いじめ被害を受けた子の親が法的にできることとその限界
2011年に大津市で起きた中2いじめ自殺事件。大津地裁が元同級生である加害者3名のうち2名に約3700万円の賠償を命じた。わが子がいじめの被害を受けた時、親として法的に何ができるだろうか。
【「いじめ」とは】
この大津のいじめ自殺事件を契機として、2013年に「いじめ防止対策推進法」という法律が制定・施行されたのをご存じだろうか。
同級生3名から手足を縛られ、口を粘着テープで塞がれ、トイレなどで殴られ、口にハチの死骸を乗せられるなど数々の被害を受けてきた中学2年の男子生徒が、自宅マンションから飛び降り、自殺した事件だ。
学校側はその前後を通じて何ら適切な対応をせず、担任の男性教師も笑いながら「あまりやりすぎるなよ」と言うのみで黙殺し、学校・教育委員会ともども様々な隠ぺい工作に走った。
加えて、加害者側は「単なる遊びの一環であり、本人も嫌がる素振りを見せておらず、いじめに当たるとは思っていなかった」と弁解し、学校側も同様に逃げの姿勢に終始した。
そこで、いじめ防止対策推進法は、改めて「いじめ」について、次のように定義した。
「小学校や中学校、高等学校などの学校に在籍する児童や生徒(「児童等」)に対し、彼らと同じ学校に在籍しているなど一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的または物理的影響を与える行為であって、その行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」
重要なのは、加害者側の加害意識の有無や程度ではなく、あくまで被害者が苦痛を感じたか否かをいじめに当たるか否かの判断基準としている点だ。
【学校側の義務】
その上で、この法律は、「児童等は、いじめを行ってはならない」と断言して一切のいじめを禁止し、学校側にいじめ防止に向けた教育の充実や早期発見措置、相談体制の整備、適切迅速な対処、徹底調査と保護者らへの報告などを求めている。
また、いじめ事件の被害拡大や隠ぺい、わい小化を防ぐため、いじめが犯罪に当たる場合、学校側は警察と連携して対処しなければならず、特に児童等の生命や身体、財産に重大な被害が生じるおそれがあれば、直ちに警察に通報して援助を求めなければならないとしている。
ただ、罰則はなく、学校側も保身に走って何かと穏便に済ませようとするので、大津の事件のように被害者の自殺でマスコミが大きく取り上げない限り、なかなか問題が表面化しにくいというのが実態だ。
【刑事事件としては絶望的】
そこで、いじめを防止するため、加害者らを厳罰に処すべしといった考えもある。確かにいじめは名誉毀損や侮辱、強要や恐喝、器物損壊、暴行や傷害といった刑法上の犯罪に当たる場合が多いだろうが、現実には絶望的だ。
というのも、刑法は「14歳に満たない者の行為は、罰しない」としており、そもそも加害者が14歳未満であれば処罰できないからだ。
14歳以上であっても、証拠がなければそれまでだし、少年法で手厚く保護されているため、よほど前々から問題行動を繰り返してきたとか、被害者に重傷を負わせる傷害事件や被害者から高額の金銭を奪う恐喝事件を起こしたような場合でなければ、立件されることなどない。
仮に立件されても逮捕はなく、家庭裁判所の審判で何の処分も受けずに終わるか、せいぜい保護観察止まりというのが関の山だ。
暴行による打ち所が悪く、死亡してしまったといった明白な傷害致死のケースや、自殺を強要し、そそのかしたといった特異なケースでもない限り、いじめと自殺との間の刑法上の因果関係は否定されるから、被害者の死の結果に対して刑事責任を負わせることも不可能だ。
大津の事件でも、元同級生の加害者3名のうち1名は事件当時14歳未満だった。それでも遺族はこの3名を刑事告訴したものの、警察に受理を渋られた挙げ句、逮捕には至らなかった。
2014年に下された家庭裁判所の審判も、ほかの被害者に対する暴行事件などと合わせてようやく2名が保護観察となっただけで、1名は処分なしで終わっている。
【民事責任にも高い壁】
そこで、加害者やその保護者、学校側に一生かけても支払えないほどの高額の損害賠償責任を負わせれば、いじめなどなくなるのではないかと考える人もいるだろう。
実際に数多くの民事裁判が行われているが、これも現実には高い壁がある。
加害者本人に損害賠償を請求する場合、前提として民事上の責任能力が認められなければならないし(刑事と違って一般に12歳程度がそのライン)、たとえ被害者側が勝訴しても加害者本人には賠償能力がないからだ。
加害者である子の監督義務を怠った親や、いじめ防止措置を怠った担任教師、学校、自治体などに損害賠償を求めることも可能だが、やはり遺族の主張が認められて勝訴するのはまれだ。
裁判では必ず個々のいじめ行為の有無や程度、認識などが争われるが、遺族が証拠に基づいてそれらの事実を具体的に主張し、立証しなければならないからだ。
関係者が口を閉ざし、むしろ提訴した遺族が悪いかのようなデマが流されることまであるから、証拠集め一つとっても容易ではない。
また、いじめの事実までは認定されても、いじめと自殺との因果関係の有無や、自殺まで予見できていたか否かが必ず争われ、裁判所もこれらを簡単には認めようとしない。
【遺族の本音は】
ただ、遺族が民事訴訟を提起する真の理由は、賠償金が欲しいからではない。
学校の取りまとめで加入している災害共済給付制度があり、いじめ自殺だと2800万円程度の見舞金が支払われるし、被害者側が加入する保険でカバーされる部分もあるからだ。
むしろ、遺族の本音は、事実が隠ぺいされ、関係者が逃げの姿勢に終始する中、わが子が自殺に追い込まれた真相を知りたいとか、加害者やその親、学校側から誠意ある謝罪の言葉を聞きたいといったものだ。
大津の事件でも、遺族による2012年の提訴後、2015年に大津市との間でこそ和解が成立した。
具体的には、学校側が被害者に対する安全配慮義務を十分尽くさず、自殺を具体的に予見できたにもかかわらず適切な対応をとらずに予防できなかったことや、事後も適切な対応を行わなかったことに対して謝罪し、和解金1300万円を支払うといった内容だ。
しかし、加害者やその親との裁判は続いた。
今回、大津地裁は、7年の審理を経てようやく加害者2名に賠償を命じており、被害者が自殺に追い込まれていった心理状態などを丁寧に認定したことを含め、ほぼ前例のない画期的な判決にほかならない。
しかし、加害者1名やそれぞれの親に関しては、遺族の請求をすべて棄却している。
賠償を命じられた加害者2名の控訴が見込まれるから、まだまだ裁判は続くはずだし、高裁が地裁の判断を是とするとは限らない。
加害者やその親から誠意ある謝罪の言葉を聞きたいという遺族の思いも、いまだ実現されていない状況にある。
【いじめ防止対策の今後】
そもそも、いじめは学校のような集団生活の中では不可避であり、根絶することなどないだろう。
社会経験を経て善悪の区別がつくはずの大人ですら、職場や趣味の集まり、町内会、保護者会など様々なコミュニティの中で大なり小なりいじめに当たる行為を行っているからだ。
そこで、学校側がいかに早期に発見し、早期に対処するかが重要となる。
まずは、改めて各学校でいじめ防止対策推進法の趣旨を周知徹底し、最低でも法律が求める防止措置や対処を完全に実施すべきだし、保護者も法律の中身をよく知り、学校側を監視すべきだ。
この法律の施行後もいじめを苦にした自殺が相次いでいるため、現在、再検討や必要な措置を講じるべく、改正に向けた動きが進められている。
超党派の議員立法により今国会で成立する見込みであり、いじめの定義を広げたり、いじめ防止対策を教科指導に等しい重要な任務に位置付けるほか、学校側の早期発見・防止措置の不徹底に対する懲戒処分制度などが導入される予定だ。
重大な過失に対するものを含め、罰則を設けることも考慮されてしかるべきだろう。
同時に、いじめの早期発見や防止策に専念できない教員らの多忙な職場環境を改善することも重要だ。
また、いじめを原因とする転校や転居、心身の傷を癒やすための入院や通院などに対する公的な資金援助制度を創設し、つらい人間関係からの早期離脱も促進すべきではないか。
「自殺対策白書」によれば、18歳までの自殺者数は4月や9月など学校の長期休業明け直後に増加する傾向にあり、学校生活そのものがストレス要因となっていることが分かる。
いじめは自殺原因の6位程度ではあるものの、特にそうした時期に家庭や学校、地域が連携し、見守りや声かけ、相談などを集中的に行い、児童や生徒の心の揺れを早期にキャッチし、自殺の防止に努めることが強く求められる。(了)