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「日本を救え!!」 異国でこんなレースが行われていた事をご存知だろうか?!

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
仏国で東日本大震災支援デーとして行われた日のレースのゼッケンにJAPONの文字が

東日本大震災での際、フランスの競馬界がしてくれた事

 先週末は皐月賞(G1)に加え中山グランドジャンプ(J・G1)が行われた。コントレイルとサリオスの素晴らしい競り合いになった牡馬クラシック第一弾、そしてオジュウチョウサンがJRA史上初となる同一重賞5年連続制覇の偉業を成し遂げた障害戦。ご存知のように新型コロナウイルスが猛威を奮っているため、無観客の中で行われたが、もし通常通りの開催が出来ていれば果たしてどのくらいのファンが競馬場に駆けつけていただろうか?

 2月29日から続く無観客競馬。多くの記者が意見を求められていたが、同様の質問をされたクリストフ・ルメールは笑いながら次のように答えていた。

 「フランスではお客さんの全然入っていない開催はよくありますよ」

 しかし、私は彼と行ったある日のフランスの競馬場が沢山のファンで賑わうシーンに出くわしたのを覚えている。それは凱旋門賞の日ではないし、フランスで人気のディアヌ賞やジョケクラブ賞の日でもなかった。それどころか、平地のレースですらなかった。彼と行ったのは、凱旋門賞が行われる事でも知られるパリロンシャン競馬場とはブローニュの森を挟んで反対側。森の東南に位置しているオートゥイユ競馬場。ベルエポックな雰囲気漂う障害レース専門の競馬場だ。

障害専用のフランス・オートゥイユ競馬場
障害専用のフランス・オートゥイユ競馬場

 競馬の原点を考察すればそれはイギリスの貴族同士の馬比べ。すなわち狩猟から派生したと考えられるわけで、ならば元はと言えば整備された競馬場を走らせたわけではない。自然界にある障害とも言える草木や川をも飛び越えて行われたはずで、つまりは障害レースこそ本来の競馬の形なのかもしれない。だからかどうかは検証のしようがないものの、ヨーロッパ各国では未だに障害レースの人気は高い。障害専門の競馬場も希有ではなく、このオートゥイユ競馬場も例に漏れず障害専門なのである。

2011年4月17日、オートゥイユ競馬場のスタンドでは日の丸が風に吹かれていた
2011年4月17日、オートゥイユ競馬場のスタンドでは日の丸が風に吹かれていた

 時は2011年4月17日。丁度9年前の今頃だ。この日、オートゥイユ競馬場で行われたのは大統領共和国賞。実は元から人気のあるレースなのだが、1万を越すファンが駆けつけたのには他にも理由があった。このレースにつけられたサブタイトルは“フランス=日本連帯賞”。この日から遡る事、1ケ月と少し。あの忌まわしい東日本大震災が3月11日に起きた。

 世界中が様々な形で日本を助けてくれた。フランスも同様で、この日は日本の被災者に義援金を募る事を目的の一つに掲げて競馬が開催された。具体的には競馬場への入場料は無料として多くの来場客を募り、来場者1人につき5ユーロを義援金にあてる事にした。最終的には更に支援金を加算し、10万ユーロが被災地に寄附された。

 サルコジ大統領代理(当時)も来場したこの日の競馬場内には日の丸が掲げられた。大統領共和国賞の出走馬のゼッケンにもまた日の丸が付けられた。馬場入場時には“君が代”が流され、現地で開業する調教師の小林智や短期免許での来日経験があるルメール、D・ボニヤらも招待された。また、当時は現役騎手として現地で研修をしていた田中博康現調教師も参加。主催者とファンが一体となり、日本に手を差し伸べてくれたのだ。

フランス=日本連帯デーのオートゥイユ競馬場にはC・ルメール騎手や田中博康当時騎手(現調教師)の姿も
フランス=日本連帯デーのオートゥイユ競馬場にはC・ルメール騎手や田中博康当時騎手(現調教師)の姿も

東日本大震災と新型コロナウイルスの大きな違い

 あまり知られていない事なので、改めて紹介させていただいたが、東日本大震災で大きな打撃を受けた日本のため、フランス競馬はこんな事をしてくれていたのだ。しかし、これらはほんの一部の話であり、当時は世界中の人達が経済格差や人種の壁、言語の隔たりをも乗り越えた善意を日本に届けてくれていたのは皆さんご存知の通り。

 一方、今回の新型コロナウイルス騒動はどうか。世界中が被害者であり、加速度的に増え続ける感染者の数に比例するように人々の不安は日に日に増大している。誰もが死と背中合わせの現実を目の当たりにして、余裕を無くしている。人の基本的な欲求である安心安全が確保出来ない事でストレスばかりが大きくなり、助けるどころではなくなっている。善意を届けようにも自らの土台があまりにも軟弱な状況下となっているのだ。

 これは私達の競馬の世界も同様だ。一見、開催が中止になっているフランスの競馬界に恩返しをするチャンスに思えるが、実は日本の競馬だっていつ止まるか分からない綱渡りの状態が続いているのである。

 しかしだからこそ助け合う姿勢が求められるとも言える。そういう意味で武豊が会長を務める日本騎手クラブが支援策を打ち出したのは素晴らしい事だと思う。プロ野球やJリーグら多くの興行が中止や延期を余儀なくされている現在、継続させてもらっている競馬界を代表して、ジョッキー達が何かをしなくてはという使命感に駆られたのだろう。各騎手がJRAのレースに1回騎乗するたびに1000円を基金として積み立て、支援先については今後、決定していくとの事。有効活用される事を祈りたい。

フランス=日本連帯デーは1万を超すファンで賑わい、10万ユーロが寄附された
フランス=日本連帯デーは1万を超すファンで賑わい、10万ユーロが寄附された

 さて、個人的にはこんな情勢の中、開催を継続してくれているJRA、そして各関係者、競馬場には行けない中、パットの投票で我慢してくださっているファンの皆様らに助け合う姿勢を感じ、感謝している。もちろん、私も好勝負を競馬場で取材したい気持ちはあるが、現在はじっと我慢。執筆している時点ですでに20日以上、ステイホームを決め込んでいる。そんな中、何か自分にも協力出来る事はないのか?と考える日々である。ちなみに先日、競馬ファンの知人が「今までずっとG1の記念入場券をコレクションしていたのに、こんな形で途切れて残念」と言っているのを耳にして、ふと思った。幻の記念入場券をウェブから落とせるようにしてはどうだろうか? 1回のダウンロードで100円くらいかかるようにして、それを新型コロナウイルスの支援金に充てる。更に通常の開催が戻った際には実際に入場券として使えるようにする。思い付きなので、具現化するとしたらコピー出来ないようにするとか、有効期限をつけるとか、そもそも法的に問題点はないのか?など考慮すべき点があるだろうから、自宅での作業が続く間にもう少し良い案が出ないか考えてみたい。何にしろ、皆で協力しあい、1日も早く、大歓声に包まれるいつもの競馬場が戻ってくる事を願っている。

現在は無観客競馬が続くJRA。写真は3月7日の中山競馬場
現在は無観客競馬が続くJRA。写真は3月7日の中山競馬場

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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