故・蜷川幸雄のレガシー〈さいたまゴールド・シアター〉が堤幸彦映画で怪演している
今年5月に亡くなった演出家・蜷川幸雄のレガシーのひとつであるさいたまゴールド・シアター(以下ゴールド・シアター)の面々が映画『RANMARU 神の舌を持つ男』(12月3日公開)で大暴れしている。大暴れというと有り体な惹句に思われそうだが、本当にそうなのだから仕方ない。
この映画、正確には「酒蔵若旦那怪死事件の影に潜むテキサス男とボヘミアン女将、そして美人村医者を追い詰める謎のかごめかごめ老婆軍団と三賢者の村の呪いに2サスマニアwithミヤケンとゴッドタン、ベロンチョアドベンチャー!略して・・・蘭丸は二度死ぬ。鬼灯デスロード編」というものすごく長いサブタイトルがついている。ゴールド・シアターはこのサブタイトルにも入っている。「かごめかごめ老婆軍団」がそれだ。
監督は、これまで数々のへんてこ(いい意味で)映画を作り続けてきた堤幸彦。例を挙げると、お風呂に入るのが嫌いな頭の臭い、でも美人で東大卒のキャリア刑事のドラマ『ケイゾク』、お互いを天才と言い張るマジシャンと物理学者のコンビのドラマ『トリック』シリーズ、特殊能力をもった刑事が宇宙的な敵と人類存続をかけて戦う『SPEC』シリーズなどなど。どれも意外性の高い設定が人気を博してきた堤が、『RANMARU〜』では舐めたものの成分がわかってしまう絶対舌感をもっている男(向井理)が、理想の女性(舌に合う女)を追って日本全国の温泉宿を旅しながら、その先々で起こる殺人事件を舌で解決していくという映画をつくった。
今夏、TBS 系のテレビドラマとして、2時間サスペンスや、横溝正史ミステリー(「横溝系」と称される)、松本清張ミステリーのパロディを盛り込んだ全10話が放送され、映画版は横溝系の内容で攻めている。山形にある架空の村・鬼灯村に来た主人公・朝永蘭丸(向井)がまたまた殺人事件に巻き込まれる。その謎を解いていくと、村に古くから伝わる因習と村の財産である水の問題が浮き彫りになっていく。
主演の向井理は堤の作品について「すごくふざけているようで、実はちょこちょこと辛口のメッセージが隠し味ふうに入っていて。100人中何人かが気づけばいいだろうというようなところが堤さんの作品には毎回ある」とずばり核心をついた発言をしている。今回も、あの長ったらしいサブタイトルからはじまって本編は最初から最後までとめどなくギャグが盛り込まれていながら、意外と横溝や清張の描く戦後の日本を見つめたビターな味わいのある作品になっている(脚本は「相棒」などの櫻井武晴)。
このビターな社会派部分を担っているのが「かごめかごめ老婆軍団」ことゴールド・シアターだ。村の老婆たちは、村に古くから伝わるおそろしいことをはっきり語らない代わりに「かごめかごめ」を歌い踊るのだ。
「因習の村」「謎の老人」というのはいかにも横溝正史ふう。「悪魔の手毬唄」などを想像するミステリーファンは多いだろう。そして、堤幸彦作品に老人がよく出てくるのも堤ファンなら知っている。なので「村の老人」自体は目新しくはない。ただ、ゴールド・シアターの起用によって、作品が豊かに膨らんだ。
かごめかごめ軍団を演じたさいたまゴールド・シアターとは
さいたま・ゴールドシアターは、2006年に「その年齢を重ねた人々が、その個人史をベースに、身体表現という方法によって新しい自分に出会うことは可能ではないか?」という動機の元に蜷川幸雄が立ち上げた、55歳以上の高齢者から成る劇団で、パリや香港など海外でも公演を行い、高い評価も得ている徹底したプロ集団だ。2016年8月現在で、在団員は65歳から90歳までの38名で、「記憶力・体力の低下、家族や介護の問題も含めて、人生をまるごとさらけ出すのが僕らゴールドのやり方」と言う蜷川の考えのもとで、この10年の長きに渡って、老いが直面する、良いことも悪いことにもすべてに向き合いながら、演技に昇華してきた凄まじい人たちだ。
高齢化が進む日本において、老人を集めての演劇活動は公共事業をはじめとして各方面で盛んに行なわれている。堤も地元・名古屋で、盟友である俳優・多田木亮佑が率いる高齢者劇団子子孫孫に関わっている。
蜷川幸雄の偉業は、どうしても演劇を、老人の娯楽や生きがいに終始させがちなところ、趣味ではなく、あくまでもプロ集団であることを徹底してきたことだ。
その本気は、厳しい稽古を続けたうえで海外公演も行った『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』(作・清水邦夫)で蜷川は
と語り、それを表現することを女性の俳優たちに課した。自分たちの日常生活を舞台上で表現したり、過去、女たちが味わった恥や屈辱を全身全霊で叫ばせたり。亡くなった人の写真の入った額を背負って舞台に立たせることもした。
『RANMARU』の老婆たちも代々、村の女が苦しんできたことをお腹に抱えている。その怨念は、蜷川との演劇をやってきたからこそ出せるホンモノだ。実のところ、彼らの凄みは、蜷川が稽古で何度も何度も発破をかけないとなかなか出せないものであって、数日間の映画の現場ですぐに出せるわけもないのだが、やっぱり積み重ねてきたものがほんの断片だけ出ただけで全然違う。その濃密さは「温泉ギャグミステリー」である『RANMARU』の笑いにも繋がった。ゴールド・シアターによって、老人が作品のある種のシリアスなテーマと笑いの両方を担うことに成功したのだ。
複数の人数いても団子みたいに固まらず、みごとにいい位置に立つ反射神経もさすが蜷川演劇経験者。老婆だけでなく、男の俳優も村の老人として参加している。役所の人間(矢島健一)についてくる男もゴールド・シアターの俳優で、細かく矢島の芝居に反応しながら微妙な空気を作り出している。
蜷川がこの映画を見て、どう思うかは知らないが、蜷川亡き後、メジャー映画で、これだけさいたまゴールド・シアターを生かしきったことは意義あることと思う。彼女らはこれまでもいくどか映画や舞台に出てはいるのだが、ここまでフィーチャーされたことはなかなかない。彼女らの凄みと面白さをこれだけ生かせたのは、堤幸彦だからだ。
蜷川より過酷だったのは、朝から晩まで猛暑の夏のロケーションにゴールド・シアターを参加させていたことだ。演劇は朝が早いとか夜が遅いということはほぼないし、ましてや暑い中外にいることもない。ロケ地の待ち時間、なんだかぐったりしていたけれど、それでも彼女らはやりきった。蜷川幸雄と10年歩んで来ただけはある。
彼女たちのど迫力に、主要キャストの向井理、木村文乃、佐藤二朗なども刺激されたはずだ。
さいたまゴールド・シアターは、12月7日、さいたまスーパーアリーナで「一万人のゴールド・シアター2016」という大群衆劇に出演する。60代から90代の高齢者が1600人集まって「ロミオとジュリエット」を演じるのだ。蜷川が演出する予定だったこの公演、脚本を書いたノゾエ征爾が演出を引き継いだ。詳細はコチラ
老人たちのパワーを『RANMARU』及び、演劇で体感したい。
「RANMARU 神の舌を持つ男
酒蔵若旦那怪死事件の影に潜むテキサス男とボヘミアン女将、そして美人村医者を追い詰める謎のかごめかごめ老婆軍団と三賢者の村の呪いに2サスマニアwithミヤケンとゴッドタン、ベロンチョアドベンチャー!略して・・・蘭丸は二度死ぬ。鬼灯デスロード編」
原案・監督 堤幸彦
出演 向井理 木村文乃 佐藤二朗 木村多江 市原隼人 財前直見 黒谷友香ほか
(C) 2016 RANMARUとゆかいな仲間たち
12月3日(土)全国ロードショー