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ブラジルに「カカロット」を本名にする選手も。ピッチ内外を盛り上げた鳥山明さんとドラゴンボールの偉大さ

下薗昌記記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家
ブラジル時代から、かめはめ波パフォーマンスで人気を集めたマルコス・ジュニオール(写真:ロイター/アフロ)

 「Dr.スランプ」や「ドラゴンボール」などで知られた漫画家、鳥山明さんがこの世を去った。日本人だけでなく、世界中のファンがその早すぎる死を悲しんでいるが、鳥山さんの作品は海外のサッカー界、とりわけサッカー王国ブラジルに大きな影響を与えている。

 ブラジルの名門クラブも鳥山さんの死を悼んだ

  ブラジル誌の「トリヴェーラ」のHPは鳥山さんの訃報を受け「ドラゴンボールとサッカーの繋がりは鳥山明が夢にも思わなかったに違いない」との見出しで、サッカー界に与えた影響の強さを記事化したが、ブラジル全国選手権1部の古豪バイーアは8日の練習風景を伝える公式XのポストでドラゴンボールZのオープニング曲「Chala-Head-Chalá!」(ブラジル人が歌うバージョン)を流し「昨日68歳で亡くなった漫画家、鳥山明に捧げるチームからの敬意」と綴った。

 そして、名門サントスも訃報をポストしたドラゴンボールのXにサントスのユニフォーム風の胴着を着せた孫悟空のイラストを用いて「鳥山明さん、安らかに。お悔やみ申し上げます」とポストした。

 ネイマールやガビゴウもドラゴンボールに魅入られた一人

 ブラジル代表のエース、ネイマールは2022年3月、背中に孫悟空がスーパーサイヤ人になった姿をタトゥーとして彫っているが、ブラジル代表経験もある点取り屋、「ガビゴウ」ことガブリエウ・バルボーザも小さい頃から好きだったという悟空をタトゥーとして右足のふくらはぎ全体に掘り込んでいる。

 そんなガビゴウがお気に入りのパフォーマンスが、所属するフラメンゴでしばしば見せる「フュージョン」だ。南米最高のカップ戦、コパ・リベルタドーレスの公式Xも「フュージョン」の動画とともに「QEPD Akira Toriyama(鳥山明よ、安らかに)」とポストした。

 そしてJリーグにもドラゴンボールと密接な関係を持つブラジル人選手がいる。現在、横浜F.マリノスを経て現在、サンフレッチェ広島でプレーするマルコス・ジュニオールはその見た目から、ブラジルのフルミネンセ在籍当時、「クリリン」の愛称で呼ばれていた。左腕にクリリンのタトゥーを入れているマルコスのゴールパフォーマンスは「かめはめ波」。Jリーグの試合でもたびたび披露されてきた。

 ドラゴンボールの影響はタトゥーやパフォーマンスだけにとどまらない。

 昨年12月、サントスはクラブ史上初めてブラジル全国選手権2部降格を強いられる苦しいシーズンを過ごしたが7月に加入した左サイドバックのドドーは移籍直後の会見で、サポーターからの支持を得られていない状況を変えるために必要なことを「ゲンキダマ(元気玉)」になぞられた。「元気玉の原理だね。ドラゴンボールの物語全体の根底にあるのは、全ての人間がポジティブなエネルギーを発信することだと思う。僕らは今、サポーターの支持なしにプレーしているが、ホームの観客は僕らにポジティブなエネルギーを送ってくれ、この状況を好転させる手助けをしてくれるだろう」と話した。

 サポーターの力を集めた元気玉は結局、不発に終わりサントスは降格するのだが選手の会見でドラゴンボールという名作が持つ精神性を語り、「ゲンキダマ(本当にそう口にしている)」のワードが出てくる国は、ブラジルぐらいのものだろう。

「カカロット」の本名を持つ18歳のサッカー選手も

 前述したエピソードはほんの序の口。サッカー王国には現在、なんと「カカロット」の名で呼ばれるサッカー選手が存在するのである。

Divulgação / CBF
Divulgação / CBF

 清水エスパルスでプレーしたピカシュウ(ピカチュウ)のようにアニメのキャラクターでさえ登録名として認められるブラジルサッカー界ではあるが、カカロットは登録名でなく、本名なのが驚きだ。

 2005年9月生まれのカカロットは「アレハンドロ・カカロット・ナガタ・メロ」を名に持つが「ナガタ」の姓から推測するに日系ブラジル人だと考えられる。

 カカロットがブラジルで話題を集めたのは2022年11月。U-17のパラー州選手権でレモの中心選手として活躍し、「グローボ・エスポルテ」の取材を受けているが、同サイトによるとカカロットの名はやはりサッカー選手だった父が付けた名だという。

 カカロットは「グローボ・エスポルテ」の取材に対して「サッカー選手だった父が合宿中にドラゴンボールZをよく見ていた。悟空の名はカカロットなんだけど、それが僕の名前になったんだ」と答えている。

 現在18歳のカカロットだが、「戦闘民族」サイヤ人以外のカカロットが地球には存在するのである。

 絶妙なインターネットミームにもドラゴンボールの名場面

 ドラゴンボールの影響はピッチ外にも及んでいるが、とりわけブラジル人が好むのはSNSで多用されるインターネットミームである。

 一番よく見かけるのがやはり「元気玉」を用いた光景。自分が嫌いなライバルチーム(ブラジル人は大抵、アンチなチームを持っている)と対戦する相手に、力を与えるミームがしばしばSNSに飛び交うのだ。

 2023年12月に行われたクラブワールドカップには南米王者としてフルミネンセが出場したが、準決勝で対戦したのがアフリカ王者のアル・アハリ。コラ画像でブラジルサッカー界を揶揄するアカウント「De Sola」はフォロワー数25万の人気アカウントだが、アル・アハリを悟空に見立てて元気玉を集めると、リオデジャネイロでフルミネンセのライバルに当たるフラメンゴやヴァスコ・ダ・ガマ、ボタフォゴがアル・アハリに力を送るのだ。手が込んでいて笑えるのが車の天井に乗り、とりわけ気合を入れて、元気を送っているのがコパ・リベルタドーレスで優勝経験がないボタフォゴというのも、このミームにリアリティを持たせている。

ドラゴンボールの名場面まで登場。南米王者パルメイラスのチェルシー戦にブラジル全土が注目するワケ https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/de8103f4e75bf1d9aea193efadbfaaf2311569aa

 この光景はブラジル人サポーターの心情を的確に表す絶妙のミームで、チームのエンブレムを変えてしばしば用いられる。

 ブラジルサッカー界にも少なからぬ影響をもたらした偉大なる鳥山明さん。その功績は、サッカー王国でも永遠に受け継がれていく。

 オブリガード(ありがとう)、鳥山明さん。

記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家

1971年、大阪市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)でポルトガル語を学ぶ。朝日新聞記者を経て、2002年にブラジルに移住し、永住権を取得。南米各国でワールドカップやコパ・リベルタドーレスなど700試合以上を取材。2005年からはガンバ大阪を追いつつ、ブラジルにも足を運ぶ。著書に「ジャポネス・ガランチードー日系ブラジル人、王国での闘い」(サッカー小僧新書)などがあり、「ラストピース』(KADAKAWA)は2015年のサッカー本大賞で大賞と読者賞。近著は「反骨心――ガンバ大阪の育成哲学――」(三栄書房)。日本テレビではコパ・リベルタドーレスの解説やクラブW杯の取材コーディネートも担当。

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