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柔道代表決定戦の中継打ち切りで露呈したTVの時代遅れ感…放送作家が分析するビジネス都合の致命的な弱点

谷田彰吾放送作家
柔道代表決定戦を戦った丸山城志郎と阿部一二三(写真は世界選手権)(写真:松尾/アフロスポーツ)

「テレビはもう時代遅れだ」

テレビで仕事をしている現役放送作家の私もそう思ったし、一般視聴者の方のツイートを見ても、もう気づかれている。テレビの弱点をさらけ出してしまった1時間15分だった。

東京五輪柔道男子66kg級日本代表決定戦、丸山城志郎vs阿部一二三。世界王者を経験している最強の両雄が、1試合だけの直接対決で五輪代表を決める。日本柔道界初めての一戦は、テレビ東京系列で生中継された。

前代未聞の決闘は、いろいろと前代未聞だった。4分間の本戦では決着がつかず延長戦へもつれ込むと、なんと約20分もの間、決着がつかなかったのだ。すると、前代未聞のハプニングが発生する。地上波テレビの生中継が、延長戦16分過ぎに放送時間終了。後世に語り継がれるであろう伝説の死闘の決着を、放送することができなかったのだ。

固唾を飲んで試合に見入っていた視聴者の中には、何が起きたかわからなかった人もいたのではないか。まさか決着が放送時間に入らないなんて思ってもみないことだ。だが、こんな事故のようなことがテレビというシステムでは起きてしまう。

原因は大きく2つある。

一つ目は「放送枠」が決まっていることだ。

デジタルネイティブ世代には、この「放送枠」や「放送時間」が理解できないだろう。インターネットのライブ配信には、基本的に時間の制限はない。試合が延長したら、配信も延長すればいいだけの話。もはや当たり前のことが、民放のテレビには簡単にできない。次の番組とスポンサーが待っており、延長するには事前の準備と調整が欠かせないからだ。

もう一つの原因が「視聴率」だ。

もしかしたら、見ている人の中には「中継なんて簡単だろ」と思うかもしれない。日本最高の選手たちが最高の試合をするんだから、それをありのまま映し出せばいいのだと。だが、視聴者が無料で楽しめているのはスポンサーがいるからで、スポンサーが期待しているのは出稿したCMが視聴者に届くことだ。その指標となるのが視聴率。テレビ局は視聴率を獲得することこそが最大の目標なのだ。

番組構成は言わずもがな試合を中心に考える。サッカーのように試合時間が決まっている競技は誤差が少ないし、野球のように時間が読めないものは放送時間延長の準備ができる。だが、ボクシングのように開始5秒で終わる可能性もあれば、最終ラウンドまでもつれる可能性もあるものは厄介だ。試合開始時間を番組の前半に持ってきてしまうと、早い決着になった場合に視聴者が離れ、後半の視聴率が下がっしまうからだ。

今回の決定戦はなかなかのクセ者だ。ボクシングはラウンド数が決まっているが、この試合は決着がつくまでエンドレスで戦い続ける。そうなると、前半に置いてすぐに決着するのは嫌だが、後半に置きすぎて決着が入らないのも嫌。だからある程度の延長戦を想定した上でギリギリ結果が入る位置に置く。テレ東は試合時間10〜15分と見積もっていたのではないか。理想形は、番組前半で二人のライバル関係をあおって、試合はほどよく延長戦になって盛り上がり、決着後の勝利者インタビューを終えたら即放送終了。これが視聴者をつなぎとめ続ける最高の形だ。

だが、現実は最悪の形だ。結果論だが、前半にあおるだけあおって決着は放送に入らなかった。視聴者は梯子を外されたわけで「あおりVTRを放送するぐらいなら試合を見せろよ」という声が上がるのは当然だ。放送枠も視聴率も完全にテレビ局の都合であって、見る側の知ったことではない。断っておくが、このコラムはテレ東や制作者を糾弾するものではない。彼らはテレビのビジネスにのっとり、当然の番組作りをしただけだ。

問題はテレビの構造そのものにある。テレビは明らかに時代遅れだと言わざるをえない。コンテンツの中身ではなく、システムそのものが古い。中継最後のアナウンサーの一言が全てを物語っている。

「試合の続きはライブ配信中の『テレビ東京 柔道』で検索してください」

実はテレ東、YouTubeでも試合を配信していたのだが、この案内は中途半端でわかりづらい。テレビ局として「続きはYouTubeでご覧ください!」とは口が裂けても言えないのだろう。だが、ユーザーは騙せない。YouTubeなら時間の延長は問題ないし、動画が勝手にストックされ、視聴者はいつでも自分の見たい時間に、見たい場所で見ることができる。この便利さには抗えないのが正直なところだ。

私はスポーツの中継番組を何度も担当してきたが、「テレビはネットの柔軟性に勝てない」と悟ったことがある。2017年、高校野球を席巻していた清宮幸太郎が高校通算100号ホームランに王手をかけた時、AbemaTVは急遽、清宮が出場する練習試合を生中継した。これはテレビにはできない芸当だ。なぜなら急遽放送枠を切り出すことはできないし、練習試合が視聴率を取ると考えるのは難しい。だが、ネット配信なら可能なのだ。テレビは「ビジネスファースト」、ネットは「ユーザーファースト」。テレビはもっとユーザーへのホスピタリティを考えなければならない。

今回の一件は、放送局が他チャンネル化することで解決できるかもしれない。現在は1局1番組が基本だ。スポンサーのことを考えれば当然だが、地上デジタル放送はサブチャンネルを作り、1局で複数の番組を同時に放送できる。今回のケースなら、テレ東が2つのチャンネルを編成すれば、柔道中継を延長した上で、予定通り次の番組も放送できるわけだ。もちろん事前の準備が必要だし、次の番組のスポンサーの理解が必須になる点は変わらない。ならばいっそのことサブチャンネルだけ有料放送にするなどの改革案もあるのではないか。どちらも難しいのは百も承知だ。

また、テレビ局は一刻も早くネット同時配信をするべきではないだろうか。今年、NHKや日本テレビが試験的に開始したが、同時配信はテレビの課題をいろいろと解決してくれる。電波こそがテレビ局の最大の商品だが、本質的にはアップデートされずに70年近く経っている。テレビ局はネットを敵視してきたが、むしろ逆。ネットこそ、開局以来最大の「新商品」という見方もできる。ネットをどう利用するか。極端な見方かもしれないが、時代に適応できなければ淘汰される。

最後に、自戒も込めてあえて厳しいことを言わせてもらうと、今回の一件は死闘を繰り広げた二人に失礼だ。阿部と丸山は人生を懸けてこの一戦に臨んだ。その貴重な時間の一部をテレビ局の取材に割いたということを忘れてはならない。決戦の全てを視聴者に届けるのは放送局の使命だ。私もテレビマンの端くれとして事情はよくわかるし、予想を超えた延長戦だったことは間違いない。だが、この一件をテレビ業界全体がしっかりと受け止め、局の都合ではなく、視聴者の都合を重視した番組作りをしていかなければならない。

放送作家

テレビ番組の企画構成を経てYouTubeチャンネルのプロデュースを行う放送作家。現在はメタバース、DAO、NFT、AIなど先端テクノロジーを取り入れたコンテンツ制作も行っている。共著:『YouTube作家的思考』(扶桑社新書)

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