ホロコーストの始まりだった1938年のユダヤ人襲撃「水晶の夜」から85年、VRでバーチャル体験へ
当時6歳で現在91歳の生存者が経験語る
1938年11月9日夜はドイツ全土で「クリスタルナハト(水晶の夜)」と呼ばれた日で、ユダヤ人に対する暴力、ユダヤ人店舗の略奪、破壊が行われた。ユダヤ寺院のシナゴーグも襲撃、放火された。店舗やシナゴーグの破壊されたガラスが夜の月明かりに照らされて「水晶」のようだったので「水晶の夜(クリスタルナハト)」と呼ばれている。当時、多くのドイツ人がユダヤ人迫害に加担、もしくは見て見ぬふりをしていた。その後、第2次大戦での欧州全体でのナチスによる約600万人のユダヤ人大量虐殺のホロコーストへと繋がっていった。「水晶の夜」ではドイツとオーストリアの1400のシナゴーグ(ユダヤ教の教会)が襲撃された。そしてユダヤ人の多くが不当に逮捕されて強制収容所に移送されていった。ホロコーストにおけるユダヤ人への組織的暴力の始まりだった。
その「水晶の夜」をVR(仮想現実)でバーチャル体験できるコンテンツ「Inside Kristallnacht(水晶の夜の内側)」をユダヤ人対独物的請求会議(Claims Conference)、南カリフォルニア大学(USC)のショア財団、クリエーター企業のMakeMePulseがUNESCOやFacebookを運営するメタ、世界ユダヤ人会議 (World Jewish Congress)と連携して2024年にリリースする。
デジタル技術の進展によって、ホロコーストの教育や保存にVRが活用されてきている。ホロコースト教育でホロコーストをテーマにしたVR教材やコンテンツは既にいくつかあり、アウシュビッツ絶滅収容所博物館でもVRでアウシュビッツ絶滅収容所を体験できるコンテンツを提供している。だが「水晶の夜」をVRでバーチャル体験できるコンテンツはこれが初めてとユダヤ人対独物的請求会議は伝えている。
▼「Inside Kristallnacht」オフィシャルトレーラー
VRを通して学ぶホロコーストで必要な想像力
第二次大戦時にナチスドイツが600万人以上のユダヤ人を大量に虐殺したホロコーストだが、そのホロコーストを生き延びることができた生存者たちも高齢化が進んでいき、その数も年々減少している。彼らの多くが現在でも博物館などで若い学生らにホロコースト時代の思い出や経験を語っているが、だんだん体力も記憶も衰えてきている。
映画「シンドラーのリスト」の映画監督スティーブン・スピルバーグが寄付して創設された南カリフォルニア大学(USC)のショア財団ではホロコースト時代の生存者の証言のデジタル化やメディア化などの取組みを行っている。戦後約80年が経過し、ホロコースト生存者の高齢化が進み、当時の記憶も薄れていき、体力的にも証言を取るのが難しくなってきており、これまでにも多くの証言を集めてきたが、今後あと10年が勝負である。
「水晶の夜」をVRで体験できる「Inside Kristallnacht(水晶の夜の内側)」でも1932年にドイツのミュンヘンで生まれたシャーロッテ・ノブロック氏が当時6歳だった時に体験したユダヤ人へのポグロム「水晶の夜」について記憶と経験を伝えながら、ホロコーストや「水晶の夜」をVRであたかも目の前にいるような雰囲気で解説する。
オフィシャルトレーラーの中でシャーロッテ・ノブロック氏が「水晶の夜のあった、あの日を境に全てが変わりました」と語り始めている。「水晶の夜」を実際に6歳の時に体験したシャーロッテ・ノブロック氏も91歳である。ホロコーストの生存者は既に高齢であるため、記憶が鮮明で体力があるうちに記憶のデジタル化を進めようとしている。VRでの描写だから写真や本よりは、リアリティはあるが、それでもユダヤ人差別や迫害、暴力と奇襲の恐怖、絶滅収容所、ゲットーの地獄のような生活は100%再現できるわけではない。迫害、差別されたり、奇襲されたりする恐怖、悲しみといった人々の感情、絶滅収容所やゲットーの臭い、温度、不衛生な環境、飢え、強制労働、暴力、虐待、殺害といったホロコーストでの地獄を本当に再現し追想できるのは体験者だけである。現代の我々に求められるのはVRから当時の様子を思い描く想像力である。