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書道が「競技」に 全国に広がった地方局社員の「発見」

境治コピーライター/メディアコンサルタント
「書道パフォーマンス甲子園」会場の伊予三島運動公園体育館

2019年8月4日、四国のある町で書道の”甲子園”が開催された。たった一日の開催で、106校から予選を勝ち抜いた20校の参加と、高校野球の甲子園と比べるとずいぶん規模は小さい。だがおそらく生徒たちの情熱、そして魅せてくれるレベルの高さでは決して劣らないだろう。それが「書道パフォーマンス甲子園」。舞踏や芝居、さらにスポーツの要素も含む不思議な書の祭典だ。

書道パフォーマンスは10名前後のチームで巨大な紙に6分間で書を完成させる独特の「競技」で、音楽に合わせて舞うように筆を使い、できあがった書だけでなくパフォーマンスも含めて競う。むしろ、パフォーマンスを含めて見ないと書から伝わるものも半減する。なんと不思議な表現形態かと、初めて見た筆者は驚き興奮した。

音楽に合わせて舞いながらチームで書を完成させるのが書道パフォーマンスだ
音楽に合わせて舞いながらチームで書を完成させるのが書道パフォーマンスだ

今年は、3連覇を狙う福岡県八幡中央高校に対し、5年連続出場だが無冠の実力派、長野県松本蟻ヶ崎高校が渾身の勝負を挑み見事優勝を果たした。八幡中央は「曝け出せ我が青き衝動 墨狂」という突き抜けた書をまさに狂ったように書きなぐって勝負をかけ、一方の松本蟻ヶ崎は「書志貫徹」を原初的な隷書体で丁寧に描いた上で「書の継承者は我等なり」と堂々たる宣言でまとめた。書の果てまで突き進もうとする八幡中央に対し、書の原点に戻れと松本蟻ヶ崎が雄々しく呼びかけていたかのよう。新しい要素を取り入れながらも、両校とも「書」そのものをテーマに力強い言葉で迫ったのが印象的だった。

「墨狂」と突き抜けたメッセージで書に向き合う真摯さを表現した2位の八幡中央
「墨狂」と突き抜けたメッセージで書に向き合う真摯さを表現した2位の八幡中央
「書志貫徹」を隷書体で丁寧に書き上げ堂々と書の後継者を宣言した松本蟻ヶ崎が優勝した
「書志貫徹」を隷書体で丁寧に書き上げ堂々と書の後継者を宣言した松本蟻ヶ崎が優勝した

「書道パフォーマンス甲子園」は2008年にスタートし、今年で第12回を迎えた。短い期間でこれほどレベルの高い催しになったのは驚きだが、その成長には地域メディアの後押しがあった。そもそもイベント自体、一人のローカル局の社員が「発案」したものだったという。

一人の地方局ディレクターが発見し発案した大会

「書道パフォーマンス甲子園」を発案したのは、愛媛県の地上波テレビ局、南海放送の制作部に所属するディレクター・荻山雄一氏だ。きっかけとなったのは、「書のデモンストレーション」と称し地元の商店街などで音楽に合わせて踊るように書を描いていた愛媛県立三島高校の書道部。荻山氏は、地元の町を元気にしたいという意図で始まったその活動を追うドキュメンタリーを制作した。番組自体も評価されたが、彼は三島高校書道部の思いをもっと大きく広げられるのではと考え、市のイベントとして四国中央市に提案した。四国では他にもいくつかの町で「〇〇甲子園」が開催されていたのもヒントになった。そして四国中央市は巨大な製紙工場が立ち並ぶ4つの市町村が合併して2004年に誕生した紙の町。紙製品出荷額日本一の同市にとって、書道の大会はうってつけだったのだ。

大会前日、リハーサルを見ながら演出プランを詰める南海放送・荻山氏
大会前日、リハーサルを見ながら演出プランを詰める南海放送・荻山氏

こうして2008年に、川之江駅近くの栄町商店街で「第1回書道パフォーマンス甲子園」がスタート。四国中央市では毎年「四国中央紙まつり」が行われており、商店街での書道パフォーマンスは自然な流れだった。ただ、まだこのときは3校だけが参加する小さな規模だった。

その後、南海放送のキー局、日本テレビが2010年に映画『書道ガールズ!!私たちの甲子園』を制作、成海璃子主演で全国公開し、スマッシュヒットとなった。同年、NHKも漫画を原作に『とめはねっ!鈴里高校書道部』をドラマ化。これらの映画とドラマが追い風となり、「書道パフォーマンス甲子園」の参加校は急増。観戦する人もどんどん増えていった。商店街の一角では入りきれなくなり、いまは伊予三島の体育館に会場を移して続いている。

たった3校で商店街の一角で開催された第一回大会(写真提供:南海放送)
たった3校で商店街の一角で開催された第一回大会(写真提供:南海放送)

荻山氏と南海放送のチームは、この大会を第一回から放送している。当初は、生徒を主人公にしたドキュメンタリー番組を大会後に放送していたが、2年前からライブ性にこだわるようになった。とは言え、9時から5時までの大会をすべては放送できないので午後3時から5時までの2時間番組として放送する。

昨年までは当日の演技をダイジェスト的に放送し、最後の審査結果発表の部分は生放送していた。ところが審査の進行は意外に間延びし、放送には向かなかった。そこで今年から、すべて編集しながら放送するやり方に変えたという。会場裏にある中継車で、ライブで映像を収録しながらその場で次々に編集し、できた映像を放送に乗せていく。途中でCMが入るタイミングも計算するわけで、2時間ずーっと綱渡りの作業。中継車を覗きにいったが話しかけられる状況ではなかった。

放送は愛媛県だけだが、系列各局に番組販売が行われるので数ヶ月かけて全国で放送される。ローカル局がネットワークを生かして全国に「書道パフォーマンス甲子園」の様子を届けているのだ。この新しい競技を四国のひとつの高校の催しから全国的大会に広がるプロセスでの、南海放送の功績は大きい。

中継車の狭いブースで、編集しながら放送する離れ業に挑む荻山氏と南海放送チーム
中継車の狭いブースで、編集しながら放送する離れ業に挑む荻山氏と南海放送チーム

南海放送は日本テレビ系列なので、動画配信サービスHuluも活用。過去の大会の演技を視聴できるほか、大会当日はライブ配信も実施する。これは放送内容とは別に、9時から5時まで、大会のすべての様子をアナウンサーの実況と地元の書道家の解説で中継している。だから日本中の書道ガールズが会場の様子をリアルタイムで視聴できる。全国から参加する大会なので、会場に行けない関係者には便利だ。

体育館内の放送実況席。アナウンサーの藤田勇次郎氏と解説の書道家・藤岡抱玉氏
体育館内の放送実況席。アナウンサーの藤田勇次郎氏と解説の書道家・藤岡抱玉氏

ケーブルテレビと新聞が大会を盛り上げる

「書道パフォーマンス甲子園」を支えるのは地上波テレビ局だけではない。ケーブルテレビ局である四国中央テレビもこの大会にとって重要な存在だ。南海放送がHuluを通じてネットで大会全体を生配信しているのと並行して、四国中央テレビも大会を最初から最後まで市内の契約者に対して放送している。会場内に機材を持ち込んで、調整室のような空間を簡易に構築し中継するのだ。その映像は会場の巨大なスクリーンでも映し出されるので、多少見にくい席の人も演技をじっくり見ることができる。天井に真俯瞰のカメラが据えつけられ、随所にその映像もインサートされ見応えを高めている。

会場である体育館の片隅に設置された四国中央テレビの調整機材
会場である体育館の片隅に設置された四国中央テレビの調整機材

四国中央テレビは、その名前の通り四国中央市の誕生とともに設立されたケーブルテレビで、コスモスネットワークの愛称で地元の人びとに親しまれている。四国中央市も株主に名を連ねており、この大合併でできた新しい自治体のあらゆる催しを放送している。「書道パフォーマンス甲子園」は中でも力を入れて生中継する催しで、現場でスイッチング作業しているのは社長自身だ。

ケーブルテレビは地域を超えた番組供給網を構築している。四国は特にネットワーク化が進んで各ケーブル局が制作した番組を気軽にやり取りしている。また全国レベルでも最近は番組供給ネットワークができつつある。こうした仕組みを通して、日本中のケーブルテレビでも「書道パフォーマンス甲子園」に触れる機会ができている。南海放送同様、四国中央テレビもこの大会の全国普及に貢献しているのだ。

愛媛県全体を放送地域とする南海放送と、四国中央市をエリアとするケーブルテレビがこの大会を放送する形は、今後の地上波テレビとケーブルテレビの連携と役割分担のモデルとなるかもしれない。実際、政界からの要請もあり、いま地上波とケーブルの連携についての議論が起こりつつある。Society5.0を実現する上でも地域メディアがどう力を合わせるかは考えるべきポイントだ。その具体的事例が「書道パフォーマンス甲子園」で垣間見えたように思った。

もうひとつ、「書道パフォーマンス甲子園」の話題づくりで重要な役割を果たしているのが、愛媛新聞だ。県紙として全国的に知られる大会を記事にするのは当然とは言え、たんなる報道としてだけでなく、第一回から大会の盛り上げに寄与している。今年は5月の応募校数の発表に始まり、大会当日まで数回に渡り記事にしたほか、高校生が記事を書くシリーズ「青春の筆跡」も掲載した。

愛媛新聞より 掲載許可番号d20190902-002
愛媛新聞より 掲載許可番号d20190902-002

大会の前日、8月3日夜に行われた前夜祭。全チームが参加してホテルの宴会場が満杯になっていた中、愛媛新聞の雲出浩二記者が忙しく取材していた。カメラで撮影し、メモを取り、そして時々スマートフォンを慌ただしくいじっている。ツイッターで投稿しているのだ。

「愛媛新聞・書道パフォーマンス甲子園取材班」のアカウント名で大会の準備から当日の様子まで積極的に投稿している。この投稿を追っていけば、この大会がどのようなものなのかがおおよそわかるだろう。それくらい丁寧に、頻繁に投稿していて、事実上の公式アカウントと言っていい。報道機関として行政との距離感には留意しながらも、やはり地元新聞社として地域活性化に貢献したい思いが、こうした取り組みにつながっているのだ。

高校生の他校研究を支えるもうひとつのメディア

ところで取材する中でひとつ、不思議だったことがある。もともと書道にはパフォーマンス的な要素があったが、ダンスや芝居の要素も組み込んだいまの書道パフォーマンスはどう見てもこの大会とともに育った文化だ。それが四国だけならともかく、今年優勝した長野県や東北にも参加校が広がったのはなぜなのか。そこにはどうやらネットが寄与しているらしい。参加した生徒たちに「書道パフォーマンス」に触れたきっかけを聞くと、「YouTube!」という答えが圧倒的に多かったのだ。

荻山氏に聞くと、各校の演技をHuluで配信する際には音楽の著作権で苦労するそうだ。生徒たちは気に入った曲を自由に使う。放送では包括契約があるが、これをネット配信する際はあらためて権利者から許諾を取る必要があり海外の有名な曲だとほぼ無理だ。Huluでは泣く泣く音楽を削除するなどして対処するそうだ。YouTubeでも同様の著作権処理が必要だ。

南海放送はHulu対応に手一杯で、YouTubeでの配信は無理だ。四国中央テレビでも聞いてみたが、YouTube配信は自分たちもまだ検討中の段階だという。あれ?南海放送でも四国中央テレビでもないなら、誰がYouTubeで配信しているのだ?ひょっとしたらテレビを録画して誰かが海賊的に置いているのか?

ところがちがった。検索すると「459四国みかんうどん」というチャンネルがあり、テレビ局の映像ではなくどうやら会場で自分が撮影した映像を配信している。しかも、著作権で許諾が必要な音楽は削除している!そんな面倒な作業までしているとは!

このチャンネルでは過去数年間に渡り「書道パフォーマンス甲子園」の演技の映像を各校ごとに分けて配信しており、その中には数十万回も再生されているものもある。

  • 第9回優勝の高松商業の演技。32万回以上もの再生数だ

なるほど、と納得した。生徒たちが「YouTubeで見てます」というのはきっとこのチャンネルの映像なのだ。優れた演技は各校の生徒が何十回も見てきたのだろう。10年間で急激に書道パフォーマンスが進化してきたのは、このチャンネルで他校の演技を徹底的に研究したことも大きいのではないか。

この「459四国みかんうどん」にコンタクトして取材をお願いしてみたが、応じてもらえそうになかった。おそらくスポットライトを浴びたくないのだろう。それより、四国の文化の一つとして書道パフォーマンスを丁寧に配信してみんなに参考にしてもらうことが、運営者の願いなのだろうと思った。

先述の通り、南海放送や四国中央テレビの映像が、この大会を全国に広めることに大きな役割を果たしたのはまちがいない。だがそれとある意味同等に、名も無いYouTubeチャンネルがいまの高校生たちに大会を広め、文化が育つための大きな貢献をしているとしたら驚きであり、極めて現代的な現象だと思った。地域を元気にする力は、いわゆる地域メディアと同じくらい市民が撮影したYouTube動画にもある。

そこから、地域創生のリアルな方法論も浮かび上がりそうな気がする。地域を活性化するために、メディアができることはある。だが一つのメディアだけでは力が足りない。市民も含めて力を出し合うことで、大きな大きな力に膨らむ。取材から、そんなことが実感できた。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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