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【落合博満の視点vol.57】指揮官の基本——常勝チームに成熟させるために追求する野球とは

横尾弘一野球ジャーナリスト
落合博満監督は、中日を常勝チームに成熟させた。(写真=Paul Henry)

 落合博満が考える指揮官の基本として、マイナス思考とプラス思考、監督の禁じ手について書いた。

指揮官の基本——マイナス思考とプラス思考

指揮官の基本——監督の禁じ手と考えていたこととは

 では、落合監督は「中日を常勝チームにしてほしい」という白井文吾オーナー(当時)の要望に応えるため、どんな野球を目指したのか。それは、試合の流れを引き寄せて主導権を握るための近道になる“相手の嫌がる野球”と“1点を大切にする野球”だ。

「私がロッテから中日に移ってきた時、広島に田中 尊さんというヘッドコーチがいた。ピンチでの守り方を指示したり、投手交代の際にマウンドに出てくるんだけど、田中さんがタイムをかける場面は実に絶妙だった。こちらがチャンスを迎えた時、一気にたたみかけたいという気持ちに水を差されるんだ。反対に、リズムよく守っていると打者に指示を与えに出てきたりする。はじめは『嫌らしい間を取るコーチだな』と思っていたんだけど、次第にそれが広島の強さの秘密じゃないかと考えるようになった。それ以来、相手に流れが傾きそうだと感じた場面では、私もひと呼吸おくことを心がけた。巨人時代に、私がタイムを取ってマウンドに行くと『落合効果』なんて言われたけど、こうした間の取り方は首脳陣だけではなく、選手も実践していくべきだと実感している。ボールを投げる、打つという部分以外でも、チームを勝てる方向に持っていくことができるわけだから」

 2004年の落合監督は、イニングの途中で投手交代をする際には、必ず自らマウンドに足を運んでいた。ウインドブレーカーを脱ぎ、ゆっくりとした足取りでマウンドに向かう。降板する投手に労いの言葉をかけ、球審から真新しいボールを受け取り、救援する投手のためにマウンドの土をならす。たとえ投手交代の意志がなくても、短い言葉をかけるためにダグアウトを出たこともあった。

 近年の野球は、プロ・アマチュア問わずに試合時間の短縮に取り組んでいる。ただ、落合は、野球の魅力のひとつを「時間に制限されない競技であること」と語る。どんなに時間がかかろうとも、9回までは攻守を繰り返す。勝敗はその上で決まるのだから、「勝つためには時間を惜しむ必要などない」と考えている。時間をかけることで相手が痺れを切らせてくれるのであれば、それも戦術のうち。ゆえに、「確かにプロ野球はお客さんあってのものだから、無用に間延びした試合を見せては失礼だと思う。だけど、スピーディな野球を目指すといって肝心な勝負を疎かにしては、それこそファンに楽しみを与えることができない。時にはじっくりと時間をかけて、勝利を手繰り寄せていくのも野球の醍醐味でしょう」と考えている。

同じ4点差でも0対4と1対5の意味は違う

 一方、“1点を大切にする野球”は、2004年の中日でも早い段階から選手たちがこだわりを持って実践し、その考え方が浸透していくとともに白星が積み重なったという印象が強かった。

「アメリカン・フットボールなら、ひとつのタッチダウンで6点入るが、野球はどんな点の取り方をしても1点ずつしか入らない。満塁ホームランなら一気に4点と考える人がいるけれど、これだって4人のランナーがひとりずつホームを踏んだ結果。だから、1点目を取らないことには、2点目は絶対にあり得ない。ところが、最近は3~4点を取りにいこうとする野球が目立つ。試合序盤で3~4点を先行されると、それを一気に取り返そうとする野球。その考え方が、野球を難しくしている」

 仮に3~4点を先に取られたとしても、その1点ずつに取られ方や意味があったのだから、返していく際にも1点ずついけばいいのではないか。そこで、最も大切にするのが最初の1点だ。

「0対4から1点を返す。直後にまた1点を奪われて1対5になる。これを、4点差のままだと考えてはいけない。1点も取れないで4点負けているのと、4点リードされているけど1点を取っているのとでは、同じ4点差でもまったく意味は違う。1点を取ることによって、試合の流れだって変わってくるんだから、まずは最初の1点を必死で取りにいく。それができたら、次の1点、その次の1点と、1点ずつを積み上げていく野球が理想だと思う」

 こういう戦い方を続けていれば、30本以上のホームランを打ってくれる打者が何人もいなくても、守護神と呼ばれる絶対的なリリーフ投手がいなくても、ペナントレースを戦い抜くことはできるという。

 例えば、こんな試合があった。中日の打線は、阪神の先発・下柳 剛の前に僅か1安打に抑えられていた。明らかに最初の失点がそのまま決勝点になりそうな展開の中、投手陣は先発のマーチン・バルガスから遠藤政隆、小笠原 孝、そして、岡本真也とつないで失点を防ぎ、9回裏を迎えた。下柳に代打を送ったことで、リリーフに立ったジェフ・ウィリアムスに対して、先頭の井端弘和が四球を選ぶと、一死後には四番の福留孝介がセーフティ気味のバント。最悪でも走者を進めようという福留の選択はウィリアムスの悪送球を呼び、一死二、三塁とチャンスを広げた。そして、代打に送られた大西崇之が、カウント2ストライクと追い込まれながらもライトにフライを打ち上げ、井端が生還してサヨナラ勝ち。その瞬間、落合監督はキュッと唇を結びながら満足そうな表情を見せた。こうした試合展開で勝利をつかむことこそ、落合監督が目指した戦い方なのだ。

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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