは「古いものは新しくは作れない」ということです。修繕したい部分があってもそのパーツはもうなかったり、今まで使用していた道具類は終売になっていたり。古き良きものは、誰かが残そうとしないと残らないんです。文化って人と人とで紡いでいくから残るものだと思うのです。
だから家具や食器類などを買い取って販売する村田商會さんはこれからの日本の喫茶文化を残していくためにとても大事な存在だと思います。

村田商會こだわりのナポリタンとコーヒーをいただこう

話を村田商會へ戻そう。
開店前に行った取材は村田さんからいろいろな話を聞いていくうち、あっという間に喫茶店の開店時間を迎えた。では村田さんがこだわるナポリタンとコーヒーをいただこう。

まずはナポリタンを調理シーンから。
具材は玉ねぎ、ピーマン、マッシュルームにスライスベーコン。これらをオリーブオイルで炒めてから、カゴメのトマトケチャップを投入し混ぜ合わせる。そして1.9の茹で置きスパゲッティを投入し、さらに炒めていく。

村田さん:スパゲッティの茹で置きというのはやはり喫茶店のオペレーション上、とても合っていると感じています。オーダー毎に茹でるわけにもいかないし、茹で置きであるからこそのナポリタン美味しさとも感じていますから。先人の方々はよく考えたものです。

仕上げにドライパセリがトッピングされ、ナポリタン完成。
村田商會オリジナルの紙ナプキンは記念に取っておきたい。
この日は夏日だったので、アイスコーヒーを頼んだ。

ナポリタンを実食する。
シンプルなナポリタンこそ、喫茶店のナポリタンだと思う。
シンプルなほどごまかしはきかない。これを作り続けるのは意外と難しいのだ。
いつ来てもこの味なのだろう、毎日食べてもいいくらいの安心するナポリタンだ。

村田さん:喫茶店へ行くといろんなものを食べたり飲んだりしたいので、絶対ナポリタンを食べる!というほどの思い入れはないのですが、やはり時々いろんなお店で食べる機会はあって、お店ごとに違う味という面白さは感じていました。うちのナポリタンは我流ですが、喫茶店を巡った中でヒントを得たり、喫茶店でナポリタンを作っていた人に教えを請うたりして行き着いたものです。

アイスコーヒーはお店と同じ西荻窪の「アロマ珈琲」で焙煎したもの。
メニューでその街が見えてくるというのも、街の喫茶店の醍醐味だ。
すっきりした香りと苦味だ。

ありし日の喫茶店の、元気だった時代の「志」を次世代へ

世の中には様々な商いがある。
元気だった頃の日本にたくさん存在した街の喫茶店の「志」を次世代に繋ぐという村田商會の事業は、今までにないものであり、今だからこそ生まれたものであり、社会的にも文化的にもとても必要な事業だと感じるとともに、村田さんの人柄から滲む優しさや尊さを感じた。

そして、ありし日の永六輔氏が遺した言葉を切り取ったテレビCMをふと思い出した。

「世の中変わっていくけども、絶対に変えてはいけないものは、変えない」

【村田商會】
〒167-0042東京都杉並区西荻北3-22-17
https://muratashokai.theshop.jp/

ライター

日本ナポリタン学会会長としてナポリタンの面白さを発信。 著書に「ナポリタンの不思議」(マイナビ新書)、「麺食力」(ビズ・アップロード) その他「横濱建築」(TWO VIRGINS)、「はま太郎」(星羊社)などへ執筆。

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