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東京での俳優業からちょっと離れて奄美の島へ。期間限定移住していた人気イラストレーターを訪ねて

水上賢治映画ライター
「夫とちょっと離れて島暮らし」を完成させた國武綾監督  筆者撮影

 奄美地方で公開が始まると、異例の連日満員御礼!その反響を得て、現在東京での公開が始まったドキュメンタリー映画「夫とちょっと離れて島暮らし」。 

 奄美群島の加計呂麻島に期間限定移住していたイラストレーターのちゃずの島暮らし生活をみつめた本作は、いろいろな視点から語れる1作といっていいかもしれない。

 それこそ島暮らしに憧れている人にとっては、その生活のひとつの指針になるかもしれないし、夫とちょっと離れて暮らすという観点から、夫婦関係の在り方について考える人もいるかもしれない。

 もちろんInstagramのフォロワーが10万人を超す人気イラストレーターのちゃずが、島でどんな生活を送っていたかに興味を抱く人もいることだろう。

きっかけはラジオから聞こえてきたちゃずさんの活き活きした声

 夫と離れて島暮らしをはじめた、ちゃずの何に心惹かれ、彼女との日々から何を感じたのか? 手掛けた國武綾監督に訊く。(全四回)

 はじめに、イラストレーターのちゃずを知ったきっかけを國武監督こう明かす。

「まず、2018年に夫(※映画監督で映画プロデューサーの中川究矢。彼は本作のプロデューサーも務めている)と旅行で初めて奄美大島を訪れて、瞬く間に魅了されて移住したいと思ってんです。

 そこから奄美に興味を持ち始める中で、あるラジオ番組にちゃずさんがゲスト出演されていて、その放送を偶然耳にしたんですけど、心を惹かれるところがありました。

 もちろん、夫と離れて島暮らしって、『どういうこと』ということもあったんですけど、それ以上にちゃずさんの声がもうまぶしいぐらいに活き活きしているのが印象的でした。

 本人には失礼なんですけど、すごくお話が上手というわけではない。緊張もされていて、たどたどしい部分もあるんですけど、でも、すごく声が生き生きしていて、なにかこっちも元気になってくる。

 奄美で暮らすとこういう感じになれるのかな?と、ちょっとうらやましくなりました。

 また、島で暮らす事でご自身の絵描きとしての(創作)活動が展開していったという話もされていて、同じ表現を志す者として、創作(活動)が展開したという部分にとても興味を持ちました。

 それから、ちゃずさんのすっかりハマって、インスタグラムをフォローして、島暮らしマンガを読んで、著書も読んで、とファンになりました」

「夫とちょっと離れて島暮らし」を完成させた國武綾監督  筆者撮影
「夫とちょっと離れて島暮らし」を完成させた國武綾監督  筆者撮影

自分が生きて感じていることと、いただいた役の溝がどうやっても埋まらない

この時期は、かなり精神的に参っていました

 ご存知の方もいると思うが國武は、これまで俳優として活躍。「恋の渦」や「サッドティー」をはじめとした映画やドラマなど、数々の作品に出演してきた。

 そのキャリアがある中で、今回「夫とちょっと離れて島暮らし」では初監督に臨んでいる。

 この初監督への挑戦に至る時期は、ひじょうに苦しい時間を過ごしていたと明かす。

「ちゃずさんの撮影にいくのは、2020年の2月になるんですけど、その少し前から都会で暮らすことにストレスを感じ始めていました。

 もともと奄美にいったときに『移住したい』と思ったことからもわかるように、自然とともにあるような暮らしをしたいと思っていて。

 星空が見えなかったり、コンクリートに囲まれた生活に『自分はあまりなじまないな』という思いをずっと抱えていました。

 そのような影響は演じることにも出ていて、たまたまなのかもしれないですけど、いままではたとえば自分の実像とかけ離れた役でも、なにかしらとっかかりのようなものがみつけられて最終的には演じることができてきた。

 でも、この時期は、なにか自分が生きて感じていることと、いただいた役の溝がどうやっても埋まらない。

 役者を続けて10年ぐらい、自分にはこの道以外考えられないとずっと思ってやってきました。いまは、そんなことはなくて、ほかにもやりたいことがあったら何でもやってみればいいと思えるようになったし、実際、今回監督に挑戦して良かったと思っています。だから、『役者しかできない』と思い込んでいた当時のことがちょっと怖い。

 でも、当時は、心の余裕がなくて、役者の仕事しかないと思い込んでいた。なのに、役に違和感を抱えることが多くなっていって、すごくしんどい。そういう状況で、この時期は、かなり精神的に参っていました」

いてもたってもいられず、どうにか時間を作って加計呂麻島へ!

 そういう時期にいたとき、ちゃずの「あと2カ月で島を出ます」という投稿を目にして、いてもたってもいられなくなったという。

「もう、これは衝動的に思い立ったとしか言いようがない。もう理屈じゃなかったといいますか。

 その投稿を見た瞬間に、『ちゃずさんの島暮らしがあと少しで終わってしまう。これは私が撮っておかなければいけないんじゃないか』と心が動いてしまった。

 その時点では、ちゃずさんに会ったこともなければ、連絡を取ったこともない。でも、『撮りたい』という思いにかられてしまった。

 振り返ると、もしかしたら精神的に参っていたので、奄美へ行って自分が何を大事にしたいのかを思い出さなければ(現況から抜け出す方法を奄美で見つけなければ)、という想いもあったのかもしれない。

 その一方で、同じころ、今回、主題歌をお願いした坂口恭平さんの本を手にとって心を 動かされ、自分でなにか始めたほうがいいのではないか。この苦しい状況を打破するには、自分からなにか動かなくてはいけないという気持ちが少し芽生えてもいました。

 それがもしかしたら監督という新たな挑戦へと向かわせたのかもしれない。

 でも、そんな深くは当時はかんがえていなくて、『ちゃずさんが島を去る』ときいたときに、とにかく『ちゃずさんを撮りたい』と急に思い立ってしまった。

 いてもたってもいられないので、どうにか時間を作っていく算段を整えました。

 (隣を見ると夫も映画監督で)改めて現状を考えてみると、いまなら映画を作れると思いました。

 で、思い立って夫に聞くとわかってもらえ、さらに資金面でバックアップを約束してくれる方も現れて、好運にも奄美にいく段取りがついてしまったんですよ。

 それで、ちゃずさんのいる加計呂麻島に向かいました。

 この時点では、一応撮影をさせてほしいとの連絡を入れただけで、正式には撮影をOKしていただけるかはまだわかりませんでした。でも、とにかく現地に行ってちゃずさんにお会いして話を聞いてもらおうと、旅立ちました」

(第二回に続く)

「夫とちょっと離れて島暮らし」より
「夫とちょっと離れて島暮らし」より

「夫とちょっと離れて島暮らし」

監督:國武綾

プロデューサー:中川究矢

出演:ちゃず、マム、ヘイ兄、加計呂麻島 西阿室集落のみなさん、

けんちゃん ほか

2022年1月7日(金)まで新宿 K’s cinemaにて公開中

場面写真はすべて(C)「夫とちょっと離れて島暮らし」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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