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プレサンス元社長えん罪事件 検察による違法な取調べはなぜ起きたのか 元検事が解説

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
筆者撮影 右:村上康聡弁護士 左:筆者

プレサンス元社長えん罪事件とは、2021年10月28日、大阪地方裁判所が、大手不動産会社であるプレサンスコーポレーションの元・代表取締役である山岸忍さんに対し、業務上横領事件につき無罪判決を言い渡した事件です。本事件で山岸さんの元部下を取調べた田渕大輔検事について、違法・不当な取調べを行ったとして、大阪高裁は特別公務員暴行陵虐罪に問う刑事裁判を決定(2024年8月8日)しました。検察では、密室での違法・不当な取り調べを防ぐため、身柄拘束事件については取調べ室での録音録画が義務付けられていますが、予防として機能していないのでしょうか。あるいは組織体制としての問題なのでしょうか。特別公務員暴行陵虐罪の起訴経験のある元検事・村上康聡弁護士にお聞きしました。

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誤った見立てで部下を取調べ、検事が50分間怒鳴り続けた

石川:日弁連のサイト上での事件内容を要約すると、2016年4月頃、プレサンスの山岸忍社長から理事長になるため18億円を借り入れた学校法人明浄学院のA氏と山岸社長の元部下らの共謀による業務上横領事件です。A氏は理事長就任後、同学校法人の土地を売却して得た21億円から、18億円を山岸社長に返済。しかし、この21億円は同学校法人の資産であって、A氏が山岸さんから借り入れた18億円の返済にあてられてはいけないお金であることからA氏による業務横領事件となる。A氏が山岸社長以外のプレサンス社員ら複数名と共謀した事件であることには争いがない。山岸社長の部下は、山岸社長は関係ないと供述したが、検察はこの事件の主犯格は山岸社長とする誤った見立てで捜査を進めたため、山岸社長のえん罪が発生した、ということのようです。

村上弁護士:間違えてはいけないのは、今回問題となっているのは山岸さんへの取調べではなく、彼の部下への取調べです。この事件における関係者の逮捕は2019年12月5日からで、山岸さんの部下を取調べた田渕検事が机をたたき、「ふざけるな」など罵倒したのは2019年12月8日、9日。この際の取調べが特別公務員暴行陵虐罪にあたるとし、山岸さんは刑事裁判を開くよう「付審判請求」を行ったのです。

石川:特別公務員暴行陵虐罪とは耳慣れない言葉ですが、具体的にはどのような罪なのでしょうか。

村上弁護士:特別公務員というのは、裁判・検察・警察の職務を行う人や被拘禁者の看守を行う公務員のことであり、陵虐とは、強く侮辱する、過度に恫喝する、威圧的・侮辱的な言動を続けるなどして精神的苦痛を与える暴行以外の行為に対して成立する罪です。

しかし、この検事については、山岸さんが大阪地検に特別公務員暴行陵虐罪で告訴又は告発をしたのですが、これが不起訴処分となり、罪には問われなかった。今回、山岸さんは、これに対して検察審査会に不服を申し立てるのではなく、大阪地裁に刑事訴訟法によって特別に認められている「付審判請求手続き」を選択しました。

この手続では、裁判所が特別公務員暴行陵虐罪の嫌疑があって、刑事裁判を開いてその責任を問うのが相応しいと判断すれば、付審判決定によってこの検事を起訴できるのです。これは、検察に認められている起訴独占主義の例外で、裁判所が起訴するため「準起訴手続」と呼ばれています。特定の公務員犯罪について検察官が公平中立に起訴する可能性が低いので、このような制度が設けられているのです。

大阪地裁は昨年3月、12月8日の取調べを陵虐行為と認定しましたが、継続的ではないとして付審判の決定をしませんでした。これに対し、山岸さんは大阪高裁に抗告した結果、先日、付審判の決定が出され、この手続によって初めて検事が被告人となったのです。

石川:今回被告人となってしまった田渕検事は実際にどのような発言をしたのでしょうか。

村上弁護士:大阪高裁の決定によれば、「検察なめんな」「うそをついても謝りもしない非常識な人間」「検察は人の人生を狂わせる権力をもっている」などと一方的に約50分間どなり、机をたたくなどして責め立てた、となっています。録音録画もされている中でのことですから組織体制としてもチェック機能が働いていないことになります。根深い問題だと大阪高裁が指摘しています。この取調べによって元部下の方は、山岸さんが共犯だとの虚偽の供述をしてしまい、これに基づいて山岸さんが起訴されているわけですから。

付審判と検察審査会の違い

石川:山岸さんは激怒して本の出版やYouTubeでも発信していますよね。山岸さんは多数の弁護士を雇い最強のチームで臨んだと語っていました。付審判請求と検察審査会とは異なるのでしょうか。

村上弁護士:検察審査会は、国民から選ばれた検察審査員によって審査される制度ですが、付審判は裁判所が判断します。

石川: 山岸さんとしては、検察審査会の選択もあったけれど、今回は大阪地裁に付審判請求を行ったということですか。

村上弁護士:検察審査員は、不起訴処分のよしあしを判断するのみですし、起訴相当が2回出なければ検察官に起訴を強制できず、時間がかかります。裁判所であればより強い権限による判断となり、付審判の決定により起訴と同じ扱いとなり刑事裁判が開かれることになりますから、裁判所への付審判請求という形を取ったのでしょう。これにより、本年8月8日に山岸さんの部下を取調べた検事が起訴されたことになります。

チェック機能不全は特捜部で起こりやすい

石川:録音録画がチェック機能になっていない点が驚きです。なぜこのような問題が起こってしまったのでしょうか。

村上弁護士:原因として2つあると思っています。個人の資質と組織面。資質という面でいうと、検事は警察のように交番で市民と触れ合って聞き上手になるという経験がないまま検事としての仕事をしています。検事は聞き上手になる経験を積む機会がないのです。私の場合は新任検事だったころベテラン事務官がついて指導を受けることができました。

組織面でいうと、私がみたところ、検事の取調べの違法性が問題となっている事案は、ほとんどが検察独自の捜査の事案で、特捜部の案件です。特捜部だとチェック機能が働きにくい面があります。警察から送られてきた事件は検察がチェックしますが、特捜部の捜査については、独自捜査で複数検事がいても主任検事に報告する形をとるため、内部でのチェック機能が働きにくいのです。

チェックするといっても上司の副部長、部長ら身内でのチェックになります。彼らは主任から説明を受けるだけで、取調べの内容、供述経緯や調書内容の信用性について厳密にチェックせず、そこは主任検事に任せているのが実情ではないかと思うからです。そこに問題があるようにみえます。

見立てに沿った形で捜査を進めてしまう点は指摘されていますが、本当に供述というのが必要なのか、殺人事件で人違いがないように秘密の暴露を求めたり徹底した裏付け捜査をして自白の信用性を吟味するのとは違って、財政経済事件では本当に供述がどの程度必要なのか。客観的な証拠で判断するようになっている裁判所の事実認定の現状に沿わないような気がします。

取調べの質を上げるために必要な組織体制とは

石川:大阪地検特捜部というと、村木事件での主任検事の証拠改ざんを思い出し、またか、と思ってしまいました。二度と起こしてほしくないというのが国民感情です。どのようなチェック機能が有効だと思いますか。

村上弁護士:録音録画についてしっかりと監査すべきではないかと思います。全てでなくても特捜部のだけ、あるいは黙秘又は否認している事件といったものだけでもチェックする仕組みにしてはどうかと思います。そうしないと世の中から取り残されてしまいます。また、副部長、部長も処分を決める前に録音録画をしっかり見るべきではないでしょうか。

石川:録音録画が膨大でも今ならAIがありますから一瞬でチェックできますよね。また、リアルタイムでもアラーム鳴らすことはできそうです。組織体制として改善が足りないように見えます。

村上弁護士:私は自分の経験から考えると検事へのカウンセリング体制があるといいと思います。検事の仕事はかなりプレッシャーがかかりますが、誰にも何も言えません。上司と意見が合わない、取調べがうまくいかない、調書作らないといけないなど追い込まれます。私も精神的にきついと感じたことがあります。私の場合、夜遅く神社に行ってお参りして心を安らかにするようにしていたこともありました。

石川:一人の検事さんが抱えている事件は多いと、以前おっしゃっていましたが、そういった仕事量の多さもあるのでしょうか。

村上弁護士:その意味からすると、特捜部はある特定の事件を追いかけるから、取調べ担当の検事はその事件だけ集中できますので、普通の検事よりも時間はありますよ。というか時間があるから、持てあましてしまって今回のような無理な取調べをしてしまったのかもしれません。

石川:特捜部の検事はどのように選ばれるのですか。

村上弁護士:分かりません。

石川:特捜部に行く検事にはどんな経験が必要だと思いますか。

村上弁護士:捜査一課の殺人事件の経験をすると、どろどろした人間関係の考察力が高まり、取調べの質が上がると思います。供述は取調官の人間性を信頼してもらわないと引き出せないからです。また、検察の取調べを受ける方々に対して申し上げたいのは、検察の取調べで不安になったら「弁護士の先生と相談したい」と言ってください。むしろ言うべきです。また、検事から不穏当な発言を受けた場合には、それに苦情を言うなどし、しっかり録音録画に残るようにするとよいでしょう。

石川:特捜部に配属される検事のキャリアパスが明確ではないのが一番大きな問題であるように感じました。特捜部に行く人の資質や経験を透明化することの他に、録音録画のAIチェック導入といったデジタル化、検事のカウンセリング体制といった精神的ケアなど貴重な提言をいただきました。本日はありがとうございました。

【村上康聡(むらかみ・やすとし)氏略歴】

東高円寺法律事務所 弁護士/元検事

山形県生まれ。昭和57年中央大学卒業、昭和60年検事任官、その後、東京地検、那覇地検、米国SEC・司法省での調査研究、外務省総合外交政策局付検事、内閣官房内閣参事官、東京地検刑事部副部長、福岡地検刑事部長等を経て、平成19年弁護士登録。その後、株式会社グローバルダイニング監査役、日弁連国際刑事立法対策委員会副委員長。著書に「海外の具体的事例から学ぶ腐敗防止対策のプラクティス」 「元検事の目から見た芥川龍之介『藪の中』の真相」

■動画解説 リスクマネジメント・ジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会)

https://www.youtube.com/watch?v=ddNAq_Sd8Ms

<参考サイト>

プレサンス事件(日本弁護士連合会)

https://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/visualisation/falseaccusation/case5.html

「検察なめんな」発言の元特捜検事が刑事裁判へ 特別公務員暴行陵虐罪 無罪のプレサンス元社長が請求(産経新聞 2024年8月8日)

https://www.sankei.com/article/20240808-V2GWC6KFLZNR3BDTHESG47FYCQ/

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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