投票率71.86%の台湾。在住者が感じる政治との距離が近い理由。
前回比3.04%減の投票率でも
1月13日、台湾の2024年は総統選挙に始まった。4年に一度の頂上決戦である。投票率71.86%という日本では過去30年以上、見ることのない高率で、即日開票の結果、第16代総統・副総統に、民進党の頼清徳・蕭美琴が就任することになった。一方、立法委員の議席数は、第1党は国民党52(+15)となり、民進党は51(-11)、民衆党8(+3)、無所属2。トップは与党が継続することになったものの、国会運営は野党が過半数となり、難しい政権運営を迫られることは必須だ。
日本の内閣総理大臣は国会議員が選出する間接選挙だが、台湾の総統選挙は国民による直接選挙で、国民がイエスノーを表明できる場である。前回2020年は、前年に起きた香港デモ制圧に対抗する機運が高まり、投票率74.90%、蔡英文の得票数は817万231票と歴代最高の得票数を叩き出した。
投票のやり方自体は、日本とあまり差はない。投票日の2週間ほど前に、A5のコピー用紙にモノクロ印刷された投票通知書と、A1サイズで2色印刷され、候補者の生年月日や学歴、経歴、政策などの候補者情報がまとめられた広報が各家庭に送付される。送付先は現住所ではなく戸籍の住所だ。投票は当日のみで、日本のような期日前投票や在外投票の制度はないので、一発勝負と言っていい。そうした厳しい条件下にもかかわらず、毎度のことながら、台湾の投票率は低迷の続く日本の投票率と比べると実に驚異的な数字だ。
日本の国政選挙の投票率は40%台後半から50%台後半だから、日本よりもずっと政治への関心が高いといえる。こうした政治への関心は、選挙だけでなく、さまざまな面で見てとれる。では、どんな点に表れるのか。いくつか具体例を挙げてご紹介していこう。
プラットフォームに見る関心度
政治への関心度といえば、世論調査である。台湾では「民調」と言われ、さまざまな方法で実施されている。
台湾在住の筆者の元には、選挙前の1月6日、あるメディアの世論調査の協力依頼がメールで届いた。自ら進んで登録した記憶はないので、個人情報がシェアされているのだろう。ちなみに、総統候補から筆者のスマートフォンに録音音声による電話がかかってきたこともある。筆者は台湾人と結婚しているが、義実家でも選挙2週間前くらいから電話攻勢が始まり、直前の週末にも電話があった。
さて数ある世論調査の中で今回、注目したのは台湾版Yahoo「Yahoo!奇摩」にある「Y民調」である。数年前にYahoo! JAPANとは別会社になったが、プラットフォームとしては日本同様に大きな存在だ。同じように、トップページにはニュース記事が並び、その日の出来事が伝わってくる。
Y民調は、Yahoo! JAPANの「みんなの意見」同様、アクセスした人が投票できる仕組みだ。テーマによってはかなりの人が投票していて「社会の声」を知るツールだ。
日本版の「みんなの意見」では、直近では安倍政権時代の裏金問題の関係から政治絡みのテーマが多めだが、「航空機からの非常脱出、適切な対応を知っていますか?」「大河ドラマ「光る君へ」の期待度は?」「年末年始のテレビ番組、あなたの満足度は?」など、まさに「今」の注目度が如実に見て取れる。
そこで、Y民調で2023年にお題として出された全テーマから、政治にまつわる内容を数えてみた。すると全250件のうち、59件であった。率にして23.6%になる。まず年明け1月3日から「2022年の蔡英文政権全体の満足度は?」にスタート。ちなみに結果は「全く満足していない71.2%」で、男性66.3%、北部在住者が58.1%だった。
全59件の平均投票数は、約3万8,000。先に紹介した「航空機からの非常脱出、適切な対応を知っていますか?」への投票数が3万3,000であることから推計すると、人口が日本の約6分の1の台湾でそれを超える投票数があること自体、利用者の関心度の高さがうかがえる。
こうした「政治」あるいは「投票」「選挙」に触れる機会は、世論調査という直接的な形だけではない。
「投票できる?」に始まる会話
あなたは外国人と初めて会った際、どんな質問を投げかけるだろう? 筆者ならその日の天気に始まり、「日本語が上手ですね」「どうやって勉強したんですか」あるいは「日本に来て何年ですか」「どこで勉強しましたか」など、相手の日本語力についての問いが真っ先に思い浮かぶ。
ところが、台湾人が筆者に聞く質問は、語学力とはまるで関係ない。たとえば、台湾人夫と一緒に会食に参加する。参加者のうち日本人(外国人)は筆者ひとり。初対面の相手はたいてい、私にこう訊ねてくる。
「あなたは台湾で投票できますか?」
この質問、どうやら台湾社会では誰もがすぐに思い浮かべる質問らしいと感じたのは、今回の選挙前、2023年の秋のことだ。普段、買い物をする近所の市場でのこと。店主に突然、質問された。
店主:あなた、日本人? それとも韓国人?
筆者:日本人です。
店主:台湾に住んでるなら、選挙で投票できるの?
筆者:いえ、選挙権はありませんから、できないんです。
店主:そうなんだ。たとえば選挙権があったら誰に投票する?
さて、皆さんならどう答えるだろうか。筆者にとっては思いもよらぬ、不意をつかれた質問に当意即妙な答えが思い浮かばず、恥ずかしながらそそくさと店を離れてしまった。あとから「そんなこと答えられませんよ」とか「誰に投票するかは個人の自由ですよね」などなど浮かんだが、後の祭りである。
ただ、この一件から「外国人と接した時に聞きたいこと」には、文化的なステレオタイプが現れるのだと気づかされた。日本人の身からすると、普段慣れない政治的な話を振られることになるが、きっとこれからも訊かれる問いのはずだ。
ドラマ化された選対本部の内情
こうして社会のあちこちにある政治や選挙の姿が、フィクションとして昇華されるのがドラマである。
台湾では2023年4月、Netflixで配信された1本のドラマが大きな話題を呼んだ。日本語のタイトルは「WAVE MAKERS ~選挙の人々~」(原題:人選之人—造浪者)とある。国政政党の党本部で広報を担当する主人公が、総統選に向けて発生するさまざまな難局を乗り越え、立候補した党代表を勝利に向けて支えていく姿が描かれる。
出演者は台湾芸能界では数々の賞を受賞した俳優陣で固められ、党のロゴや衣装なども台湾の選挙事情を細やかに表現していただけでなく、実際の選挙で使われる場所で撮影が行われ、映像は現場さながら。政界の内側も丁寧に描かれていたが、LGBTQやセクハラ、パワハラといった現代的な社会問題も描き込まれ、このドラマをきっかけに台湾版MeTooの動きが始まった、という社会にとっても大事な1本だ。
日本で政治をテーマにしたドラマの場合、主人公は総理大臣や政党幹部といった、政治に直接かかわる人物、あるいは悪に手を染めた政治家を追う刑事といったキャラクターが主人公になることが多い。そうした設定は、どこか特別で、遠くで起きている出来事で、隣にいる誰かのお話ではない。しかし本作は、党本部で働き、同僚や実家との軋轢に悩み、仕事上の、そして家族間の悩みを抱えながらも生きる姿がある。目線が日常にあるのだ。
さらに驚くのは、本作はドラマで終わらなかったことだ。総統候補役を演じたタミー・ライ(賴佩霞)は、米国国籍を放棄して副総統候補に名乗り出た。最終的に、総統に立候補していたテリー・ゴウ(郭台銘)が出馬を取りやめたことで彼女の出馬も取り消しとなったが、「嘘から出たまこと」のような展開が繰り広げられる選挙戦には仰天だった。そして彼女の出馬表明直後、台湾人の友人が筆者にこう言った。「すごいでしょ。台湾の選挙って、なんでも起こるんだよ」
日常の何気ない場面にある政治
台湾に暮らしていると、些細な日常のシーンに政治の存在が感じられる。とはいえ、これまで8年ごとに政権交代のあった台湾では、選挙はそれこそ一大事と言っていい。政権交代という緊迫感があることで、必然的に政治への関心が高かったのかもしれない。
また今回は当初、現職の副総統、元台北市長、現新北市長、シャープを子会社にしたフォックスコンの創業者、という台湾で影響力のある人物が名を連ね、年間を通じて激しい舌戦が行われた。彼ら登場人物が、政治という舞台の上で繰り広げる様子を見ていると、2000年代初頭の日本の小泉劇場がよぎった。そういえばあの郵政選挙の投票率は67.51%。何も劇場型を推奨するわけではない。しかし、ただ「選挙へ行こう」というお題目だけで政治への関心は引けないこともまた確かだろう。
政治は、何も暮らしから遥か遠くにあるような物語でもなければ、新聞や週刊誌、ニュース番組だけが追い求める話題でもない。その決定事項は知る知らないにかかわらず、必ず日常に跳ね返る。日本でも解散総選挙の足音が迫っている。日本で政治に関心が高まる日は来るのだろうか、改めてそう振り返らせてくれた台湾の選挙であった。