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「使える核兵器」配備急ぐトランプ プーチンに対抗 戦略核は減っても遠のく「核なき世界」の理想

木村正人在英国際ジャーナリスト
アメリカの現職大統領として初めて広島を訪問したオバマ大統領(2016年5月)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

[ロンドン発]アメリカ国防総省は2日、8年ぶりに核戦略指針「核態勢見直し(NPR)」を発表しました。北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩と核の挑発を続けるドナルド・トランプ大統領は、バラク・オバマ前大統領の看板政策「核兵器なき世界」を転換したのでしょうか。

日本メディアは「オバマ前政権の方針からの転換」(日経)「オバマ前政権の方針から、大きく転換した」(朝日)と報じました。一方、米紙ニューヨーク・タイムズは「オバマ前政権の核兵器政策の大半を踏襲」「ロシアにより厳しい(aggressive)対応」と分析しています。

ノーベル平和賞まで受賞したオバマ前大統領の「核兵器なき世界」はあくまで理想です。核抑止力を維持したまま核兵器の保有量を減らそうと、核兵器の出力を小さくし命中精度や運搬能力を高める計画でした。オバマ前大統領時代から、破壊力があり過ぎて現実には「使えない核兵器」の「使える化」は始まりました。

民主党から共和党に、オバマからトランプに政権が変わったからと言って、アメリカの核兵器政策が大きく変わるわけではありません。今回の見直しは「潜在的敵国が地域やアメリカ自体への先制核使用の結果について勘違いしないよう」にするのが主な狙いと記されています。

トランプ大統領は、ダボス演説や一般教書演説でも過激な発言を控え、穏健な現実路線に転換しています。NYタイムズ紙の書くように大半はオバマ前政権の政策を引き継いだと言えるのか、「核態勢見直し」を見ていきましょう。

【トランプ・ドクトリン】

(1)アメリカ、同盟国、パートナー国の保護が最優先課題

(2)長期的な目標としての核兵器の廃絶

(3)世界から核兵器が廃絶される時が来るまで、近代的かつ柔軟、弾力性のある核能力をアメリカは保有する

【抑止力の破綻と核兵器の使用】

アメリカは自国と同盟国、パートナー国の重要な利益を守るため、極端な状況(extreme circumstances)においてのみ核兵器の使用を考える

【ロシア】

(1)限定的な核使用がアメリカと同盟国に対する有益な優位性を提供するという潜在的敵国の誤った自信を否定する

(2)ロシアは低出力兵器を含む限定的な核先制使用が優位性を提供すると考えている。より多くの数量と種類の戦術核(射距離500キロメートル以下の核兵器)システムを持っていることが優位性を支えているとモスクワは認識している

(3)ロシアの声明は核兵器先制使用のハードルを低くしているように見える。数多くの演習や声明が、戦術核システムの提供する優位性に関するロシアの認識を実際に示している。誤った認識を正すことは戦略的に肝要

(4)抑止の安定性を維持するため、アメリカは目的に適った抑止オプションの柔軟性と多様性を強化する。これは「核戦闘」を意図したものでも可能にするものでもない

【北朝鮮】

北朝鮮は国連安全保障理事会の決議に直接違反して非合法な核兵器やミサイル能力の追求を続けている

【中国】

アメリカは核兵器を削減し続けてきたが、ロシアと中国を含む他国は反対の方向に進んできた。米中それぞれの核政策、ドクトリン、能力への理解を強化し、透明性を向上させ、誤算と誤解に対するリスク管理のため中国との対話を求めてきた。意味ある対話の開始を希望する

【イラン】

イランは包括的合同行動計画において核プログラムへの制約に合意した。しかし、その気になれば1年以内に核兵器を開発するために必要な技術能力と容量を保持している

【対策】

(1)アメリカの核能力の持続・改善プログラムの費用は最大でも国防総省予算の約 6.4%(1960年代初めは17.1%、80年代は10.6%)

(2)潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を装備した潜水艦、陸上配備型大陸間弾道ミサイル(ICBM)、無誘導爆弾および空中発射式巡航ミサイル(ALCM)を運搬する戦略爆撃機の戦略核3本柱を維持

(3)戦術航空機を核爆弾搭載可能な F-35 戦闘機に格上げ

(4)低出力オプションを提供するため短期的に少数の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)弾頭を修正し、長期的には核装備した海上発射巡航ミサイル(SLCM)を開発

北朝鮮やイラン、中国に比べて、ロシアに関する記述量から見ても、今回の見直しが、クリミア併合で北大西洋条約機構(NATO)欧州加盟国との緊張を高めるウラジーミル・プーチン露大統領の核兵器政策を強く意識しているのは明らかです。

プーチン大統領は2015年3月、ロシア国営放送でクリミア併合に際して核兵器を使えるようにする用意はあったのかと質問され、「我々にはその準備があった」と答えています。

ロシアは、アメリカを含むNATO加盟国の領空に核兵器を搭載できる爆撃機を何度も接近させています。回数や規模、程度は無視できる範囲を超え、核攻撃を思わせる挑発の度合いもエスカレートしています。

2014年3月、ロシアは大規模な戦略核の演習を実施。プーチン大統領は15年2月には核兵器の簡易演習を統括しています。ロシアは核兵器と通常兵器の能力を密接に絡めたこれまでとは異なる作戦を指揮する用意をしていることを露骨にうかがわせています。

アメリカ議会調査局の報告書(昨年2月)によると、戦術核の保有量はアメリカが約760発(このうち約200発を欧州に配備)、ロシアは1,000~6,000発とみられています。戦術核の圧倒的な差がプーチン大統領に変な自信を抱かせているとアメリカの国防総省はみているわけです。

今回の見直しが抑止力の保証につながるかどうかはまだ分かりませんが、ウクライナにおけるロシアの拡張主義、北朝鮮による核ミサイル攻撃の脅しを見ると、アメリカの核抑止力に綻びが生じているのはもはや疑いようがありません。

これに対して「憂慮する科学者同盟」グローバル安全保障プログラムのリスベス・グロンランド共同ディレクターはブログで今回の見直しについて次のような懸念を表明しています。

(1)核戦争を準備している

(2)核兵器を先制使用するシナリオを広げている

(3)潜水艦から発射できる新たな低出力核兵器を配備するものだ

(4)核拡散防止条約(NPT)を弱体化させる

これまで核兵器は破壊力が強大過ぎて、実際に使うことはできませんでした。これに対して「使える核兵器」である低出力核兵器は、核兵器使用のハードルを一気に下げてしまいます。

グロンランド氏は「今回の見直しで最も重要な変化は核戦力と通常戦力の統合を強化していることです。これは核兵器使用の恐れを高めるもので、逆にアメリカの安全保障を損ないます」と警鐘を鳴らしています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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