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フェミサイドの危険な兆候。いまこそ社会は明確なNOを

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
事件の起きた現場(提供:ロイター/アフロ)

「幸せそうな女性」「誰でもよかった」

 震撼とさせられる言葉です。報道によれば、昨日の小田急線内の殺傷事件で逮捕された被疑者はそう語ったといいます。

東京新聞は以下のとおり報道しています。

6日夜、東京都世田谷区を走行中の小田急線車内で男が複数の乗客を刃物で切り付けて逃走した事件で、警視庁は7日、殺人未遂の疑いで、川崎市多摩区西生田4、職業不詳対馬つしま悠介容疑者(36)を逮捕した。調べに容疑を認め、「6年ほど前から幸せそうな女性を見ると殺してやりたいと思うようになった」「逃げ場がなくて大量に人を殺せるから電車を選んだ。誰でもよかった」と供述しているという。

 「幸せそう」な様子をし、女性という属性を有しているからというだけの理由で、何の落ち度もないのに命の危険にさらされ、重軽傷を負うとはなんという理不尽でしょうか。一日も早い被害者のご快復を心からお祈りします。

 被疑者が逮捕され、これから真相が究明されることになりますが、報道される被疑者の発言を前提とすれば、女性を狙った憎悪犯罪(ヘイトクライム)、フェミサイドという性格が色濃いことが懸念されます。

女性たちの間に恐怖がひろがっています。

 通り魔殺人そのものが社会にとって危険ですが、女性を狙った殺人は、障害者の方や外国人の方を狙ったヘイトクライムと同様、社会に対する危険なサインと捉える必要があります。

 諸外国の例でもフェミサイドに対する寛容な社会の態度はフェミサイドの連鎖を生み、加害が蔓延する傾向があります。

 新型コロナ下でただでさえ外に出ることがリスクであるのに、「幸せそう」な表情をしただけで殺される危険があるとすれば、女性にとって社会そのものが危険な場所に転化することになります。

 特にコロナ下で、諸外国でもフェミサイドが増加しています。

●パンデミックが女性や少女に対する暴力や殺人フェミサイドを拡大している

●ロックダウン緩和で「フェミサイド」急増の南アフリカ

●フェミサイドに怒りの渦

 女性の地位が世界的に見ても低い日本もフェミサイドの土壌があります。現に今、DVなどがエスカレートし、被害が深刻化しています。

 顔見知りでもないのに女性であるからというだけで標的にし殺傷しようとする行為が発生するのは、さらに危険な兆候です。

 コロナ下で多くの人が不満や不安、ストレスを抱えていますが、そのしわ寄せは、弱い者、差別される者に向けられ、ひとたび始まるとエスカレートする危険があります。たとえば、米国で蔓延したアジア系へのヘイトクライム、暴力がその例です。歯止めをかけることが必要です。

今回の事件の真相を徹底究明するとともに、連鎖を防ぎ、女性を標的にしたフェミサイド行為を二度と繰り返さないよう、社会が強い抗議の声を上げる必要があります。

 政府は、事態を深刻に受け止め、女性やマイノリティーに対する暴力・攻撃を強く非難し、歯止めをかけること、より安全が確保できるような体制を作るなど、速やかに対策を講じるべきです。。

 また、パンデミック下で苦境に立つ人たちに必要な支援をせず、感染対策も後手に回る一方で、巨額の資金を投じたオリンピックを開催する日本の政治の深刻な矛盾が事態をより悪化させているのではないでしょうか。

 一般の国民の命と生活を二の次にし、理不尽かつ不誠実な対応に終始する政治のもとで、社会に格差と断絶、敵対心が蔓延している状況下で、モラルハザードが加速する危険があります。

 自死に至る人もいれば他者を攻撃する人も増える危険がある、あまりにも深刻な状況を政治は真摯に受け止め、政府は市民の苦境に徹底して寄り添うべきではないでしょうか。

社会のモラルが崩壊に向かうとき、最も苦しむのはつねに弱い立場に置かれている人たちです。

写真:ロイター/アフロ

 女性やマイノリティーの命が犠牲にされない社会、誰もが恐怖なく生きられる社会にしていくために、ヘイトクライムを明確に拒絶する声をみんなで上げていく必要があります。

#幸せそうという理由で私たちを殺さないで

女性たちが声を上げています。

男性たちからも違うハッシュタグで声が上がることを期待します(了)。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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