ビッグモーター問題、損保ジャパン調査報告書に記載されていない重要事項とは
損保ジャパンと親会社のSOMPOホールディングスは、ビッグモーターによる自動車保険の不正請求問題について記者会見を1月26日に開催しました。1月16日に最終報告書が提出され、金融庁からも25日に業務改善命令が出されました。記者会見では、損保ジャパンの白川儀一社長が1月末で辞任し、櫻田謙悟会長兼CEOが3月末で退任する発表もありました。筆者がこの問題で着目したのは、マスメディアのガバナンスとしての役割、最終報告書で明らかにならなかったこと、会見出席者から推測できる今後の説明責任の変化です。
■動画解説
https://www.youtube.com/watch?v=tEZkRXWChKs
損保ジャパンは何を批判されたのか
中古車販売大手のビッグモーターが事故車両の損傷修理費用を不正請求していた問題が大きく報道されたのは2023年7月。費用の水増し、虚偽、架空のみならず、意図的にゴルフボールで車体を傷つけることを繰り返していたことがビッグモーター社による調査報告書で明らかになり、ビッグモーター社も記者会見を行いました。
損保ジャパンは何が批判されたのでしょうか。2022年に損保ジャパンとして不正の情報を得て一旦取引を停止したのに、①追加調査せず早々に取引を再開したのは顧客軽視ではないか、②損保ジャパンの出向者も不正に関与していたのではないか、③損保ジャパンの持ち株会社であるSOMPOホールディングスはチェック機能を果たしていなかったのではないか、といった批判がなされたことから、2023年8月7日にSOMPOホールディングスによって第三者委員会が設置され、今年1月16日に最終報告書が発表されるに至りました。出向者は不正そのものに関与していなかったものの、組織として不正を知った後の対応に問題がありました。初動での失敗、クライシスコミュニケーションの問題です。
中間報告書、最終報告書において、筆者が感じた最大の疑問は、社内での情報共有の問題は指摘しているものの、どの時点で共有すべきであったのかを指摘していない点です。ビッグモーターは損保ジャパンからすると120億円の大手取引先であるのだから、本来なら1月の情報提供の時点、遅くとも3月のサンプル調査の時点で社長が知るべきリスク案件だった、と厳しく指摘することこそ今後の教訓になると感じました。
損保ジャパン社長が最初に知ったのは他社との懇親会
保険請求先の損保ジャパンがビッグモーター社の不正請求を把握したのは、2022年1月14日。その後5月31日まで4回にわたって情報提供者らとの面談をし、写真や確認書を取得。この内容が損保ジャパンの白川社長、役員に共有されたのは5月17日。3月からサンプル調査を行った結果、損保3社で75件の疑義事案が確認できたことから、他の損保2社と足並みを揃えてビッグモーターと取引停止をしたのは6月15日。
5月17日に社長と役員が情報共有したことになっていますが、中間報告書によると(最終報告書では省略されています)、白川社長が最初に知ったのは、5月16日、他の損保会社との懇親会場でした。
*A1社長:損保ジャパン白川社長
*F1会長:SOMPOホールディングス櫻田CEO
*C1社長:ビッグモーター社兼重社長
*BM:ビッグモーター社
*SJ:損保ジャパン
*SHD:SOMPOホールディングス
*DRS:ビッグモーター社への入庫紹介
なお、この報告書はとにかく読みにくい。伏字と真因アプローチ、内容の問題ですが後述します。全体経緯を俯瞰します。
【全体経緯】
2022年
1月14日:損保ジャパンは情報提供者と面談。
3月:サンプル調査の結果、損保3社で75件の疑義案件把握
5月16日:損保ジャパン社長が懇親会場で他社から聞く
5月17日:損保ジャパン社長が社内から報告を受ける
6月15日:ビッグモーターとの取引を停止する
7月1日:専務、金融庁担当する調査部責任者、保険サービス企画部、営業企画部、法務・コンプライアンス部がビッグモーター社作成による2つの調査報告書(工場長の指示ありとなし)の存在を把握する
7月6日午前8時:専務はビッグモーター社が副社長統治によって品質やミス問題が増えているメモを共有
7月6日午前11時~11時半:役員ミーティングにて取引再開を決定
8月29日:東洋経済による本件の報道
8月31日:SOMPOホールディングスのCEO、COOに報告
9月9日:ビッグモーター社の不正が工場長の指示である乙社(他の損保会社による自主調査)の結果が損保ジャパンに共有された
9月14日:ビッグモーターとの取引再停止を決定
2023年
7月17日:風評リスクへの対応を行う内部管理小委員会の初会合
7月18日:ビッグモーター社が自社サイトに調査報告書を掲載
8月7日:損保ジャパン第三者委員会設置
ビッグモーターの調査改ざんを認識したのは7月1日
ビッグモーターが自主調査した報告書は2種類あります。「工場長からの指示があった」と記載された報告書(ビフォーシート)、「工場長からの指示はなかった」と記載された報告書(アフターシート)。損保ジャパンが2つの報告書があると認識したのは、取引停止から2週間後の7月1日です。認知したのは、専務、営業企画部、コンプライアンス部らのメンバー。人数の記載はなく、社長と広報部は同席していません。
企業風土ではなく、専務と社長の信頼関係欠如ではないか
7月6日の役員ミーティングにおいてたったの30分で取引再開を決定してしまいました。これが決定的な判断ミスとなります。一体どうしてこのような判断に至ったのか。
最終報告書の原因分析では、他の損保会社への対抗心、大口取引先を失う危機感、被害実態の軽視、リスク認識の乏しさ、情報共有のなさ、会議メンバーの偏り、メンバーの主体性の乏しさといった記載があり、次のようにまとめられています。
重要な決定をたったの30分でおこなってしまったことから事態軽視の姿勢がみてとれます。がしかし、3月から専務らが得ていたビッグモーター社内の背景情報が社長に共有されていなかった要因は大きいのではないでしょうか。
ここから言えることは、専務までは3月の時点で順調に報告は上がっているのですから、原因は組織全体の企業風土の問題というよりも、社長の信頼関係の欠如ではないでしょうか。しかし、この点について最終報告書では指摘されていません。専務は3月の時点で4月に就任する新社長に共有すべきだったと記載する必要がありました。
東洋経済の報道後も主体的な行動が欠如
2022年8月29日の東洋経済の記事によってようやく損保ジャパンは緊急体制を組み、親会社に報告し、ビッグモーターとの取引再停止となりました。その意味で東洋経済は重要なチェック機能を果たしたといえます。しかしながら報道から取引停止まで半月を要していること、大義名分を探していること、他社情報によって取引を停止の決定をした事実から主体性の欠如がみてとれます。
損保ジャパン社長が不正を認識したのは他社の調査結果から
白川社長が改ざんを認識したのは、自社調査による結果ではなく、他の損保会社(乙社、どこか不明)を聞いたからであり、それが9月9日。白川社長は5月16日に他社の損保会社から今回の危機事案を知り、この時も他社の調査結果を知ってから再停止を決定しています。重要な情報は2回とも社内からの報告ではないということです。社長としてとんでもなく情けない状態をどう受け止めたらいいのでしょうか。この点について報告書では真因が明らかにされていません。
白川社長が4月に就任したばかりだったが故に社内での信頼関係が構築できていなかったのでしょうか。実は筆者が最初に本件を知ったのは、NHKラジオで、そこでは「社長が強硬判断した」とする内容でした。しかし、報告書を読むと違う実態であったため、ある種の印象操作、社長を引きずり下ろすためのリークが行われたのではないかと推測しました。報告書にも「強硬意見を主張する白川社長に押し切られたといった上命下服のような実態を認められない」(中間報告書P26 )と記載されています。
真因はそこにあるように思えてならないのですが、役員間の信頼関係について最終報告書では明らかにされていません。共有があった、なかったの事実だけなので物足りなさが残ります。せめて、専務が知った3月の時点で共有すべきだったと明記してこそ報告書の価値レベルを上げたのではないでしょうか。
CEOが改ざんを知った時とその時の指示内容が不記載
そして肝心なのは、SOMPOホールディングスへの報告のありかた。最終報告書における最重要部分になります。ここがまたよくわからない。そのまま引用します。
櫻田CEOが報告を受けたのは22年8月31日とされていますが、この時の内容が曖昧です。改ざんシートの存在はその時報告されなかったとされています。そうなると、一体改ざんシートの事実をいつ知ったのかが明確ではありません。そもそも白川社長が櫻田CEOに報告した形になっていないのも不可解です。また、櫻田CEOが8月31日の報告を受けた際に何を指示したのかが書かれていませんし、改ざんシートの存在を知った時のCEOの指示命令も書かれていません。大きな手落ちではないでしょうか。グループトップがいつ改ざんを知り最初に何をしたかが不明なのです。
伏字ばかりで解読に手間取る報告書
最悪なのが報告書の形式です。前述したように報告書の記述方法が損保ジャパンをSJとA社、SOMPOホールディングスをSHDとF社とダブル表記で読みにくい形になっています。報道機関や周知の会社、役員でさえ伏字になっています。これでは解読に手間取り、読み手であるステークホルダーに負担をかけてしまいます。ステークホルダーへの説明責任を果たすための第三者委員会報告書としてのレベルが低いと言わざるを得ません。一般的に盛り込まれる社員の生声もなく、真因究明へのエネルギー、熱意がないのっぺりとした報告書になってしまっています。
中間報告書の方がまだましでした。議論のやり取りが詳細で損保ジャパン白川社長の判断に至る過程がわかりましたから。日本を代表するリスクマネジメントの会社の最終報告書としては期待外れとしか言いようがない。第三者委員会報告書格付け委員会がわざわざ記者会見をして最低の評価を発表したのもさもありなん。
指名委員会の委員長が出席した意味
記者会見の形式として筆者が着目したのは登壇者です。1月26日の記者会見には、SOMPOホールディングスのCEO(会長)、COO(社長)、CRO(チーフリスクオフィサー)、指名委員会委員長、損保ジャパン社長、副社長(次期社長)が出席しました。指名委員会委員長の出席は珍しいといえますし、筆者が知る限りでは初めてです。指名委員長がなぜ出席したか、それは、最終報告書の提言で、一旦廃止された損保ジャパンの社外取締役を再度設置する改善案が示されたこと、社長の選出と任期の在り方が質問されることを予測してのことでしょう。その意味でスポークスパーソンの選出は的を射ており、抜かりなく準備したといえそうです。今後の記者会見では、不正の内容だけではなく、トップとしてふさわしい人だったのか、選び方や任期は適切だったのか、といったことまで説明責任が求められる時代になりそうです。
■動画解説 リスクマネジメント・ジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会)
<参考資料>
2023年9月8日 損保ジャパン記者会見(THE PAGE)
https://www.youtube.com/watch?v=alfl99Hc1TY
2023年10月10日 中間報告書
https://www.sompo-hd.com/-/media/hd/files/news/2023/20231010_2.pdf?la=ja-JP
2024年1月16日 最終報告書
https://www.sompo-hd.com/-/media/hd/files/news/2024/20240116_3.pdf?la=ja-JP
2024年1月26日 損保ジャパン記者会見(THE PAGE)