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大阪府北部の地震から2週間 大都市の弱さ、見えた10の課題

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

 6月18日、通勤・通学時間帯の7時58分、マグニチュード6.1の地震が発生し、最大震度6弱の揺れが我が国第2の都市圏・大阪を襲いました。筆者は、上京のため名古屋から「のぞみ」に乗っていました。一人の携帯電話から緊急地震速報の音が聞こえたので、すぐにPCで確認したところ、M6.0、震度6弱との緊急地震速報が届いていました。新幹線はその後も通常運転し、30分ほどたって減速し、京都~岡山間と小田原~東京間で停電との車内放送の後、停車しました。その後、3時間程度遅れて東京駅に到着しました。乗客は平静で、デッキで予定変更の電話連絡をする乗客が見られる程度でした。筆者は、インターネット配信によるテレビの災害報道で状況を確認でき、モバイル通信の威力を実感しました。本稿では、この地震で感じた10個のことについて述べてみます

1.大都市ゆえの被害の拡大

 M6.1の地震は日本中どこでもいつ起きてもおかしくはありません。ですが、震度6弱程度の揺れで、5人の死者、422人の負傷者となり、住家被害は全壊3、半壊20、一部損壊12,727にも及びました(6月26日、消防庁)。

 1995年阪神・淡路大震災の後、最大震度が6弱の被害地震は19、そのうち死者が出た地震は8つありますが、5人もの死者が出た地震はありません。死者を出した地震の多くは、地震規模が大きく、地震計の設置数が少ない地方の地震です。例えば、M7.0の2005年福岡県西方沖地震(死者1人)やM8.0の2003年十勝沖地震(死者1人、行方不明1人)、M7.0の2011年福島県浜通りの地震(死者4人)などです。また、M6.1の地震は9地震ありますが、死者を出した地震は1人が犠牲になった2012年千葉県東方沖地震だけです。

2.震度のインフレ

 阪神・淡路大震災での大阪府の震度は4、死者は31人、全壊家屋数は895棟でした。これに対し、今回の地震の最大震度6弱で、死者は5、全壊家屋数は3です。23年前には大阪市中央区大手前に設置された計測震度計が大阪の震度を代表していましたが、現在は大阪府内に88地点の震度計があります。地震計が高密度に設置されたことで、大きな震度を記録したようです。

3.短周期の揺れが幸いし軽微な建物被害

 観測された揺れを分析すると、短周期の揺れが卓越しており、長周期地震動階級も2と、長周期の揺れは大きなものではありませんでした。

 阪神・淡路大震災でも観測された大阪市中央区大手前の揺れを、大阪府北部の地震と比べてみると、建築物への影響の大きい1秒前後の揺れは阪神・淡路大震災の方が2~3倍大きいことが分かりました。2つの地震での全壊数、895棟と3棟の差が理解できます。

4.ブロック塀と家具転倒による犠牲者

 犠牲者のうち2人は塀の倒壊、3人は本棚の転倒などが原因でした。ブロック塀の問題は、1978年宮城県沖地震で大きな社会問題になりました。この地震では、死者28名のうち18名がブロック塀などの下敷きで亡くなりました。その後、耐震基準が改訂されましたが、不遡及の原理のため、未だ危険な古い塀が多く残っています。

 家具固定の大切さも、長く指摘され続けてきましたが、遅々として進んでいません。大都市には中高層の集合住宅が多いため揺れが増幅しやすく、居住空間も狭いので、家具転倒の危険度が地方に比べ高くなります。大都市では、家具の転倒防止対策がより重要になります。

5.耐震化、天井落下防止が優先される学校

 阪神・淡路大震災以降、授業中の生徒の安全確保のため、校舎や体育館の耐震化が進められてきました。また、2011年東日本大震災や2016年熊本地震での大規模な天井落下を受けて、体育館などの天井落下対策も行われてきました。その結果、公立学校施設の耐震補強や天井の落下対策などは概ね終了しました。一方で、直接的に生徒や避難者に関わりにくいブロック塀対策などは遅れました。この地震をきっかけに、屋外地震対策が進むことが望まれます。

6.一人暮らしが多い大都市の怖さ

 犠牲者のうちの2人は、独居の高齢者で、地震の翌日以降に見つかりました。大都市には、大学生や独身男性など、周辺との付き合いの少ない若者や、介護が必要な老人など、多くの人が一人で暮らしています。大規模災害時には交通網の遮断で介護士の訪問も困難になります。独居世帯の多い大都市の安否確認の難しさが明らかになりました。

7.通勤・通学時間に起きたことによる出勤・帰宅困難

 地震が発生した7時58分は、通勤・通学時間帯に重なりました。直下の地震のため、緊急地震速報は間に合わず、突然の揺れに見舞われました。幸い、揺れが強烈ではなかったので、脱線などは免れました。

 近年は、鉄道各社が相互乗り入れしており、運航停止の影響が各社に波及します。このため、多くの人が出勤困難になりました。また、列車停止によって、道路渋滞が発生し交通網がマヒしました。また、復旧が遅れたため、出勤していた人は帰宅困難に見舞われました。

8.エレベータの緊急停止

 大都市にはエレベータに頼る中高層の建物が多くあります。今回の地震では、4万5千基のエレベータが緊急停止し、339基で閉じ込めが発生したと言います。より大きな地震が発生し、出勤時の満員のエレベータが多数停止し、身動きできない状態で長時間閉じ込められたとしたらどんな事態になるでしょうか? 想像するだけで、ぞっとします。

9.地震規模、震度の割に大きい経済損失

 SMBC日興証券によると経済損失は1800億円に及ぶようです。従業員の出勤困難や、交通網のマヒによる部品供給の停滞などで、大企業の工場が停止しました。

 ライフラインについても、電気は早期に回復しましたが、ガスは11万2千戸が供給停止しました。ガス導管網のブロック化による供給停止システムが整備されたおかげで、供給停止で被害波及を抑えることに成功しました。ただし、復旧には、各戸を訪問して安全確認をする必要があるため、1週間の停止を余儀なくされました。

10.まぬがれた延焼火災

 8件の火災が発生しましたが、幸い、延焼することはありませんでした。各自治体消防の消火能力以下の発生件数だったことが幸いしました。ただし、震度5弱だった尼崎市では、工場の炉から溶融亜鉛がこぼれケーブルが発火する小規模な火災が発生したようです。

 今回の地震から、大都市の災害脆弱性を認識した上で、個々の家庭での備えを進める必要があります。今回の地震で指摘されたことは、いずれも過去の地震災害で言い古されてきた課題ばかりです。直下の地震では緊急地震速報は間に合わず、事前のハード対策のウェイトが鍵を握ります。古い家屋の耐震化、家具の転倒防止、古いブロック塀の撤去など、着実かつ速やかに進めていきたいと思います。被災地には、有馬―高槻断層、上町断層、生駒断層、中央構造線などの活断層があり、さらに大きな地震の発生も危惧されます。また、発生が懸念される南海トラフ地震への準備過程の一つだと思われます。この地震を契機に、一層の地震対策を心がけたいと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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