自衛隊の元空将と元陸将が分析「ロシア軍はなぜ苦戦するのか?」
ウクライナへのロシア軍の侵攻から2ヶ月あまりが経過した。
東部ドンバス地方での支配力を強めるためロシア軍の攻撃が続いているが、ウクライナ軍の防戦により、戦力は拮抗、東部戦線は「こう着状態」という見方もある。
ロイター通信によると、今月2日、ロシア国防省は、ウクライナ軍のミグ29戦闘機1機を撃墜したと発表。武器庫や指揮センターなどウクライナの38の軍関連施設に攻撃を加えたとしている。
一方、ウクライナ国防省は、1日以降、ロシア側の攻撃を10回にわたって撃退。戦車2台と火砲17基、装甲戦闘車両38台を破壊したと主張。
アメリカ国防総省高官は東部に展開するロシア軍について「指揮統制の不備、部隊の士気低下、理想的とはいえない補給に苦しんでいる」と分析していると、時事通信が伝えた。
筆者が運営する8bitNewsでは、「ロシア軍はなぜ苦戦しているのか」と題し、予備自衛官で、日本安全保障戦略研究所研究員の田上嘉一弁護士と、陸上自衛隊元西部方面総監の小川清史さん、元航空自衛隊西部方面航空隊司令官の小野田治さんと共に、戦況を分析してもらった。
専門家の知見に裏打ちされた解説を皆さんに共有したい。
◆ウクライナ軍・ロシア軍の戦力比
田上:今回は、元陸上自衛隊西部方面総監の小川清史さん、元空将・西部航空方面隊司令官司令官の小野田治さんをゲストにお招きし、ロシア軍のウクライナ侵攻について軍事面から解説していただきます。開戦から約1か月以上が経ち、先が見えない状況ではありますが、お2人は現状をどのように見ていらっしゃいますか。
小川:戦力比など色々なことを考えれば、妥当な戦況推移だと思います。
小野田:私は航空自衛隊出身なので、航空作戦がどのようになるのかを興味深く見ています。ウクライナはもともとソ連軍の一部で、1991年に独立をした後は、30年近くアメリカの空軍に人を送って米空軍から色々な知識を仕入れています。言ってみればこの30年のウクライナ空軍の努力が、旧ソ連軍の系譜から来ているロシア軍とどのように対峙し、成否がどうなるかということが、今初めて現れていると思います。
田上:ロシア連邦軍の仕組みをスライドで説明します。今のロシア連邦軍は「軍管区」というかたちで分かれていて、その他に陸上、海上と、自衛隊と同じように軍種と軍令系統、軍政系統が分かれているということかと思いますが、ご解説いただけますか。
小川:大きくは4つの軍管区に分かれています。今の戦闘に大きく関わっているのは、東部、南部、西部です。東部には5つの諸兵科連合軍がいます。それ以外は2つの諸兵科連合軍と、そこに空軍がくっついています。諸兵科連合軍の下に、軍改革によって旅団や師団、大隊戦術軍がいます。南部軍管区がクリミア半島も担当して、今回ドネツク、ルガンスクも担当している。今の主要な戦闘地域も、南部軍管区の司令官が担当していると思われます。
田上:南部が一番の精鋭部隊なのでしょうか。
小川:責任は重いとは思います。
田上:歩兵が33万人。現在15万人、半分近くが動員されているということになります。作戦機が1,380機、第4世代戦闘機が910機ということで、これは世界的に見てもかなりの戦力を持っていると考えて良いのでしょうか。
小野田:空軍力としては世界3位です。アメリカ、中国、ロシアの順。ロシアも中国に抜かれましたが、非常に大きく、日本の航空自衛隊と比べても数倍はあります。
田上:日本は作戦機はどれくらいあるんでしょうか。
小野田:作戦機は400機。うち戦闘機が300機くらいでしょうか。
田上:ロシア連邦軍の組織図です。陸軍、海軍、航空宇宙軍(空軍)と、それとは別にミサイルを撃つ戦略ロケット軍と空挺軍。陸軍、海軍、航空宇宙軍(空軍)は軍管区の指令で動くようになっている。
小川:参謀本部に情報部局と特殊作戦軍、情報作戦部隊がついているが、これは俗に言うサイバー部隊です。非常に上位の組織にくっついている。成果や狙いなど、国家意思決定者の近い場所にいないとならない。ある意味核兵器と似ている。
田上:戦術や作戦よりも更に上位にあって、大きく国の存亡に関わるような部隊が参謀本部に直結しているということですね。情報総局と聞くと諜報部隊のようなイメージですが、実際は戦闘力を持った部隊ということなのでしょうか。
小野田:例えばアメリカにはCIA(中央情報局)があって、DIA(アメリカ国防情報局)がある。軍は軍で独自の情報局を持っている、というかたちによく似ていると思います。彼らは直接戦闘はしません。情報分析、情報提供をしています。
田上:どの軍管区の部隊がどの兵力を、という表になりますが、こう見ると地上兵力はほぼ均等に入っていて、海上兵力は黒海艦隊、航空軍も大体同じくらい出しているということで、今回ロシアはある種、総力をもってウクライナに侵攻しているという見方で正しいでしょうか。
小野田:航空兵力で言うと、ウクライナ上空を戦闘半径におさめる戦闘機部隊を300機くらい用意しており、先ほど1,380機とデータが出ていたので、約4分の1の戦力は施行できるようになっています。このほかに核抑止のための戦略爆撃部隊もあるほか、防空軍といって、実はロシアは北極を挟んですぐアメリカと接しているので、有事の際に動く必要がある部隊なのでこれは動かせない。外に攻撃できる部隊をかき集めて300機位をすぐに動かせるようにした、ということのようです。
田上:これほどの総兵力をもってということは、自衛隊などで作戦を練るとしたら、どれくらい前から準備をしているものでしょうか。
小川:もともと2014年にあったウクライナとの衝突の直後から、色々なシミュレーションを重ねて準備はしていると思います。最終的にミッションリハーサル型になるのは1か月前位でしょうか。
◆「使える戦力のほぼ8割は使用か」元空将の分析
田上:防衛省が定期的に更新している戦況の3月29日更新版です。どういう風にご覧になりますか。
小川:ロシアの作戦計画と見積もりというのは、終わっても分からないとは思います。戦力比、地形など双方の戦いを見れば、極めて妥当な戦況推移だと思います。プーチン大統領はこの戦争の目的、講和の条件を「ウクライナの中立化」、つまりNATOに入らないことと、非武装化としています。
これは極めて戦略的で、ウクライナに対しての要求としては、もともと「グルジアとウクライナがNATOに入るのは絶対にダメだ」という、ドイツ、フランスもずっと思っていましたし、ロシア側もその要求があった。それがひっくり返りそうになった。2014年も、その前の2008年のグルジアにおいても同じことが起きて、それはストップさせた。それが今回、もう一回動きそうだと。
もともとウクライナの人達の中には欧米に近寄りたい、経済的にもそちらに寄りたい・・・実際に軍事も、陸軍もずっとアメリカのCGSなどに中堅の将校を送り込んでいましたし、私もウクライナの軍人の友人がいました。それから、中にかなり欧米のアドバイザーも入ってきていて、気持ち的にはNATO寄りになりつつあった。そこにゼレンスキー大統領が現れて、ここにどう聞かせるか。
2014年にはサイバー攻撃、特殊作戦部隊。その時は中立化、「NATOに入るな」というのはグルジアの時に一回ケリがついていたので、どちらかといえばクリミア半島、ルガンスク、ドネツクのロシアの住民を助けるという名目でしたから、キエフに対して何かということはなかったわけです。
今回「NATOに入るな、中立化しろ」というためには、国家意思を変えさせたい、つまりゼレンスキー大統領の考えを変えさせたい。サイバー攻撃、特殊部隊の攻撃はあまり功を奏していないかもしれない。そのため「通常戦力でやるしかない、国際法違反になるかもしれないが背に腹は代えられない」という決断をしてやったかもしれない。それが「キエフ正面」だと思っていますから、キエフを占領したくて行ったのか・・・オプションの中には、大統領を挿げ替えたい、占領して言うことをきかせたいとか、色々な想いがあるでしょうけど、実際にはそんなことをしたら恨みを買うだけですよね。
首都に入るというのは国にとって屈辱的なことです。ですから本当にそんなこと、恨みを買うだけのために行ったのかと。いやいや、それより言うことをきかせたいんだ、ということであれば、もともと首都や市街地に入るというのは軍事的には愚策なわけです。戦力ばかりとられて、被害がどんどん大きくなる。それよりは周りを囲んで、本気だというのを見せながら圧力をかける。占領する必要はないわけです。
戦争というのはクラウゼヴィッツ以来、政治のためのものですから、政治目的に対してどれだけ合理的に軍事力を使うか、そのためにどれだけ目的合理性をもってベストを尽くすかというほうから見ないと、崩れているから弱っているんじゃないの?というほうだけ見ても、戦略的には相手の意図を読めないと。常に敵のベストになっているのかどうかというのを見て差分を見ないと、弱っている部分の兆候だけ見て判断をしてはいけないというのは、私が自衛官をやってきてずっと思っていることです。
田上:現状7,000人、場合によっては1万人を超える損害が出ているのではないかと、戦車も廃棄された車両が奪われているとか、補給が断たれて長蛇の列になっているなど、うまくいっていないと言えばそうだが、現場レベルで見れば多少のミスはあっても、大きな方針としては戦略的に撤退してキエフを囲んでいる軍を南部のドンバス地方に持っていくのではないかという分析も出ていますが。
小川:恐らくそれは無理だと思います。
小野田:今のロシア軍には、部隊を入れ替えるだけの余力がないと思います。小川さんの言うとおり、使える戦力のほぼ8割は使ってしまっているように見えますね。作戦目標そのものがキエフを陥落させる、攻略することだったのか、小川さんが言うように政治的な目的なので攻略というのは最終的にできればいいけれど、要するに包囲をする、包囲の仕方も遠巻きに包囲をする/近くを包囲するなど、色々なオプションがあるだろうと思うので、そのあたりのいずれかではないかというのはありますね。
◆プーチン氏の思惑と徴兵
小川:政治の圧力によってウクライナの主張も変わってきている。そこが大事なのであって、軍隊のみではそこは無理で、政治が主であって軍は属するもの、この場合はそのための基盤を整えるものです。
小野田:最初のうちは、ウクライナ軍をとにかく破壊して、市民に傷をつけないようにして政治的な目的を達成しようとした。しかしながら、ウクライナ軍が非常に頑強に効果的に戦っているというのは事実なんですよ。なので、目標を軍ではなくて、市民も含めて破壊のほうに行っているというのが今の状況。それによってゼレンスキー氏の意思を変えようとしているという風に作戦が展開しているということでしょう。象徴的なのがマリウポリということになりますよね。
田上:マリウポリも陥落はしていないんですよね。当初、色々なところでプーチン氏はもっとはやくケリをつけられると思ったと聞きましたが、ウクライナ軍がここまで準備をして、まさかここまで抵抗するとは。ロシア軍が来たら降参するのではないかと思っていた節はありませんか。
小野田:あると思います。逆に言うと、ロシアは偽情報が得意だと言うけれども、実はその偽情報で一番騙されたのはプーチン氏かもしれないと。
小川:テレビでプーチン大統領は何度か、「やむを得ずこれをした」と言いました。つまり、もう少しひっくり返ったらロシアから離れてウクライナが欧米に行くのではないかという分岐点を見極めたところもあるのではないかと思います。
田上:プーチン氏が、想像と全然違うことについて、しょげているか部下を叱りとばしているかというような想像でいたんですが、そうでもないかもしれないということですね。
小野田:軍の内部にどれだけプーチン大統領が、という話もあり、実はこういう情報にも接しています。ロシア兵というのはいわゆる契約兵という、通常「志願兵」という人達と、徴兵で集まっている「徴収兵」という2種類がいるんですね。徴収兵の徴収期間は1年間。1年で一切が入れ替わると困るので、半年ずつ半分ずつ入れ替わります。その入れ替えの時期がちょうど4月と9月。ですからこの4月に今まで1年間軍にいた徴収兵が入れ替わるんですね。
契約兵と徴収兵の割合は、ショイグ国防大臣がかつて言ったのは、今は契約兵が65%位だと。ということは残りの35%は徴収兵。そしてその内の半分が入れ替わると。ざっと言って2割が、1年間の経験を積んだ人間から新兵になる。なおかつ、ロシアの法律では、徴収兵は海外に派遣しないというものがあります。
これはアフガニスタンの時に悲惨なことになって、軍人の親御さんからかなりクレームが出て、徴収兵については海外には派遣しないというルールになった。ところが、ウクライナには徴収兵がかなり行っている。
田上:僕が読んだニュースでは、プーチン大統領はそのことを知らずにいて、報告があがってきたというような。
小野田:国営放送で、「徴収兵を送っていない」と明らかに言っています。その翌日に報道部が、「送っていました」と言ってしまった。「すぐに戻します」と言ったんです。
田上:もう亡くなっている人もいるでしょう。
小野田:いると思います。アメリカの国防省が、今20%くらいが撤退の方向に向かっている、国境に向かっているという報道をしている。根拠はないが私なんかは、20%が徴収兵で、任期が満了する人間を帰さないといけないから、その人達を交換しているのではないかと邪推しています。
田上:ウクライナ侵攻に投入されている戦力で、赤字のところが、司令官、まさに軍のトップが殺されているところ。4つを赤くしているが、これに加えて空挺の司令官が亡くなったりもしているので、今のところ7人が戦死している。今回、大体20人くらい将軍が出ているのではないかと言われていましたが、20人中7人。こんなことって、今まであるのでしょうか。
小川:ないといえばないが、この戦いで、東部の戦いは完璧な消耗戦型だった。自国民を守るためには戦線を地道に前に押し出さなければいけない。大隊クラスを交代で投入していると思いますが、相手がある程度防御をしていると、本来、ソ連型のドクトリンであれば、師団クラスを第二、第三とやって縦深に突進していく「縦深戦闘」というものをずっとドクトリンとして持っていました。
今は大隊をそれに改変をしてしまっている。大隊長というのは自分で判断をするかというと、そうではないドクトリンだったんですよ。3年位前から「考える大隊以下」をつくろうとしていたんですが、まだ完全にそうなっていない。なぜ考えなければならないかというと、第一線を抜いたら、今度は陣内戦になる。そうすると何が入っているのかよく分からない。
防御側は準備をするので、新たな陣地をつくったり障害をつくったりして、こちらが先手を打ちやすいんです。それで、陣内に入った第二、第三隊は自分で考えていきなさいということでやっている戦い方ですが、今は大隊長になっているから、師団長とか旅団長は、大隊長に対して、状況判断をしながら「こっちへ行け」などと戦闘指導をしなければいけない。状況はある程度、目で見ないと実は分からない。陸地戦は。
田上:だから師団長が行くんですね。今までは一番前線に行った人が自分で判断できれば行かなくてよかったところが、これまでより下の人間が行っているが故に、指示を出すために行かないといけないということですね。
小川:状況判断をするために、どこまで出るかということはありますが、恐らく見ないとどれ位の防御陣地を準備しているのか、「今突入しないといけない」などの判断は、大隊長で全部できるかと言うと難しい。ウクライナ側は、先ほど小野田さんがおっしゃったようにアメリカ型、NATO型の戦いですから、これって下士官まで考える人間をつくっているんですよ。
◆米軍が指導する「考える部隊」とは?
小川:湾岸戦争以来、CNNの放送などで、下士官一人でも戦略的な意味をもつと、下手なことをしたら全世界にその映像が出るわけですから、大学院クラスの教育をしているんですね。「考える部隊」対「言われたことをやっていくドクトリン型の突進型の部隊」、しかも自国民を防護するためと言って消耗戦的に行くと、これ位の損害は出ざるを得ないと私は思います。
小野田:ロシアはソ連が崩壊して経済的に立ち行かなくなって、大きな軍を維持できなくなって、ボロボロになりましたよね。武器を海外に売ったりして。きちんと軍改革に乗り出したのは2008年。当時の軍改革の方向というのは、より少ない兵隊で海外にも戦力投射ができる能力をもった、近代化された部隊に変えていくと。
その目で見ていると、今の小川さんの話で非常に示唆に富んでいるのは、例えば編成は7軍管区だったのを4軍管区にして、要するに組織をコンパクトにした。それから大隊というものを一つの戦闘ユニットにして、全部で約160ユニットくらい持っているのかな。組織を再構成して、大隊戦術ユニットが作戦の基本単位であり戦力の基本単位。その中に色々な機能を持っているというようなかたちに再編成して、これまで訓練してきたことが今出ているということですね。
海外に投射してみたら、実は十分に戦えているのかいないのか、あるいは、ウクライナ軍はアメリカの指導を得て非対称な戦い方をしていると。アメリカは同じことを台湾軍にも教育しているんですよ。今の戦いというのは、私が思うのは、台湾がジーっとこれを見ているんですね。
田上:中国はどちら側なんですか。
小野田:中国はもちろんロシア側ですね。
田上:もしかしたらこれは、台湾と中国のシミュレーションと言っては変ですが・・・。
小野田:もともと中国軍というのも、陸軍から始まっています。そのひな形はソ連陸軍です。その後に航空部隊がくっついてきて、もちろん今の中国はロシアと違ってダイエットをしたけれども財力が違いますから、航空部隊も非常に充実していますし、艦隊も充実しているし、ということですよね。ただ両者ともその当時は大陸国家だった。だから陸戦なんですよ。
アメリカは海洋国家ですから、日本も同じですが艦隊戦ですよ。だから陸軍も、海軍も、航空部隊も成長したわけです。この差が非常に面白く出ている。ウクライナ軍は完全にこの30年間で、米軍に学んで今戦っているということが言えるので、ある種、アバターとは言いませんが、米軍式の軍隊と、ソ連軍式の軍隊、というものが対立していると。
田上:日本の部隊は「考えられるアメリカ式の部隊」になっているのでしょうか。
小川:陸でいけば、もともと明治維新の時にフランス、ナポレオンがいたので、しばらくしたら普仏戦争、やはりプロシア型で行こうということで、参謀本部を中心とした幕僚をつくろうとなり、その時の戦術がベースになって残りつつも、米軍から学んでそれをミックスして、米軍は前方展開型ですけど、陸上自衛隊の場合は基本的には国内戦をベースにした戦い方に変化をさせてきた。
だから旧軍のフランス、ドイツ、日本型にプラスしてアメリカ型を入れて、その時の支那大陸から戦うことをやめて、国内戦をいかにやるかというかたちで変化をさせてきたというのが、陸上自衛隊ですね。
小野田:航空自衛隊は完全にアメリカ式です。元々陸軍の航空部隊と、海軍の航空部隊というのがあって、実はアメリカもそうでした。アメリカは戦後1949年に米空軍を独立させ、航空自衛隊は1954年に独立させました。独立した後のひな形は米空軍で、装備も米空軍でした。
田上:今回の最大の謎といいますか、ロシアは作戦機を持っていて、ミサイルもたくさん持っていて、通常は爆撃機やミサイルで敵の拠点をつぶした後、空挺や陸上部隊が入っていくからそんなに損耗しない。ただ今回は開戦から皆いっぺんに入っていて、なぜそういう風になっているのかということ。また未だに制空権、航空優勢をとれていないというのは、当初の見通しと比べてどうなんでしょうか。
小野田:ちょっと誤解があって、日本の有識者の方々も、作戦が始まった2月の末時点で、航空優勢がとれていないということを言い始めたわけです。その情報源はどこかと言うとアメリカです。アメリカの皆さんが、まだ航空優勢がとれていない、要するに空をコントロールできていないという風に言ったわけです。
アメリカはなぜそう言ったかというと、アメリカはそういう戦い方をするんです。相手に有効な空軍力があれば、まずそれを徹底的につぶすというのがアメリカの作戦基礎です。例えばイラクは湾岸戦争が起きましたが、あの時の戦争で、まず陸上戦力が入る前に航空戦力が徹底的にイラクの国内を全部攻撃した。航空基地からミサイルから、レーダーから通信施設から色々なものを全部たたいた。それが5週間ですよ。5週間後にようやく地上戦力が入っていって、その時は何も残っていなくて5日で地上戦が終了。これがアメリカの戦い方。
5週間、そういう攻撃をするための物量というのは、莫大な物量が必要です。じゃあそれが、まずロシア空軍に準備できていたかというと、これはノーです。それほどの弾薬の備蓄、生産能力がなかったんだろうと思います。もちろんウクライナ空軍を見くびっていた部分もあるかもしれません。
◆ウクライナ軍への航空情報は誰が提供しているのか?
ロシアのほうはSu-34、35という非常に近代化された航空機を持っていたけれども、ウクライナ空軍はそれよりもだいぶ古いSu-27、要するに34の原型になっている飛行機ですね。それからMiGも、新しいのは31だけれど彼らは29という20年位前の航空機を使っていましたから、ちょっと見くびっていた部分はあるかもしれません。
ただ、このMiGとSu-27を使って、彼らは米空軍から作戦を教わっていたんですよ。この約30年。3日程前に、元欧州軍司令官のブリードラブ空軍大将がおっしゃっていたのは、「ウクライナ軍はすごい」と。「彼らにレーダーを渡すと、もともと僕らが使っていたよりも上手に工夫してこういうことができる、と言うんだよ」と。ウクライナ軍は非常に優秀で、アイディアも持っていて、工夫しながら戦える人達だということを彼は言っていましたね。
だとするとその言葉というのは、今の戦況と非常に一致しているので頷ける。ただ、話は戻りますが、制空権がとれなかったというのは、地対空ミサイル。この要素が一番大きいです。ロシアのS-300という地対空ミサイルを、ウクライナも持っている。アメリカから供与されているスティンガーも持っている。S-300というのは非常に優秀なミサイルで、航空自衛隊が持っているペトリオットとほぼ同等です。
田上:スライドはS-400ですね。
小野田:ほぼ同じです。何が良かったかというと、実はですね、航空情報をほぼほぼアメリカの、例えばポーランドの上空を飛んでいるエーワックスというレーダーを積んだ飛行機がありますが、ああいった情報が流れていたとみられるんです。NATOも米軍も公式には認めていません。ただ多くの方がそういう風におっしゃっているし、私もそう思いますね。
田上:そういう無形の支援というか、情報を渡すようなことは、ロシア側も察知のしようがないから、そういうほうが支援としては実は有効だったりするんでしょうか。
小野田:非常に有効だったと思います。組織的に戦闘ができるんですよ。S-300もそんなにいっぱい持っていないので、都市の重要施設の周辺に張り巡らせている。それが非常に効果的に動いて、ウクライナ発表で戦闘機120機、ヘリが120機とか、そこまでいっているかは疑問ですけれども。
それからSu-25という地上攻撃タイプのちょっと古い戦闘機がありますが、それを結構使っているんですが、高い所を飛ぶとS-300に撃たれるわけですよ。だからどうしても低空を飛ぶわけです。今度低空を飛ぶとスティンガーに撃たれる。
田上:低いところではS-300は撃たれないんですね。
小野田:低いところでは、S-300のレーダーが見えませんので。レーダーが見えないと撃てないので。だから中高度以上を飛んでくると、レーダーで発見して撃てるんですけど、あまり低いところを飛ばれると撃てないので、今度は赤外線ミサイルで下からかまえている人達が発射して、というようなシステムになっています。
田上:ウクライナの装備というのは、基本的にロシア側のものじゃないですか。それで、アメリカ式の戦い方。NATOからも西側からの情報でハイブリッド的に戦っていて、ウクライナの人はすごく善戦しているというか、非常に器用というんでしょうか。
小野田:ただ私には疑問があって、S-300も弾が必要じゃないですか。弾はロシア製です。ウクライナって自国で弾をつくれるのかなって。それだけたくさん飛行機が飛んできて、弾を撃てば、地対空ミサイルも撃ち尽くすわけです。アメリカはS-300を持っていないですから。スティンガーはどんどん補充されますが、S-300は弾が尽きるんじゃないかなと言うのが疑問ですね。
S-300の弾がなくなれば、Su-34などの航空機は中高度、高高度で入ってこられるわけですから。それともう一つ今になって分かってきたことは、ロシアは精密誘導兵器の備蓄をあまり持っていない。だから今もうほとんどないんじゃないか。だから今は無誘導弾になっている。アメリカの戦い方と大きな違い。
田上:もう一点お聞きしたいのは、アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフでも使われたトルコのバイラクタルTB2、あれをウクライナ側も使ってロシアの戦闘車両を破壊している。今後、このようなドローンは戦場における役割が大きくなっていくのでしょうか。
小野田:間違いなく、なっていくと思います。ただ、今のウクライナのバイラクタルの話は、だいぶ盛られています。報道が非常に頻繁に行われていて、要するにウクライナの情報戦です。ロシアも無人機を使っていますが、ロシアは宣伝していません。かなり活用はしているようですし効果があるんだろうと思います。
調べたところによると、ハッキリとは出てこないが、ウクライナ空軍はバイラクタルを20機くらいしか持っていない。運用はしていると思うが、撃ち落されているものもあるはず。あとはMQ-9リーパーなどに比べると半分位の大きさで、ウィングスパンが7メートル位。爆弾も、小さい誘導弾を2個しか積めない。主とした攻撃対象は戦車。
◆ドローンと中国企業 ウクライナ・ロシア双方との関係
ドローンに関してはこんな話もあります。中国製のDJIという会社、世界のドローンのシェア60%くらいの会社ですが、これをロシアも使っているし、ウクライナも使っている。ウクライナもロシアも偵察用に使っているわけです。せいぜい5キロくらいの範囲しか飛べないので、それで敵のいるところを探して弾を撃っていくというのがお互いのやり方です。
先日、ウクライナの副首相がDJIの社長を、「あなた達の製品がウクライナ人を殺している」と非難した。ほぼ同じ方法で、DJIをウクライナもロシアも使っている。中国の市販品を使ったドローン戦が展開しているというのは、非常に興味深い。アメリカは非常に小型の自爆型ドローンを用意している。多分レンジは2,3キロ。DJIのようなもので偵察した目標に対して施行するという戦い方をすると、機甲部隊とか、トラックの平坦の車列だとか、そういったものの攻撃は非常に容易になる。向こうはカウンターできないので。発見が難しい、撃ち落とせない。
田上:撃ち落とされたところで、コストも人命も損耗しないので、非常に有利ですよね。
田上:今後この戦争がどういったかたちで終わるのかという見通しをお伺いできますか。
小川:見通しというか、こうせざるを得ないだろうという感覚になりますが、ロシアとしてはほぼすべての戦力は出してしまった。体制を変換しながら、東部を終戦体制に向けて固めていく、防御態勢もとっていく、既成事実化を固めていく。組織的な抵抗線ができていなければ破られますから、終戦に至ってもそれは弱い主張でしかなくなる。という段階を今、踏んでいるんだと思いますね。
そのためにはロシアとしてももう少し遠くまで弾を撃って、自分のところに近づけないようにして、準備をしっかりする。そのために民間人に犠牲が出てしまっている。ウクライナも、ロシアを見くびっていたところが多少あったと思います。でなければ、民間の人達をあれだけ・・・攻撃された市街地にまた戻ってきて瓦礫を片づけたり、国民保護を一体どうしているのかという点でちょっと疑問な部分はある。準備不足もあったり、ウクライナも誤算がある中で、犠牲が出ているのはウクライナ側。こちらも、そう長くはできない。後は政治決着をどうつけるかというところで、一番上に掲げた「ウクライナの中立化」についてはだいぶ先が見えてきたし、NATOに入ることは当面ない。EUになったら容認するというような発言もちょっとみえた。EUはヨーロッパ内で集団防衛体制も組み込んでいますから、ウクライナにとっては非常に良い防衛体制になりつつある部分はある。
一方で自国民の保護という点でロシアの主張と、ウクライナがそれを認めるのかということについてのせめぎ合い、ジョージアの部分と同じだったり、2014年のクリミア半島の決着のところなど、ドロドロになりつつありますが、ヘタなことをやって民族浄化をやるような泥沼化をしたら、両方がダメな大統領同士になりますから、後はもう政治決着のために軍が頑張り続ける。
通常戦力をもってきたロシア軍も、瓦解はしていないと思います。じゃないとこんなに、司令官クラス、少将クラス、准将クラスが全面に出て行って頑張っているわけですから、犠牲を払ってでも。このラインというのは、結局、政治に対して軍のコントロールがきいていて、やる気も見せている、ただ兵士のレベルまでいくと十分教育訓練できていないかもしれないという問題はあるとしても、これがガーっと崩れるという風には私は見ていないので、後は政治決着をどれ位に持っていけるか。軍としてやれることはほぼやりましたと。
軍としての任務達成というのは、両方ほぼやれているところだし、もうこれ以上求めてもそんなに動かないだろうという気はします。政治に出番がハンドオーバーしてきたところだと思っています。
小野田:私も基本的には同じです。戦況が膠着状態に陥っているということで、その膠着状態をどのようにソフトランディングさせるのかというのは双方にとって非常に重要です。特にゼレンスキー氏側にとっては、とにかくロシアを押し戻して、なるべく国境に戻さないと、国のために亡くなった万単位の戦士や民間の方々に顔向けできないですよね。
一方、プーチン大統領にとってみれば、何の成果もなく、自分の国の兵隊を何千人も死に追いやって、得たのは結局何だったのかという話が起きますから。だからそのバランスは一体どこなんでしょうかと。だから、クリミアと東部の独立を承認したと言っているんだけど、まずはそこを認めろと言っている。
最低限、クリミアを認めさせること、東部のドネツク・ルガンスクを認めさせること、これはもうプーチン大統領にとっては必成目標だろうと思います。どのあたりで折り合えるか。マリウポリはまさにその中間にあるから、象徴。マリウポリを巡る戦い、既成事実というものを、ウクライナとしてはセンを引くにしても、現状を変更させたくない。だからその辺は交渉になると思います。
田上:政治的な決着をどこかのラインでするとした時に、どこまで多くとれるかどうかが、そのマリウポリ・・・
小野田:ある種、陣取り合戦になっている。だからロシアは「武器を置けば我々はもう攻撃しない」と言っている。マリウポリの人に。武器を置くというのは、手をあげるということだから。この状況は、今のところ膠着状態のように見えるけれど、まだ東のほうでも衝突があり、その辺が、お互いの戦況を見ながら「お前もう止めておいたほうがいいぞ」とか、駆け引きがまだしばらく続きます。
過去に例を見るのが一番よくて、例えば、ベトナムの和平調停。あれは2年3年かかっている。その間ずっと小競り合いが続く。ヨーロッパでも、今のナゴルノ・カラバフもそうだし、あそこも決着していないですよね。だから、ズルズルいくんだと思います。
小川:後は、全世界も困っているわけです。ロシアは供給源であったにも関わらず、そこを全部変えなければいけない。主権国家平等の原則から言って、ロシア人が全員悪い訳ではない。政治的にどう決着をもっていくかというのは、世界もきちんと責任をもって対応していくべきであって、ロシア人全員を困らせていいわけでもない。だからその枠組みをやりながら、軍事的には入らないけれども、この状態を打開していくというエネルギーは注いでいくべきだと思います。
小野田:ですから仲介は絶対に必要です。仲介は今エルドアン大統領がやっているわけですが、アメリカを含んだNATOの意向というのは非常に大きいです。NATOがソフトムードにいかなければいけないし、NATOがウクライナをある程度、自分達の同盟ではないけれどもきちんと説得していかなければならない、というようなことは当然起きますよね。
その時にロシアに対してアクセスをする人達が誰なのか。中国が動くのかという時に、恐らく動かないだろうと。プーチン大統領を誰が説得することができるのか。今、ロシアの代表団で来ている人は、プーチン大統領に非常に近いと言われていますから、プーチン大統領と30メートルくらいの距離で話をしているような人達が代表団で交渉しても、何か合意が近づいた際、プーチン氏に持ち帰った時に「お前何やってるんだ」と怒られて、「さっきの合意はやっぱりなしで」、というような話が今後起きる可能性が十分にある。なかなか簡単ではないと思います。
小川:プーチン大統領にとっては、いくら軍にいうことをきかせても、出せる戦力も、攻撃力もそんなに残っていない。今のラインを、膠着状態に陥れたのはどちらかというとロシアの努力だと思う。後はゼレンスキー大統領が、自国民を犠牲にしてでももっとやるのかというところと、南部軍管区にとっては、ものすごく厄介な問題を全部持っている。
ショージア州との問題、そしてクリミア、ルガンスク、ドネツクも。これは普通の軍管区司令官ではもたない。プーチン氏は、自分の言ったことは下げられないとしても、一国の大統領として20年間やってきて、私自身も多少指揮官をやってきましたが、組織や国家が自分になってくる。その責任感をどれだけ払いこめるか。プーチン氏の政治生命をかけた決断。それはゼレンスキー大統領も一緒だと思います。
各国の責任ある国家も同じようなところが今、もう求められはじめている。そこまで来ている。「その人達しか決められない」という状況をつくってきたこの世界がある。
小野田:ロシアもどこまで経済的に頑張れるかという部分は、非常に見通しが悪いと思う。
小川:そのサインはもう十分、プーチン大統領には届いているでしょう。
田上:一刻も早い終結を願います。