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“崖っぷち” 北朝鮮がシリアに劇的勝利!チョン・イルグァンがロスタイム弾…美女応援団から黄色い声援

金明昱スポーツライター
会見にはシン・ヨンナム監督と決勝点を決めたチョン・イルグァンが出席(筆者撮影)

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)代表でチーム最年長の31歳のFWチョン・イルグァンが6日、中立地のラオスで行われたシリアとのW杯アジア2次予選で大仕事をやってのけた。引き分け以下なら2次予選での敗退が決まる崖っぷちの北朝鮮。

 0-0で引き分けが濃厚の状況で迎えた後半アディショナルタイムの91分。左からのクロスにペナルティエリア内で待っていたのはスイスでのプレー経験があるチョン・イルグァンだった。ほぼフリーの状態で受けると、これを落ち着いてゴールに蹴りこんだ。

 選手たちはチョン・イルグァンに駆け寄り、ベンチにいたシン・ヨンナム監督も大喜びだった。

 残り約3分がどれだけ長く感じただろうか。北朝鮮は最後までシリアの猛攻をしのぎ切り、1-0で勝利。試合終了後にはラオス在住の北朝鮮応援団が、観客席から国旗を振りながら選手たちに大きな声援を送っていた。

ハン・グァンソンの焦りを救ったベテランFW

 それにしても死闘だった。シリアも負ければ、次戦が日本との試合だけに最終予選進出が厳しい状況。グループ2位を争う両者は前半から球際で激しくやりあったが、北朝鮮の素早いカウンター攻撃とハードワークにシリアは徐々に体力を奪われた。ただ、北朝鮮は何度もシュートチャンスを作りながらもゴールが遠い。

 シン・ヨンナム監督も「厳しい戦いの中ではありましたが、今回の試合ではゴールにつながる惜しいシーンがたくさんありました。決定力の部分においては、次はもっといい姿を見せられるように取り組みたい」と課題を口にしていたほど。

 その中でも試合の流れをつかむキーマンとなったのセリエAでプレーした10番のFWハン・グァンソンだ。前半から幾度となくゴールに迫ったが、シリアの固い守備に苦戦。前半の決定機では、右からのクロスをフリーで受けたがGKに阻まれた。後半8分には左サイドから中央へスピードに乗ったドリブルで2、3人を交わしてシュートを放つも、ゴールポストの右上へ。チャンスを作り出す回数は多いが、天を仰ぐシーンが多くなり、少しずつ焦りも見え始めていた。

3月の日本戦にも出場したチョン・イルグァン
3月の日本戦にも出場したチョン・イルグァン写真:松尾/アフロスポーツ

 これを救ったのが、後半30分からピッチに投入されたチョン・イルグァンだった。いきなり右FKのチャンスからペナルティエリア中央で待っていたチョンが絶妙のタイミングで合わせたが、ボールはGKの正面へ。

「投入された後半30分からは、さらにチーム一丸となってとにかくゴールを狙っていました」とチョン・イルグァン。そして、後半アディショナルタイム「4分」が示されてからの91分、値千金の決勝弾を決めた。

「シリアがPKでリード」の誤報…そんなシーンはない

 余談だが、自身のX(旧ツイッター)を通して、北朝鮮vsシリアの試合を途中経過で速報していたのだが、あるサイト(Sofascoreというアプリらしい)が「前半37分にシリアがPKで得点して1-0でリードしている」という情報を流しているというので、事実確認をしてほしいというメッセージがいくつも届いていた。

「何の話?」かと思ったが、これは明らかに誤報。シリアのPKシーンは一度もなく、リードした事実もない。なぜそのような誤報が出たのかも不思議でならない。

目立っていたラオス在住の北朝鮮応援団

 約15分のプレーでゴールを決める勝負強さもそうだが、シン・ヨンナム監督の采配もズバリ的中。チョン・イルグァンは表情を緩めながら得点シーンをこう振り返った。

「私はゴールを決めましたが、周囲がチャンスを作ってくれましたし、最後は落ち着いて決めるだけでした。とにかく今回の試合に勝てなければ、最終予選に進出できない状況でした。ピッチに入れば絶対にゴールを決める覚悟でしましが、一方で気持ちに余裕を持って、落ち着いてやろうと心の中で思っていました」

バスに乗り込んだ選手たちに手を振る北朝鮮応援団(筆者撮影)
バスに乗り込んだ選手たちに手を振る北朝鮮応援団(筆者撮影)

 会見でも笑顔を見せる余裕もあったベテランFWは、ホテルに向かうバスに乗り込む前、現地在住の若い北朝鮮女性たちに握手を求められ、「キャー!」という声と共にもみくちゃにされながら笑顔で応えていた。平壌国内では彼もまた代表ではスター選手の1人なのだろう。

 現地応援団は、おそらくラオスにある大使館職員や北朝鮮レストランの従業員たちで、中立地とはいえアウェーのような環境のなかで、大きな力になったに違いない。

 ちなみに今回の試合は一般人は観戦できず、いわば無観客試合。スタジアム周辺にはラオスの警察が警備しており、厳重な警戒態勢の中で行われた。試合を観戦していたのは、両チームの関係者のみだった。

シリアに勝利した北朝鮮の選手たちに声援を送るラオス在住の北朝鮮応援団(筆者撮影)
シリアに勝利した北朝鮮の選手たちに声援を送るラオス在住の北朝鮮応援団(筆者撮影)

「在日同胞の前での日本敗戦は心残りだったが…」

 貴重な勝ち点3を手にした北朝鮮のシン・ヨンナム監督は「今日の試合はとてもうまくいきました。勝利できてすごくうれしいですし、監督として選手たちの出来にも満足しています」と笑顔を見せた。

 そして会見が終わったあと日本から来た筆者に対して、こう話してくれた。

「3月の日本戦には、たくさんの在日同胞が応援に駆けつけてくれたにもかかわらず、負けてしまい、それが今も悔しく、不甲斐なく、心残りでした。でも今日、覚悟を持って挑んだ結果、約束した勝利を手にすることができました。最終予選進出のためにミャンマー戦も必ず勝ちます。応援に来てくれた方たちに私のメッセージをお伝えしてください」

 北朝鮮は11日のミャンマー戦に勝利し、シリアが日本に引き分け以下に終われば、最終予選進出となる。最後にがっちり交わした握手にシン・ヨンナム監督の強い覚悟が見えた。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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