ファッションで追悼の意を ケイト・スペード死去後、初の公の場での発表
6月7日、NYブランド「ケイト・スペード ニューヨーク(kate spade new york)」が創始者のケイト・スペード死去後、ブランド初のプレゼンテーションを都内で発表した。元々予定されていた2018年秋コレクションの発表の場と日時であったが、報道からわずか2日後ということ、そして日本支社からプレスリリースの配信やSNSの更新がなかっただけにどのようにブランドが対応するかに注目した。
会場の様子を伝える前に、改めてブランドと彼女の歴史と関係性を整理したい。
・1962年:ケイト・スペードがアメリカ・ミシシッピ州で生まれる。
・1993年:夫とともに自身の名を冠したブランド「ケイト・スペード ニューヨーク」を立ち上げる。
・1996年:日本でもサンエー・インターナショナルが取り扱いを開始。
・1999年:米高級百貨店グループのニーマン・マーカスが過半数株式を取得。
・2006年:米大手アパレルのリズ・クレイボーンに「ケイト・スペード ニューヨーク」を譲渡。
・2007年:ケイト・スペードがブランドから去る。
・2009年:ケイト・スペード ジャパンが設立。
・2016年:夫とともに新ブランド「フランシス ヴァレンタイン」を立ち上げる。
・2017年:「コーチ」などを擁するタペストリーが24億ドル(約2600億円)で買収。
*ケイト・スペードがブランドから去ってから11年経っている。
*彼女が抜けてからデザイナーは2人変わっている。
*去る際に「肖像権を侵害しない」「過去のビジュアルを使用しない」など、ブランドと彼女の間で契約を交わしているとされている。
彼女は株式もすべて手放し、ブランドと縁が切れているにもかかわらず、ネットの反応を見ると今回の報道が出るまでケイト・スペードが「ケイト・スペード ニューヨーク」のデザイナーだと思っている人も多かった。それだけ彼女の世界観がきっちりと引き継がれ、いかにユニークで独創的なデザイナーだったかがわかる。
それでは会場の様子をお伝えしたい。
会場入り口からは特別な変化は感じられなかったが、受付をすると一通のリリースが渡された。
本国が発表した英文メッセージの下に日本語でこのように綴られていた。
ファッションで追悼の意を
そして、会場に入るとケイト・スペードが在籍時代に手掛けた服やバッグなどを着用してきたメディア関係者も見られ、ファッションという最大の自己表現ツールを使い、哀しみとリスペクトを分かち合った。
そして、会場スタッフの胸には黒いリボンのバッチがさりげなく付けられるなど、ブランドとの関係性や訃報からわずか2日での対応をみると最大限のリスペクトを払っていたことが伝わった。