国会が混乱する今こそ、「議会制民主主義」を考えることが必要だ
立法府・国会や政治は今、先が見いだせず混乱し迷走している。
1990年代以降、政治主導を目指して、政治・行政制度および政策形成プロセスの改革を行ってきたはずだったが、現状をみると、その改革は何だったのだろうかと考えざるを得ない。国民の政治に対する不信感は日々厳しさを増してきている。
他方、日本は、第二次世界大戦に敗戦し、大日本帝国憲法が改定され、日本国憲法が1946年(昭和21年)11月3日に公布、47年5月3日から施行された。これにより、国民が主権者となり、同第41条において、「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と規定された。これにより、日本は、正式に「議会制民主主義」を採用・導入したことになる。それはつまり、日本の「議会制民主主義」は、すでに約80年の歴史があることを意味する。
そして日本では、明治維新の近代化以降官僚中心の国家運営であったこともあり、官僚制や行政、政治(家)などについてはそれなりに論じられ蓄積もあるが、民主主義的観点からの立法府・国会、特に「議会制民主主義」については、経験は積みあがってきているが、その現場の状況・経験などが外部からは見えにくく、その知見の可視化・言語化や蓄積・深化は必ずしも十分でないということができるだろう。
上記のことは、実は相互につながってきているのではないかと考えられる。政治や政策形成のプロセスは、すべては可視化はできないだろうが、民主主義という仕組みをとる以上は、できる限り、透明性を高め、可視化し、その知見を蓄積・深化させ、国民と情報共有しながら、次に活かせるようにしていくことが必要なのである。残念ながら、日本は、戦後その努力を怠ってきていたといえる。
そんななか、元国会職員の方々等が中心となり、「議会制民主主義研究会」を立ち上げ、そのための活動を推進していくことになった。それは、「a good news」といえるだろう。
そこで、同研究会のコアメンバーである、大蔵誠同研究会代表理事および宮﨑一徳同研究会事務局長にお話を伺った。
鈴木(以下、S):まず、お二人のこれまでのご経験、お仕事やご活躍を教えてください。
大蔵誠さん(以下、大蔵さん):私は、1985年参議院事務局に就職、2023年に退職しました。在職38年余の約半分の期間にわたって、厚生労働委、予算委等委員会運営の現場である委員部で勤務しました。そして2007年に行われた第21回参議院通常選挙で民主党が参議院の第一党となったことを受けて、選出された江田五月第27代参議院議長の秘書を務めると共に、その後の政権交代も経験したわけです。また参議院憲法審査会の立ち上げに関わり、初代総務課長に就任しました。その後、委員部課長、記録部長、警務部長を歴任し、最後に委員部長を務めました。現在、議会制民主主義研究会代表理事を務めています。
宮﨑一徳さん(以下、宮﨑さん):私は、大蔵さんと同期で1985年参議院事務局に就職しました。扇千景第26代参議院議長秘書、参議院法制局課長、委員部第1課長、管理部長、参議院内閣委員会調査室長等として勤務し、昨年退職しました。現在議会制民主主義研究会事務局長として活動したり、大学で教鞭をとったり、政策、政治教育、市民活動等に関わっています。
S:そのように長らく国会の事務局に関わられたお二人らが中心になって、「議会制民主主義研究会」を設立されたわけですが、その経緯や理由について教えてください。
大蔵さん:いくつかの要因が重なったというのが実態ですが、端的に言うならば、国会について、テレビ中継やニュース報道だけでは政治の表面的な部分が多く、その実態がなかなか人々に伝わらないなという意識が退職を控えた国会職員仲間で共有されたことがまず1つ目にあげられます。
またかつて国会運営に関して現役職員も執筆可能である冊子として存在していたのですが、その後休刊となった『議会政治研究』(議会政治研究会、no.1 (昭62.3)-no. 88 (平22.5))という研究・執筆の場があったのです。それを理想とし、オンデマンド印刷等の新しい手段によって出版のハードルが下がってきたこともあり、国会職員仲間から大学教授となった人たちとも連携しながら、自分たちで議会制民主主義に焦点を置いた研究会を作って、その活動などを活かしながら研究誌を発行しようということで7人の同志が集まったのです。
それらのことから、「議会制民主主義研究会」を設立したわけです。
S:貴研究会の活動等について教えてください。日本では、特に立法府である国会・議会の動きなどは、社会的にも見えにくいなかで、今のご説明にもでてきた貴研究会が発刊しはじめた研究誌「議会制民主主義研究」(注1)は、それらの動きを可視化するチャネルとして重要だと思います。特にその点を中心に、お考えをお聞かせください。
大蔵さん:まずは、第1号の研究誌の発行を目指し、昨年度末に予定通り発行することができました。その冊子を手に、より多くの人々の理解を求め、研究や執筆の仲間を増やしていきたいと思っています。
本研究誌に対し、「議会制民主主義を正面に据えた研究雑誌」、「理念には強く賛同」、「混迷する時代に、国会実務に精通した方々が見解を明らかにすることは、非常に意義深いもの」などお褒めの言葉をいただくとともに、現場をご一緒した議員からも「世の中の人にはあまり見えないけれど、政策を作る、立法するという作業には、与野党での議論をどうつくすか、そのための手順や過程が重要で、そこに委員部の関わりが大きいのですね」との感想をいただきました。
また「内容が踏み込みすぎでは」との声もありましたが、「一見難しそうだったけれど、インタビュー形式のものがあったりして、分かりやすく読みやすかった。」、「「弱い中立、強い中立」の特集は、政治の世界に限らず、組織人の在り方として普遍的なものがあると思った。」、「知りたかった内容があった」、「実に興味深い」等の感想をいただいています。
7月から次の企画に移るべく、検討を始めたところです。
S:貴研究会の設立などを踏まえて、現在の国会や政治の状況についてどのように思われますか?
宮﨑さん:パーティー券のノルマ超過分の議員側への還流の問題については、原因究明と再発防止は何より重要と考えますが、今誰もが注目するのは岸田総理の意向です。本来このような危機的状況であれば、党内の様々な立場の議員から数々の対応策が示されてもおかしくない、いえそうなるべきと思われるにも関わらず、必ずしもそのなっているとは言えない状況にあります。
これは、特に第2次安倍内閣以降の、いわゆる政治主導の政策展開がいよいよ定着してきていることが背景にあると考えます。
政治主導の利点は、政治家が国民のニーズや要望を反映した政策を実施することや、政策の実施に対する責任を明確にすることがあると思います。他方、 政治主導が過度に強まり、官僚や各省庁が対応仕切れなくなるような場合には、政策の偏り、政策の実施の問題等の懸念が生じます。
国会職員として仕事をする中で、昨年までの状況の中でも、政治主導の「スピード感」の過度な強調等は、時として、政策の実効性等の分析、検討、議論の要素が弱いまま、法案が提出され、国会論議の中でそれらが補正されるという事案をいくつか目にすることがありました。政治主導の政策展開に合わせて国会の変容も求められている感が強く持たれる状況となってきているということができるかと思います。
S:今ご指摘のあった現在の国会や政治の状況への認識や意見を踏まえて、貴研究会が貢献できることはなんでしょうか?
宮﨑さん:こうした政治主導の政策展開に伴う国会の役割の変容については、飯尾潤政策研究大学院大学教授も令和元年の段階で指摘しています(注2) 。しかし、社会一般にも、また研究者にも、そうした意識はなかなか伝わらない。また、議会主義の伝統は我が国ではまだまだ弱く、議会研究は表層的な形態分析や計量分析にとどまっているものも多く、伸びしろがあると考えられます。そうしたものをしっかり取り上げて分析し発表していくのは、それらのことを国会職員として体感・経験し研究を行う者の役割であり責務であると考えています。
S:貴研究会の今後の活動や方向性について教えてください。
大蔵さん:日本の国会は会期制を採っており、政府・与党は提出した法案について、野党側がどんなに慎重審議を主張しても、何とかして会期内での成立を図ろうとします。私は国会は議論する場であり、主義主張の違いがあっても十分な議論を尽くすことが最も重要と考えています。過去には大きな政策の変更や新しい政策の誕生の際は、一つの国会だけで議論を終わらせることなく、閉会中、そして次国会へと継続して議論を続け、ようやく法律が成立するという場面も多くありました。そのような過去の経験も踏まえ、議会のあるべき姿を追求していく必要があると思います。
本研究会は、日本の立法府・国会や民主主義が、そのような方向に向かっていくことに少しでも貢献していきたいと思います。
宮﨑さん:大蔵さんの先の回答でも触れられている政治主導の政策展開に伴う国会の変容の分析に加え、普通に国会がどういうことをどう扱っているかという点や案件について、あるいは国会の運営についてですが、それらについてもなかなか情報が公に出ていかないこともあるので、それらを扱うことも有益かと考えております。
更に、国の政策の多くの実施は、地方自治体が担っているので、それを監視し、施策の具体の方向性を作り出す地方議会の役割も重要ですし、政治、すなわち未来の選択に、こどもも含めて人々が主権者としてどう能動的に関わるかということも重要ですので、市民の取組についても扱っていければと考えています。
それらを研究誌の発行やシンポジウムの実施等の中で実現できればと思います。
S:貴研究会のメンバーは、国会(衆議院・参議院)の元スタッフの方々が中心ですが、現職の国会スタッフの方々に伝えたいことはありますか?
大蔵さん:私は、本研究誌の第1号において、委員部現場での経験を踏まえて国会における与野党対立の現実を論じましたが、そんな現場を整えることこそが国会職員の行うべき最も重要な仕事だと考えています。後輩の方々には、そのために必要な心構えとして「運と度胸」が大事だとこれまで申し上げてきました。
その際「運」については、ただ黙ってそれが訪れるのを待っていればいいというものでなく、周りと明るく接することで「運」を呼び込むことが大切だということ、また「度胸」については、普段から法規・先例に関し基本的な考え方をしっかり押さえた上で、物怖じせず議員とやり取りし準備を整え、委員会当日には、ここまでやったのだから何とかなるという一種の開き直りのような心境で大舞台に対応するべきだと話してきました。
私自身は、こういった議員との本音でのやり取りを通じて相互の信頼関係が構築され、最終的にはやりがいのある充実した仕事ができたと思っているのですが、現役の皆さんにもそのような経験をしてもらいたいと考えています。
宮﨑さん:国会の中の主役は、全国民を代表する国会議員であり、国会職員は黒子で、縁の下の力持ちであるのは事実です。ただ、国会が動く中で、国会職員も一定の役割を果たし、日々の仕事ぶりが国政に、国民の生活に大きく影響を与えかねないものでもあります。その意味からも、それらを時に俯瞰的に、総合的に分析して知見を外部に示していくことも重要だと考えています。
私がそのように考えるようになったのは、個人的には、月刊『ガバナンス』(ぎょうせい)に「議会局「軍師」論のススメ」を連載されている元大津市議会の議会局の清水克士さんにお会いし、「中立」論について意見交換したことが大きかったです。
地方議会は、ローカル・マニフェスト推進連盟の活動等で、盛んに善政競争が行われる時代となっており、その中で、事務方の清水氏らの分析や情報発信は大変有益なものであると考えていました。しかしながら、清水氏の言う「中立」と私の国会職員としての「中立」の認識は、対象というか範囲というかが少し異なる気がして、その意見交換した際には、話が必ずしもかみ合わず、もやもやしているままに終わったのです。
その後、職場の中で先輩職員から言い伝えられて来た、河野義克第4代参議院事務総長の「弱い中立、強い中立」の言葉を思い出し、原典に当たるなどして、それらのことに基づいた検討について『議会制民主主義研究・第1号』に書きました。
それは、与野党の主張を足して2で割るような「弱い中立」ではなく、憲法、国会法、規則等の規定するところに従い、その精神に則って行動する「強い中立」の意識が大事というものです。つまり清水氏のように自尊の精神を持って、堂々と職責にあたり、議会制の発展を期して発言すべきものは発言することが大切かつ重要であるということです。
現職の国会職員であっても、日々の国会運営補佐の仕事等を、俯瞰し、総合的に分析し、憲法、国会法等の精神に則って論ずるというものであれば、何ら職務に支障を来すものではないと考えています。その意味で、研究誌『議会制民主主義研究』をプラットフォームとして是非活用してもらえればと思います。
S:最後に、日本社会の方々、特に若い世代へのメッセージがあれば、よろしくお願いします。
大蔵さん:私自身、国会職員の仕事を選んだ時、別に「この日本を何とかすべき」というほどの大それた志はなく、一方「安定した公務員」を求める気持ちもありませんでした。ただ、最初に配属された委員部という国会現場での仕事が肌に合い、これなら面白い仕事ができるかもしれないと思っているうちに、どんどん染まっていったというのが実態です。我々の仕事は非常に神経を使う面もありますが、特に困難な場面を経験していく中で得たものは大変大きく、だからこそ意義ある仕事として定年退職まで続けられたと思います。
若い方々にもそういったものを見出していただいて、是非充実した人生を送っていただければと期待しています。それから、研究会の研究誌をお読みいただき、少しでも政治に関心を持っていただき、また投票に是非行こうと思っていただければ幸いです。
宮﨑さん:この国の若い人々は、まじめで、思慮深く、思いやりにあふれており、そして行動力も持っています。前の世代の、コストカットのみを得意げにやる人々とは違う目の輝きをしています。年齢を重ねても、そうした前の世代に合わせるのではなく、失敗を恐れない勇気を持って、果敢にイノベーション・変革に取り組んでいっていただければと思います。そうすればきっとこの国・日本の未来は明るいものになると信じています。
この国の社会の在り方、未来の選択は、議会制民主主義という仕組みの中で実現されます。主権者として、若い人も含む多くの方々に、議会でのやりとりに興味を持っていただき、能動的に関わっていただくことが、この国の未来のために必要だと思います。
「議会制民主主義研究会」の発起人は、国会職員として、組織における働き盛りの時に、「ねじれ国会」とか、政権交代とか、今まで通りやって、コストカットだけしていれば良いというのではない状況に放り出され、必死にあがいて働いて来ました。そうした経験が、研究会の発足、研究誌の発刊という、人から見れば、手間暇がかかり、軋轢を生みかねないことを行う原動力になったと思います。ですから、若い人も含む多くの方々に、この研究会および研究誌を、議会制民主主義を理解し、分析し、研究し、議論する場として、大いに活用していただければと心から願っております。
S:本日は、ご多忙のところ、ありがとうございました。貴研究会の成果が、日本における議会制民主主義に良い効果を生み出していくことを期待しています。
(注1)「議会制民主主義研究 第1号」がすでに発刊された。
(注2)飯尾潤「政策の質と官僚制の役割―安倍内閣における「官邸主導」を例にして―」『年報行政研究』54(令和元年5月31日)を参照のこと。
インタビューイの略歴:
大蔵 誠:議会制民主主義研究会代表理事。1985年参議院事務局に就職、2023年に退職。在職38年余の約半分の期間にわたり、厚生労働委、予算委等委員会運営の現場である委員部で勤務。2007年第21回参議院通常選挙で民主党が参議院の第一党となったことを受け選出された江田五月第27代参議院議長の秘書を務め、その後の政権交代を経験。参議院憲法審査会の立ち上げに関わり、初代総務課長に就任。その後、委員部課長、記録部長、警務部長を歴任し、最後に委員部長を務めた。
宮﨑一徳:議会制民主主義研究会事務局長。博士(公共政策学)。法政大学及び早稲田大学で大学院兼任講師。法政大学現代法研究所客員研究員。大蔵氏と同期で1985年参議院事務局に就職。元参議院内閣委員会調査室長。扇千景第26代参議院議長秘書、参議院法制局課長、委員部第1課長、管理部長等として勤務。全国こども選挙スーパーバイザー、現代総有研究所『現代総有』編集部、日本シティズンシップ教育フォーラム会員、市民アドボカシー連盟会員、一箱本棚オーナーシステム「みんとしょ」アンバサダー等。