中国の90后が渡辺麻友の引退に涙するワケ
「渡辺麻友退出娯楽圏!」(渡辺麻友、芸能界を引退!)
6月1日、日本のネット上で「渡辺麻友引退」というニュース速報が流れた数分後、中国のニュースサイトでも、同様のニュースが駆け巡った。日本のスポーツ新聞の記事を中国語に翻訳したものを中心に、SNSでもホットなトピックスになった。
「突然のことすぎてショック・・・私の青春が終わっちゃった・・・」
「mayuyu 永遠にあなたを愛しています」
「馬友友(まゆゆ)、これからもっと身体を大事にしてね」
「大好きだった。また元気になって芸能界に戻ってくるのを待っているよ」
こんなコメントがSNS上にたくさん掲載された。
多くがAKB48時代からの長年のファンで、現在20代後半から30代後半の男性だ。中国でいえば80后(バーリンホー、80年代生まれ)から90后(ジウリンホー、90年代生まれ)の年代の人が比較的多い。
コメントとともに、AKB48時代に渡辺さんがセンターで歌っていたときの映像や渡辺さんの顔写真などを掲載し、突然の引退を悲しんでいる様子がよくわかった。日本のSNSで見るファンたちとまったく同じような反応だ。
渡辺さんといえば、元AKB48の主要メンバーで、「まゆゆ」の愛称で親しまれている正統派アイドル。近年は女優として頭角を現わしていたが、2014年に彼女が「AKB48 37thシングル選抜総選挙」で第1位に輝いたとき、「中国人ファンの投票が非常に多かったことが後押しになった」と中国メディアで報じられたことは、業界関係者の間ではよく知られている。
それくらい、中国でも彼女の人気と知名度は高く、2017年のAKB48卒業コンサートは中国でも約200万人がネットで視聴したといわれた。
2014~2016年頃にかけて、私は中国での日本のアイドル人気を取材したことがあるが、当時20代半ばだった中国人男性は「まゆゆが1位を目指して一生懸命努力している姿にとても胸を打たれました。アイドルとして売れているのに天狗にならず、どんなに大変なときも笑顔で舞台に立つ健気な姿に惹かれました」と話していた。
中国人ファンの間でも「癒やし」だった
折しも経済成長が著しかった中国では、2010年頃からアイドルへの関心が非常に高まってきていた。それまでの中国には、日本で1970年代頃から育っていったような、いわゆる「アイドル文化」は存在しなかったが、2012年にAKB48の海外姉妹ユニットであるSNH48が発足し、次第にマーケットができ始めているという時期でもあった。
当初、中国の若者の芸能人への関心は、日本のジャニーズや韓流スターなど、海外アイドルに向かうことが多かったが、マーケットの形成とともに、中国人の若いアイドルグループも育成されるようになっていた。だが、憧れの頂点は何といっても、当時、日本のアイドル界の頂点に立っていたAKB48であり、その中心的存在である渡辺さんなど「神7(セブン)」と呼ばれる主要メンバーだった。渡辺さんの全盛期は、中国人の日本人アイドルへの関心のピークとほぼ合致している。
2010~2015年頃に大学生だった若者は現在24~32歳くらいとなっており、社会人として働き盛りの年齢だ。近年では中国の受験状況は少しずつ変化してきているが、10年ほど前は現在よりもずっと受験競争が厳しく、中国では、自分のやりたいことをすべて我慢して大学受験に臨まなければならない若者がほとんどだった。
日本のメディアでも報道されているが、中国の中学・高校には、日本と同じようなクラブ活動はなく、恋愛も基本的には禁止。日本人の何倍も勉強一辺倒の生活を送る人が多く、かつてはアイドルに憧れることすらも許されなかった。
ここ数年で中国もかなり様変わりしてきて、ネットを中心にアイドルはたくさん出現しているし、動画アプリを使ってアイドル的な活動を行い、スター的存在にのし上がっている人も大勢いるが、10年前はまったくそうではなかった。
そんなとき、海の向こうの日本のアイドルが、精神的な支えや癒やしになっていた、という男性ファンは多かった。そんな彼らにとって「まゆゆ引退」は、まるで自分の青春時代が終わってしまったかのような、そんな寂しさを覚えるのだろう。