アカデミー賞めざす傑作に「ユダヤ人」「イスラエル」関連が目立つ今年 たまたまか、現実がそうさせる?
次のアカデミー賞に向けて、有力作が見えてきたこの時期。もちろんヴァラエティに富んだ作品群ながら、妙に多く感じるトピックがある。それはイスラエルやユダヤ人の歴史に深く関わったドラマだ。
アメリカ社会、特に映画の中心であるハリウッドの業界でユダヤ系は大きな力を持ち、それゆえに現在進行中、悲劇が止まらないイスラエルとパレスチナおよび周辺国家の問題に関し、イスラエルを批判する声は抑えられている。アカデミー賞授賞式は、通常なら世界で起こっている戦争に対しての政治的メッセージが発せられる場であった。それは壇上でのスピーチや、抗議のために身につけた何かで、全世界に伝えられた。しかし今年3月の授賞式では、パレスチナの旗のピンバッジを着けていたのは、フランス映画『落下の解剖学』の面々のみ。ハリウッドの中心にいる人たちは、あからさまなイスラエル批判のアピールはせず、ビリー・アイリッシュ。マーク・ラファロら一部のスターが“戦争反対”の赤いピンバッジを着けていたのみ。同じく進行中のロシアのウクライナ侵攻も含めた、静かな抗議となっていた。
そんなハリウッドの最大の祭典、アカデミー賞では、ユダヤ人の歴史に関わった作品が主要部門に絡むケースがある。前回は、アウシュヴィッツ収容所の所長一家を描いた『関心領域』が2部門で受賞(ただ同作は、イギリス・ポーランド合作なのでハリウッド作品ではない)。過去を遡れば、この系列ではスティーヴン・スピルバーグ監督『シンドラーのリスト』の作品賞受賞、『ソフィーの選択』のメリル・ストリープの主演女優賞などもあったが、とは言っても、人種問題(特にアフリカ系アメリカ人)や、近年のジェンダー、多様性のテーマに比べれば、そこまで突出して毎年のように目につくほどではなかった。しかし今年度は明らかに多いと感じる。
まず『セプテンバー5』。1972年、ミュンヘン五輪で起こった人質テロ事件を、当時、オリンピックを中継していたアメリカABCテレビのスタッフの視点で描く。かつてスピルバーグも『ミュンヘン』として映画化した事件。発生から終結までの1日が、異様な緊張感とスピード感で再現され、とにかく息が詰まる傑作なのだが、テロを行ったのがパレスチナ武装組織。そして人質になったのがイスラエル選手団ということで、どうしても2024年の世界と重ねてしまう。ある意味、現代にふさわしいのかもしれないが、事件としてイスラエル側の“悲劇”が際立つのは事実だから仕方がない……。『セプテンバー5』は作品賞や演技賞など複数部門でノミネートの可能性がある。
同じく作品賞ノミネートで有力視されているのが『ブルータリスト』。第二次世界大戦下のホロコーストを生き延び、アメリカへ渡ったユダヤ人建築家の劇的な運命を描いた力作。ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞に輝いた。基本は主人公のアメリカでの苦闘なのだが、戦後のイスラエル建国や、その地をユダヤ人が“祖国”と慕う感覚などが端々に盛り込まれる。こちらも作品賞のほか、エイドリアン・ブロディの主演男優賞、ガイ・ピアースの助演男優賞などのノミネートが有力。ブロディは以前にアカデミー賞主演男優賞を受賞した『戦場のピアニスト』でも、第二次大戦で悲劇を強いられるユダヤ人役だった。
そして俳優のジェシー・アイゼンバーグの長編監督2作目となる『リアル・ペイン~心の旅~』。これは舞台が現代で、NYに住むユダヤ系の従兄弟の2人が、亡くなった祖母の思い出をたどるためポーランドを旅する物語。従兄弟同士の関係を共感たっぷりに綴るのだが、当然のごとく祖母はホロコーストを経験しており、アウシュヴィッツ収容所跡でも撮影が行われるなど、ユダヤ人の悲しい歴史が全編に色濃い。監督・脚本・主演のアイゼンバーグ自身もユダヤ系。アカデミー賞では彼の脚本賞や、共演のキーラン・カルキン(マコーレー・カルキンの弟)の助演男優賞でのノミネートという予想が出ている。
その他にも、おそらくアカデミー賞に絡むのは難しそうだが、賞レースへのプロモーションを行なっている“予備軍”にも、NYのユダヤ人タップダンサーがベルリンに招かれ、ヒトラーの前で踊る『The Performance (原題)』のような作品もあり、今年の傾向を感じずにはいられない。
もちろんこうした作品は、イスラエル軍とイスラム組織ハマスの戦闘が激化した2023年秋よりも前に企画が進んでいた。だから今回の大規模な戦争に触発されたわけではない。それでもイスラエル、ユダヤ人の悲劇を扱った映画がこれだけアカデミー賞での注目作に重なるというのは、偶然が作り出す何かの“流れ”を実感させる。そしてこれらの作品がアカデミー賞に次々とノミネートされ、受賞も増えれば、授賞式は昨年と同じように「一般的な戦争批判」の場となるのかもしれない。何より、来年3月のアカデミー賞までに、戦争の状況が良き方向へ進展していることを願うのみである。
『セプテンバー5』2025年2月14日(金)公開
『ブルータリスト』2025年2月21日(金)公開
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『リアル・ペイン~心の旅~』2025年1月31日(金)公開