強豪・ドイツ戦に見るなでしこジャパンの進化
なでしこジャパンは2015年のカナダW杯、2016年のリオデジャネイロ五輪を目指し、今年、新生なでしことしてスタートを切った。
直近では東アジアカップ(7月20日~7月28日)が控えているが、当面の最大の目標となるのは、来年に控えた女子アジアカップだろう。この大会は、2015年女子W杯の予選でもある。
なでしこジャパンは、6月に3試合の親善試合をこなした。
新戦力の見極めを中心に行った3月のアルガルベカップとは違い、今回の欧州との親善試合は、アルガルベカップで招集を見送られていた澤穂希や宮間あやらベテラン選手が復帰。佐々木監督は現在のベストメンバーで「結果」を求めた。
まず、6月20日にベストアメニティスタジアム(佐賀)でニュージーランド(FIFAランキング20位/日本は3位)と対戦。
前半21分、有吉(ベレーザ)のクロスに走り込んだ大儀見(ポツダム/ドイツ)が右足インサイドに合わせて先制するものの、前半44分にキャプテンの宮間が退場するアクシデントに見舞われる。後半はニュージーランドの猛攻を10人で凌いだものの、終盤に一瞬の隙をつかれて追いつかれてしまい、1−1のドロー。
この試合を一つの目安として、メンバーが25名から18名に絞られた。
大黒柱の澤が左足の負傷で辞退するアクシデントに見舞われるも、選ばれた18名の精鋭は欧州に渡り、イングランド、ドイツと親善試合を行った。
29日のイングランド(FIFAランク7位)戦(@英国)は、前半41分に一瞬の隙をつかれて裏を取られ失点するも、後半31分に大野からのパスを川澄が決めて追いつき、こちらも1−1のドロー。
中盤で攻守に渡りプレーでチームを引き締める澤に加え、パスの供給源であり、セットプレーのキッカーでもある宮間が不在という厳しい状況ではあったが、日本がペースを掴む時間は多く、これまで勝利したことのないイングランド相手にアウェイでドローは悪い結果ではない。ただ、相手のプレッシャーに苦しむ時間帯も多く、課題も見えた試合だった。
そして、今回の欧州遠征で最大の山場となったのが29日のドイツ(FIFAランク2位)戦(@ドイツ)だ。
2011年のドイツW杯準々決勝でなでしこジャパンはドイツと対戦し、120分間の激闘の末にドイツを破った。近年なでしこジャパンが大きな注目を集めるようになったのも、すべてはあの試合がきっかけだったと、今だからこそ言える。
W杯5大会連続出場 、うち2回の優勝と1回の準優勝を誇り、オリンピックには4大会連続出場を果たす強豪ドイツにジャイアントキリングをやってのけたなでしこは、決勝戦でアメリカをも撃破し、世界チャンピオンになった。
あれから約2年。
ドイツはもちろん、あの悔しさを忘れてはいない。
あの試合まで、ドイツ代表はワールドカップ無敗記録を約12年もの間続けていた。
そんな中、日本に敗れたドイツは、W杯3連覇の夢を断たれると共に、5回連続オリンピック出場の記録(W杯が五輪予選にもなっていたため)をも断たれたのだ。
あの2年前の試合と先日の試合を、様々な面から比較してみた。
そうすることで、なでしこジャパンの成長も見えてくるのではないだろうか。
【観客数/会場の雰囲気/試合の背景】
2011年W杯準々決勝は、ヴォルフスブルクで行われ、観客は26067人。
私はスタンドから観戦していたが、そのほとんどがドイツサポーターだった。
下馬評も大会2連覇のドイツが圧倒的に優勢で、なでしこジャパンはチャレンジャーだった。
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そして、先日29日の試合。
親善試合にも関わらず、バイエルン・ミュンヘンの本拠地として有名なアリアンツ・アリーナは、まるでW杯やオリンピックの決勝戦のような雰囲気を醸していた。
ドイツではこの試合のチケットが前売り段階から飛ぶように売れて話題になっていたが、結果的に46104人もがスタンドを埋めたのだ。欧州で行われたサッカー女子の国際親善試合では、2009年4月のドイツ×ブラジル戦(44825人)を抜いて最多という記録的な数字だ。
ドイツは地域密着型のクラブが多く、ブンデスリーガは常にスタンドがいっぱいで、人々のサッカー熱はすごい。日本代表のエースである香川真司の前所属クラブでもあるドルトムントは、平均観客数が8万人近くにものぼり、マンチェスターユナイテッドやレアルマドリードといった世界トップクラスのクラブを凌ぐほど。
その熱は女子サッカーにも無縁ではなく…
つまり、なでしこジャパンにとってはドイツW杯の時以上の”超アウェイ”の状況だったのだ!
しかし、今回のなでしこジャパンはチャレンジャーという立場ではなく、あくまでも対等なライバルとしてドイツと戦った。
【メンバー/試合内容】
2011年W杯準々決勝のスターティングメンバーは以下。
海堀あゆみ(INAC神戸レオネッサ)
近賀ゆかり(INAC神戸レオネッサ)
岩清水梓(日テレ・ベレーザ)
熊谷紗希(浦和レッズレディース)
阪口夢穂(アルビレックス新潟レディース)
安藤梢(デュイスブルク)
宮間あや(岡山湯郷Belle)
澤穂希(INAC神戸レオネッサ)
大野忍(INAC神戸レオネッサ)
鮫島彩(ボストン・ブレイカーズ)
永里優季(トゥルビネ・ポツダム)
そして、先日29日のスタメンは以下。
福元美穂 (岡山湯郷Belle)
田中明日菜(フランクフルト)
熊谷紗希(フランクフルト)
岩清水梓(日テレ・ベレーザ)
有吉佐織(日テレ・ベレーザ)
川澄奈穂美(INAC神戸レオネッサ)
宮間あや(岡山湯郷Belle)
阪口夢穂(日テレ・ベレーザ)
安藤梢(フランクフルト)
大野忍(オリンピックリヨン)
大儀見優季(トゥルビネ・ポツダム)
両サイドバックの近賀と鮫島、そして澤の3名はケガで今回の欧州遠征から離脱していたことを考えれば、2011年からの変化はGKが海堀から福元になったことと、新たに有吉がサイドバックのメンバーとして定着し始めていることぐらいだろう。
サブメンバーには新戦力もいるが、佐々木監督の中でのベストメンバー構成に大きな変化はないと言えそうだ。
その理由としては、一つには代表選手の中で欧州リーグに飛び出す選手が増え、フィジカルやスピードのある選手達の中で揉まれて主力選手達の「個」の力が上がっていることが挙げられるだろう。若手選手の台頭がないわけではないが、それ以上に主力組も成長しているのだ。
そして、肝心な試合内容、つまりサッカーの中身についてだが…
なでしこは2011年から確実に進化を遂げている、と感じられた。
2011年W杯準々決勝でドイツと対戦した際、日本はボール保持率こそ54%:46%と上回ったが、シュート数は9本:23本と、決定的なピンチを何度も迎え、鬼気迫る全員守備で凌いでいたのが強く印象に残っている。
当時のなでしこは「守備から攻撃への切り替え」をテーマにしていたこともあり、「まずは守備から」という意識が強かったこともあるだろう。強豪相手に「少ないチャンスを生かし」勝利した。
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しかし、先日29日の試合では、ボールをテンポ良く回して保持しつつ、隙あらば早いタイミングで攻撃のスイッチを入れていた。
つまり「少ないチャンスを確実に狙いに行く」のではなく、意図的にチャンスを増やし、どん欲にゴールを奪いに行っていたのだ。
理由はいくつかあるが、まず大儀見優季という絶対的エースへの信頼が挙げられる。
2011年W杯では孤立しがちだった大儀見(当時は永里)は、ドイツに移籍して4年目にしてリーグ得点王にまで上り詰め、どのクラブも欲しがる逸材として認められた。
無駄な脂肪が一切なく、美しく鍛え上げられたフィジカルで相手を弾き飛ばし、ドイツで学んだゴールまでのあらゆるアプローチと経験を生かし、存在で相手を威圧していた。彼女にボールが収まって起点となり、チーム全体の攻撃のバリエーションが増えた。
彼女のようなフィジカルを持った選手が増えれば、なでしこジャパンは必然的に強くなるはずだ。
さらに、世界一を経験したことで、2011年から比べると、個人はもちろん、チームとしての自信も深まった。
安藤(フランクフルト)、熊谷(元フランクフルト/リヨン)、岩渕(ホッフェンハイム)らドイツ組が増え、田中(明日菜)も今季からフランクフルトへの移籍が決まっているなど、精神面でドイツに対する苦手意識が克服されたこともあるだろう。
【結果】
なでしこは2011年W杯で、過去1度も勝利したことのない(7敗1分)ドイツに延長戦の末1−0と初勝利を挙げた。
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先日29日の試合。
なでしこジャパンは2度のリードを奪われながらも粘り強く追いついたが、結果的に最後の5分間で2点を追加されて2−4と敗れた。
試合後のインタビューからは、「これまでにはなかった攻撃の形が出来てきた」(宮間)という「収穫」が聞けた反面、個人の「質」を上げることや、パスの精度をさらに上げなければならない(大儀見)などの声も聞かれた。
なでしこジャパンのストロングポイントは言うまでもなく「組織力」だが、「個」でも対等にやれるようになりたい、という選手達の心の叫びが聞こえてくるようだった。
今のなでしこジャパンは、選手一人一人が、ピッチの上で格上の相手と対峙した際、一人の選手として自分に何が足りないかを感じ、未来への糧にしている。その飽くなき探究心や向上心は、間違いなくチームに良い影響をもたらしてくれることだろう。
ドイツは国内リーグが充実し、育成にも力を注いでいるため、若い才能がどんどん生まれてくる。この試合でも若い選手達が躍動していた。日本がドイツから学ぶことはまだまだ多そうだ。
なでしこジャパンは試合に敗れはしたが、敗戦=退化ではない。
リスクを負い、チャレンジし続けることでしか進化はないのだということを、なでしこはこのドイツ戦でまた強く感じさせてくれた。
課題と収穫の両方が見えたこの試合を、ぜひ7月の東アジアカップ、そして来年の女子アジアカップに繋げてほしい。