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「厳しさ世界一」の予選を勝ち抜いた32チームで、都市対抗開幕!

楊順行スポーツライター
(写真:アフロ)

「都市対抗の予選が、世界一厳しいと思いますね」

取材がてらに雑談しているとき、山中正竹さんはそう言った。

法政大時代、東京六大学最多の48勝を達成し、社会人野球の住友金属時代には補強選手として、また監督としても都市対抗優勝を経験。その功績をたたえ、今年野球殿堂入りしたサウスポーだ。1992年のバルセロナ・オリンピックでは、日本代表監督として銅メダルを獲得もしている。その山中さんが、だ。

「オリンピックの予選なども経験してきましたが、都市対抗予選は1点差が当然の接戦の連続になる。独特の緊張感のなか、負けられない試合の連続で、そこではバント1本の成否、送球の10センチの誤差によって、1年間の練習が無に帰することもあります」

確かに、そうなのだ。ヒマさえあれば、各地の都市対抗予選の得点経過をチェックしていたのだが、序盤で大差がつき、これは決まりだろう……と思っていたら中盤で同点になったり、最終回に2点、3点の差を追いついたり、延長でうっちゃったり、あるいは企業チームがクラブチームに敗れたり……。とにかく、1年間の執念が伝わってくるような試合展開が目立った。

たとえば、近畿地区2次予選の大阪ガス。昨年本大会準優勝の強豪だが、第1代表決定トーナメントの初戦で敗れると、中1日で和歌山箕島球友会と対戦。クラブチームを相手に大苦戦し、1点差で迎えた9回裏になんとか追いつき、10回でやっと振り切った。連戦で臨んだ次戦は楽勝したが、第3代表決定戦でまたも敗退した。さらに、中1日の第4代表決定戦も敗退。最後の最後、連戦となった第5代表決定戦をものにして、ようやく本大会出場に滑り込んでいる。

つまり、昨年の準優勝チームが、第3〜第5代表決定戦まで、4日間で3試合の予選を戦ったわけだ。コンディション管理もさることながら、「負けた……なぜ……」という落胆と焦燥から1日もたたないうちに次の試合を戦う精神のタフさも要求される。かつて200以上あった企業チームが、現在は90弱に減っているが、その分、どのチームも戦力が均衡しているし、本大会への競争率の低下は、むしろ「出なくてはならない」という心理をさらに加圧する。東京ドームへの道は、過酷なのだ。

V候補は日本生命、日本新薬、東京ガス……

そういう苦しい戦いを勝ち抜いた、32チーム。第87回都市対抗野球は、今日開幕だ。昨年の覇者で、日本選手権も制した日本生命には、史上2チーム目の夏秋夏3連覇がかかる。僕の注目は日本新薬、そして東京ガスだ。

日本新薬は33回目の出場だが、初めての近畿第1代表。雨天練習場の開設など、練習環境の充実した今季は有力新人7人を迎え、スポニチ大会も制している。昨年までも、2年連続でベスト8に入っていたが、安定感抜群の左腕・榎田宏樹(阪神・榎田大樹の弟)に加え、ルーキー・西川大地の加入が大きい。立命館大では、同期の桜井俊貴(巨人)とともに、関西学生リーグで3回の優勝に貢献。この2次予選では、準決勝で新日鐵住金広畑を13三振2安打で完封するなど、11回を無失点だ。これも含め、日本新薬は2次予選3試合で失点わずか1である。

またこれまでは、「高校野球のように泥くさく点を取るしかない」(岩橋良知監督)という印象だった打線も、力強さを増している。新人のうちスラッガー中稔真が四番にすわり、2次予選では同じ新人の浜田竜之祐が下位で4割をマーク。東京ガス、日本新薬ともに勝ち上がれば、準々決勝で対戦する。2次予選3試合の得点は18で、投手陣にかかる負担も、これまでより軽減するだろう。岩橋監督は言う。

「新人が7人入ってほかの選手の目の色が変わり、相乗効果でレベルが上がっています」

ただ、日本新薬ののゾーンには強敵がいる。最速152キロ右腕で、ドラフト候補・山岡泰輔の東京ガスだ。高卒3年目で、瀬戸内高時代からダルビッシュに絶賛されたスライダーはますます進化。そのキレは、バントを当てるのすらむずかしいと言われるほどだ。さらに、1年目から主戦として登板してきた経験は、「悪いなりに投げられるようになった」(菊池壯光監督)という対応力につながっている。第3代表決定戦では、速球が走らず毎回のようにヒットを浴びながら、スライダーを主体に9安打で完封だ。ドラフト解禁年の山岡は言う。

「今年は、てっぺんを取りたい」

この両者は順当に勝ち上がれば、準々決勝で対戦する。このゾーンはほかのチームも含め、2回戦から決勝まで4連戦という、きつい日程をどう乗り切るかが課題になりそうだ。ほかにも、めずらしく2年間優勝から遠ざかる神奈川からの東芝。5年ぶりのVを目ざすJR東日本は、昨年の4強・王子と初戦でぶつかる。創部100年目に悲願の優勝を狙う日立製作所は日立市長杯を制するなどで、列強がずらり。冒頭、山中さんの言葉の続きで締めくくる。

「都市対抗に出るチームは、どこにも優勝のチャンスがある。厳しい勝ち抜いてきたチームばかりですから、どこも力は紙一重なんですよ」

あなたの優勝候補はどこですか。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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