人類200万年の歴史が2時間半に凝縮、谷賢一作・演出の『人類史』がKAAT神奈川芸術劇場にて開幕
KAAT神奈川芸術劇場主催による舞台『人類史』は、ユヴァル・ノア・ハラリの名著『サピエンス全史』に衝撃を受けた作・演出の谷賢一の「野望」から生まれた作品だという。東出昌大・昆夏美・山路和弘らが出演する。
このような題材を舞台化してみようという大胆な挑戦に興味津々で、初日に足を運んでみた。すると、ほんとうに人類200万年の歴史が2時間の舞台に凝縮されていたことに驚かされた。
気の遠くなりそうな時の経過をジェットコースターのように体感できる醍醐味がある。今まで頭で理解していたことがリアルに迫ってくる感覚も新鮮だ。とくに『サピエンス全史』を読んだ人は必見の舞台である。
200万年前から1万年前までが描かれる1幕「サピエンスの誕生」と、400年前から現代・近未来までが描かれる2幕「科学革命」の2部構成。1幕ではダンス主体で人類の進化が描かれる。いっぽう2幕は中世から近代への転換期に生きる人々の葛藤が台詞劇によって描かれる。まるで2つの別の作品を見ているような密度の濃さだ。
類人猿たちが四足歩行をしている場面から始まる幕開きからして衝撃だ。舞台は薄暗く、静かで、誰が誰かもわからない。やがて人は二足歩行するようになり、言葉を話し始め、火を使うようになる。舞台は少しずつ明るく、動的になっていく。
人が初めて舞踊を、絵画を、そして音楽を獲得した瞬間は心が震えた。舞台が一気に華やかになったのだ。これが芸術の力、そして演劇の力なのだと改めて思う。
そして1万年前、農耕が始まり作物を蓄えることができるようになると、貧富の差が生まれ、人は支配する者とされる者に分かれていく。ハラリは『サピエンス全史』の中で、国家という存在は人々の「想像上の秩序」で成り立っており、それは共有された神話を信じる気持ちに支えられていると言っているが、この舞台では一人の奴隷が「妄想による支配」のカラクリに気付いてしまう。果たして、彼のたどった運命や如何に…?
休憩の間も時は経過し、2幕は1616年のヴェネツィアへ。科学者ガリレオが、とある宿屋を訪れたところから始まる。この時代にガリレオの地動説をはじめ多くの科学法則が発見され、「神が支配する世の中」から「人間が支配する世の中」へと大きく変わったとはよく言われるけれど、宿屋兼居酒屋「子馬亭」での一コマが見事にこの大転換の縮図となっている。
ペストの発生に恐れをなし、異端審問にかけられたガリレオに白い目を向ける人々の姿が、2020年をそっくりそのまま写し取っているようで苦笑いである。「善良な市民」の物言いは、現代の自粛警察さながらだ。
しかし、最初は口をつぐんでいたガリレオの言葉に人々は耳を傾け始める。最初は恐る恐る、だが、あっという間に皆が科学の虜になっていく。
時間が進むスピードは現代が近づくにつれて一気に加速する。科学が発達し、時代を変える音楽や映画、演劇がつぎつきと生み出される過程にはワクワクさせられる。1幕、2幕を通じて感じるのは「芸術の力」に対するリスペクトだ。これはコロナ禍の今の時代だからこそ、より強く心に響くメッセージである。
東出昌大が演じる「男」と昆夏美が演じる「女」は時代を超えて転生し、惹かれ合う。「人類史」を俯瞰的に描く本作の中で織り交ぜられるロマンスが、ときめきを感じさせてくれる。
そして希望と畏れ、光と闇を同時に感じさせる結末。さて、2050年について書かれたページにはいったい何が書かれているのか? それは、今の時代を私たちがどう生きるか次第、ということなのだろう。