幸せの国ノルウェーで映画が問う社会のタブー 平凡な日常で、子どもの自殺、親の戸惑い
オスロの映画館会場では、上映中、すすり泣く声が始終響いていた。
現在、ノルウェーの映画館で公開されているノルウェー映画『Blindsone』。英語で「Blind Spot」、「盲点」を意味する。
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学校から帰ってきたある日、10歳のテアは、自宅の窓から飛び降りた。
突然の出来事に、当惑する母親のマリアと父親のアンネシュ。
興奮する親を、病院の医師たちが冷静になだめようとする。
手術中、生死の境をさまようテア。
娘が自殺しようとしていたことを、受け入れられない家族。
なぜ、テアは自殺をしようとしていたのか?
家族は、そのような兆候はなかったと主張するが……。
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8月24日にノルウェーで公開された映画は、複数の現地新聞社の批評で高評価をえる。
スペインのサン・セバスティアン国際映画祭では、母親を演じたピア・シェルタは女優賞を受賞した。
ノルウェー社会のタブー
この映画がノルウェーの映画界において、特異性を放っているには理由がある。
人口520万人しかいないノルウェー。幸福な国や、働く女性や母親にとって暮らしやすい国など、世界ランキングのトップ常連国だ。
充実した福祉制度などが国際的に注目を集めやすい一方、ニュースにはならない影の部分もある。
小国であることから、昔ながらの社会のタブーが残っていることがある。
小さなコミュニティで、どこにでも知り合いがいる国。今まで当たり前だったことに、「おかしいのではないか?」と声をあげることは、勇気がいる。
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老人ホームで、クリスマスにひとりぼっちでいることを、「さみしい」と言える人。
夏休みにみんなが楽しそうにしている時期に、自分は孤独だと感じる人。
休みのバカンスに行ったり、子どものアウトドアウェアを揃えてあげる、金銭的な余裕がない人。
子どもの頃、親せきや大人に、性的嫌がらせを受けていた人。
SNSを使うのをやめられない。「自分は十分にかわいくない」と、自分と他者を比べ、ストレスを抱える人。
個人の悩みを、声と顔を出して、社会にオープンにしようとするのは、簡単ではない。
だからこそ、みんなで議論する「きっかけ」となる第一声をあげる人には、「ありがとう」と感謝する傾向が、この国では強い。
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昔の家族の問題は、もう終わったこと。
娘のテアは、もう大丈夫そうにみえた。
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言いにくい。相談しにくい。ひとりで考え込む。「自殺」と「こころの悩み」
「盲点」という映画が問いかけているノルウェー社会のタブーは、「自殺」と「こころの悩み」だ。
ノルウェーでは、自殺というテーマは、触れてはいけないタブーであり続けている。自殺というテーマが当たり前になってしまうと、自殺者が増えてしまうかもしれない。
自殺に関連するニュースを、ノルウェーの新聞で見かけることは、ほとんどない。
それは、自殺をする人、自殺を考える人が少ないというわけではない。
自殺がニュースになってしまえば、自殺者がさらに増えるかもしれない。自殺に関するメディアの自主規制が強いのだ。同時に、自殺という問題の議論をしにくくさせる。
自殺者は毎年500~600人
ノルウェー国民健康機関によると、この国では、わかっているだけでも、毎年500~600人の自殺が記録されている。
そのうち3人に2人は、男性。平均年齢は47歳。
大切な人を自殺でなくし、心を病む人は5000~6000人に及ぶという。
ノルウェー、スウェーデン、デンマークでは10万人に11人ほどが自殺する一方で、フィンランドでは10万人に20人ほどが自殺していると、同機関は発表している。
4月、ノルウェーでは初の調査結果が報告され、問題視された。精神的な悩みを抱える患者の2人に1人が、専門機関にかかっている期間中に、自殺を図ろうとしているという。
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映画でも、もう問題は解決されたと思われていた娘テアが登場する。
専門機関にかかっている間でも、「もう大丈夫だ」と診断された後でも、見えない問題が残っていることを、映画は指摘する。
調査から漏れている自殺者数や、自殺者の存在は、ノルウェーの隠れた社会問題だ。
ノルウェーで、自殺がどれだけタブーかを考えると、「人身事故」という言葉や、自殺関連のニュースを頻繁に見聞きする日本とは対照的だ。
「ありがとう」
オスロの映画館で『Blindsone』を鑑賞した日、母親を演じたピア・シェルタ氏と、ツヴァ・ノヴォトニー監督がトークショーに登場した。
イベント終了後、会場の出口では、観客が2人の傍に近づき、「ありがとう」と、お礼を言っていた。
「このことを、作品にしてくれて、ありがとう」。
その言葉が人々の口から出て、上映中に泣く人が多いのは、この作品が、ノルウェー社会の議論しにくいテーマに触れているからではないだろうか。
「話しても、いいんだよ」。
自分の悩みを、もっと周りに話してもいいんだよ。周りのことを気にかけて、声をかけてあげて。
映画で、何度も出てくるメッセージだ。
「私たちが話したくないこと」。ダーグスアヴィーセン紙は、映画鑑賞後に残るのは、空虚感と、どうしていいかわからない戸惑い、「何が起きたのか」誰かと話したい思い、と記している。
iTromso紙は、「私たちは、大丈夫かと、相手に聞くことに、あまりにも怯えすぎている」と書く。
この映画は、見ていて、心がずしりと重くなる。会場で複数の人が泣いていた状況は、映画が問いかけるテーマが、他人事ではないことを意味しているのではないだろうか。
Text:Asaki Abumi