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コロナ禍で悲鳴を上げるファッション産業 立ち上がる青年の声

砂押貴久STEKKEY 代表
Youtubeで配信しているオンライン工場見学

今、アパレル産業が悲鳴を上げているのはご存知だろうか?

帝国データバンクが5/15に発表した新型コロナウイルス関連倒産のデータによると、「ホテル・旅館」(34件)、「飲食店」(19件)、「アパレル・雑貨小売店」(13件)と続いている。宿泊や飲食店より報道が少ないこともあり、あまり印象がないかもしれないが他業種よりも支援が少なく深刻な状況になっている。

売る場所が減り、創る人が減る。特に心配されるのが服や雑貨を作る産地だ。アパレルメーカーの多くが1990年頃から中国、2015年頃から東南アジアへ人件費の安い海外生産に切り替えた結果、日本の工場が廃業に追い込まれていっている。

そこにコロナ禍が直撃。今年8月頃に店頭で並ぶ予定だった大手アパレルメーカーの秋冬商品は生産のキャンセルやオーダーの減少、値引き交渉が起きている。そして、日本のファッションブランドが年2回行う内の一つである3月の2020-21年秋冬展示会は、各ブランドが中止や自粛に追い込まれたことで、バイヤーの発注が減り、あわせて工場への発注も減ってしまった。そして懸念が深まる中、5月15日にアパレル大手のレナウンが民事再生手続きに入った。

今回のコロナ禍による影響が決定打になりかねない事態におよぶかもしれない。

厳しい現実を打ち付けられる中、この危機を乗り越えようと工場やブランドと個別に連絡をとり、オンライン施策に奮闘しているのが宮浦晋哉氏だ。

宮浦晋哉・株式会社糸編代表。1987年千葉県生まれ
宮浦晋哉・株式会社糸編代表。1987年千葉県生まれ

宮浦氏は繊維とファッションと三角関係になれるよう、日本のものづくりの発展と創出を目指し、活動継続装置として糸編という会社を運営している。2013年春、「日本の魅力を再確認した」ロンドン留学から帰国し、各地の繊維産地と東京とを行き来する生活を始めた。同年に築90年の古民家を改装した「セコリ荘」というコミュニティスペースの運営を開始。以後、全国の産地を自主編集本やセミナー活動で紹介してきた。2017年には全国の工場に訪れて作り上げた人脈をいかし、繊維産業・テキスタイルに関する学びの場として「産地の学校」を開校するなど、精力的に活動。少しずつではあるが、旧態依然の国内アパレル業界の生産背景の変革に取り組んできた。

だがコロナ禍で宮浦氏の事業も大きな打撃を受けた。「セコリ荘」は運営自粛、「産地の学校」は休校、自社で企画していたテキスタイル展示会も中止に。それでも持ち前の意欲とコミュニケーション能力をいかし、全国の工場やブランドとコンタクトを取って、自粛や中止になった企画をオンラインに置き換えて取り組んでいる。

本記事では宮浦氏にオンラインインタビューし、何をどのようにしてオンライン化に進めたか、どんな気づきを得ることができたか話を聞いた。

施策1:無人のテキスタイル展示会

中央のパソコンでビデオ通話しながらコミュニケーションを取った
中央のパソコンでビデオ通話しながらコミュニケーションを取った

まずはじめに、4月に予定していた全国の産地から集めた生地を紹介する2021年春夏のテキスタイル展示会が中止になったため、オンラインアポイント制の無人展示会に切り替えた。

時間差の予約制にして人の接触を避ける等の対策を行い、デザインする企画担当者が宮浦氏のショールームを訪問し、Zoomを通じて宮浦氏がテキスタイルを紹介した。また申し込み時点でデザインする企画担当者に関心のある生地を聞くことで、産地オーナーがZoomで自社PRできるように時間をセッティングした。

画面越しで生地を見せたり、画像共有で資料を提示するなど「意外と難なく打ち合わせは進められた」と実感を得た。通常時であれば60ブランドが展示会に訪れていたが、無人になっても30ブランドが参加。来場できなかった30ブランドにはZoomだけでプレゼンテーションを行い、「結果的に例年と同じぐらいブランドとコミュニケーションができた」という。

実際に訪れたファッションデザイナーに話を聞くと「この状況下なので、様々な生地の展示会がなくなり新しい生地の情報を得る場所がなくなってしまったので、今回の企画は大変助かりました」という。一方で「既に知っている機屋さんの新作は理解しやすいが、知らない機屋さんの生地は実際に説明を受けないとイメージや思いを受け取るのが難しいとも思いました」と課題を挙げた。

施策2:オンライン工場見学

YoutubeのVR機能なども使い、試行錯誤を続けている
YoutubeのVR機能なども使い、試行錯誤を続けている

本来ならば産地に訪れたり、生地についてレクチャーを実施する「産地の学校」事業は、「学びを止めたくない」「産地と繋がっていきたい」という気持ちからオンライン工場見学を実施。宮浦氏が進行役となり、各工場オーナーに自ら地域の魅力や工場の成り立ちの説明してもらい、生産の模様を紹介することで、アパレル担当者が現地下見をしなくても特性が伝えられるよう全国の工場とZoomを通じてビデオ通話で紹介している。

まだ始めたばかりということもあり、一般の人が直感的に理解するのは難しい部分もあるかもしれないが、普段見ることのできない工場の生産背景を見ることができる。

施策3:Instagramでテキスタイルを紹介

Instagramアカウント
Instagramアカウント

4月8日からはInstagramで生地工場の新作を仲介手数料0円で紹介。「まだ両手で数えるくらいの実績」だが、デザイナーや服飾学生に関心を持たれている。TwitterやFacebook等よりも一覧性が高いInstagramの特徴をいかし、ブロック毎に紹介する工場を分けている。

そして、この活動や無人展示会を経験をいかし「今後はテキスタイルショールームを本格的に作っていきたい」と意欲を燃やしている。

https://www.instagram.com/textilejapan/

施策4:オンライン会議用のテキスタイル壁紙

オンライン会議用のテキスタイル壁紙
オンライン会議用のテキスタイル壁紙

毎日のように産地の人々と「何ができるか」等のディスカッションを行う宮浦氏。そういった雑談から、山梨県富士吉田にある機織り工場の宮下織物の生地を使い、オンライン会議用のテキスタイル壁紙を作成。「その背景なに?」といった、“小さな話題作り”からでも知ってもらえる機会を試みている。

テキスタイル壁紙の背景ダウンロード:https://note.com/ito_hen/n/nf53e6492e3e0

「工場で働く人達が前に出る感覚を得た」

まだ始めたばかりの手探り状態ということもあり、いずれも視聴数やフォロワー数は少ないのが現状だ。だが少なからず視聴者やフォロワーが産地へ問い合わせするなど「0」ではないのも事実。

それでも宮浦氏は目先の結果よりも「工場で働く人達が前に出る感覚を得た」という未来への希望を感じている。事実、坂田織物の坂田3代目オーナーも「オンラインに取り組むことで、自分たちの仕事が知られていなかったという実感を得て、どうしたらいいか考えるキッカケになった。僕らはやっぱり必要とされなければ存在価値がなくなっていきますので、長年培ってきた技術を必要とされるものづくりに変えていかないといけない」という。

「おっちゃんも一生懸命デジタルに対応しようとしている」

話を聞いていて意外だったのが、産地がちゃんとオンラインに対応しようとしていることだ。そのことについて「実際にオンラインに取り組んでいる若い工場オーナーだけでは?」と聞くと、「確かに若いオーナーだと30代もいるが、60代のおっちゃんも一生懸命デジタルに対応しようとしている」という。自社だけではなく全国一様に追い込まれたことで周りをみる客観力や突きつけられた現実からのチャレンジが必要に迫られたことで変化が現れてきた。

通常時は工場へのツアー企画を行い、創り手と作り手を結ぶ役割を果たしている
通常時は工場へのツアー企画を行い、創り手と作り手を結ぶ役割を果たしている

これまで「材料を作ることで止まっている産地」が多く、受注がなければそのまま廃業に追い込まれてきた実情を見てきた宮浦氏。約7年をかけてあの手この手で共感できる努力をしてきたが、皆が一様に追い込まれたからこそオンラインに及び腰だった産地も、周りを見て「自分たちに何ができるか?」を考える客観力やチャレンジ精神が養われたと思われる。

ネットショップで一般消費者にマスク商材を販売

1923年から続く、兵庫県の播州織製織工場・小円織物はハンドメイド系の販売サイト「Creema」でマスク、手ぬぐい、生地を販売している
1923年から続く、兵庫県の播州織製織工場・小円織物はハンドメイド系の販売サイト「Creema」でマスク、手ぬぐい、生地を販売している

また宮浦氏は「今回は感染症ということもあり、その予防対策として『マスク』が挙がったことが大きかった。布であればやりようがある」という。これまで多くの産地はBtoB事業が中心だったが、企業からの発注が減少した穴埋めにBtoCにチャレンジ。政府や各行政からの発注がなくても、簡単にネットショップが作れる「STORES」や「BASE」等を使い、自前のテキスタイルをマスク用として販売したり、マスク自体の生産をする工場もある。中には「ネット販売の売上が200万円を超える成功を収めた産地もある」という。

アフターコロナ対策

通常時の産地の学校の授業の様子
通常時の産地の学校の授業の様子

マスク商材で息を吹き返した企業に対して、次に宮浦氏が危惧するのはアフターコロナ(マスク)対策だ。マスクの需要と供給のバランスが整ってきた時に大手とどう差別化するか、あるいは違う事業にチャレンジできるかが鍵になる。そこに向けて宮浦氏は「従来のトップダウンではなく、産地の繋がりで自発的なプロジェクトが生まれるようにチャレンジしていく」という。

後継者問題、発注の減少、日本の工場が抱える問題は大きく、簡単に問題は解決できない。だが宮浦氏のように20代から工場に足を運び、長年変わらなかった業界が一部でも変わろうとしている事実。政府の援助や企業からの発注を“待つ”以外の活路作りが求められる。この機会に日本の工場が良い方向に変わっていくことを切に願いたい。

写真提供:株式会社糸編

STEKKEY 代表

1987年東京生まれ。ファッションジャーナリストを経て、WWD JAPAN.comのチーフプランナーに就任。サイトリニューアルや広告メニュー立案を行いデジタル部門の確立したのち、2018年に株式会社STEKKEYを設立。ファッション、ビューティー、ライフスタイルブランドなど、これまで100を超えるブランドのブランディング、クリエイティブ制作、デジタルコミュニケーション戦略やサービス開発などに携わる。Yahoo!ニュースオーサーに加え、Forbes JAPAN Web オフィシャル・コラムニストも務めている。問い合わせ:info@stekkey.com

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